平成15年8月27日 |
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我々の身体に存在する大部分の細胞はその核内にDNAを持っており、細胞が複製、機能する上で重要な役割を担っている。一方、動物の発生過程のある局面でDNAは積極的に分解される。すなわち、発生過程において、生体にとって不要あるいは害となる細胞は、プログラム細胞死とよばれる過程を経て死滅するが、この過程でDNAが分解されることが分かっている。例えば、核の存在しない細胞として、赤血球が知られている。また、赤血球には核の他に、ミトコンドリアや小胞体などのオルガネラ(注1)は存在しない。また目の水晶体を形成している繊維細胞にもオルガネラは存在しない。オルガネラは前駆細胞から成熟細胞への分化過程で、分解・除去されると考えられているがその分子機構に関しては全く不明である。 長田グループでは、アポトーシスの過程でのDNA分解の分子機構、その生理作用の解析を続けており、これまでに、アポトーシスのDNA分解は死細胞内でおこる機構と死細胞がマクロファージなどの貪食細胞によって貪食された後起こる機構が存在することを示した。死細胞内では、CAD (caspase-activated DNase) (Enari et al., Nature 1998) とよばれるDNA分解酵素がカスパーゼ(アポトーシス時に活性化されるタンパク質分解酵素)により活性化され、自らのDNAを分解する。一方、マクロファージではリソソームに存在するDNase II(注2)が貪食した死細胞のDNAを分解する。そして、CAD、DNase II遺伝子を欠損したマウスは種々の臓器に大量の未分解DNAを蓄積した。そして、このマウスはインターフェロンβ遺伝子を大量に発現し、マウスの発生を阻害し死亡させることを示した (Kawane et al., Nature Immunol. 2003)。一方、この研究の過程でマクロファージが赤血球・前駆細胞から脱落した核を貪食し、DNase IIによって、そのDNAを分解することも示した (Kawane et al., Science 2001)。赤血球の核DNAが正常に分解されないと、マウスは重篤な貧血を起こし死滅することが分かった。 以上の結果は、本来、核内で細胞の司令塔として作用しているDNAがあるべき時に分解されないと動物の恒常性を破綻させることを示している。 今回、長田グループの大学院生 西本壮吾、助手 川根公樹らとともに、マウスの目の水晶体におけるDNA分解過程を調べる実験を行った。カメラのレンズの役割をしている目の「水晶体」は、碁石のような形をした透明な構造物であり、薄くなったり分厚くなったりして光の焦点をあわせ、網膜に光を投射している。水晶体はクリスタリンとよばれるたんぱく質を発現する繊維細胞からできており、この細胞には核、ミトコンドリア、小胞体などのオルガネラが存在しない。また、水晶体繊維細胞は、一旦形成されると除去されず、年をとっても子供のときにできた水晶体細胞がそのまま水晶体中心部に残っている。 水晶体の前面部は一層の上皮細胞によって覆われている。この上皮細胞が水晶体の赤道面で、繊維細胞へと分化しはじめ、水晶体の辺縁部でオルガネラを失う(図2)。オルガネラの消失は水晶体の透明性を維持するために必要と考えられているがどのような機構でこれが除去されるか全く不明である。ただ、DNAの分解など、アポトーシスと相似した点もあることからアポトーシスによって水晶体繊維細胞のオルガネラが除去されているとの考えも提出されている。 長田グループは水晶体・繊維細胞でのDNA分解の機構を明らかにするため、まず、水晶体でどのようなDNase(核酸分解酵素)が発現しているか検討した。その結果、アポトーシスに関与しているCAD、DNase IIなどのDNaseの発現は水晶体には全く検知できなかった。一方、1999年DNase IIに相似したDNaseとして東京理科大・田沼教授のグループ、アメリカのEastman 教授(Dartmouth Medical School, Hanover、NH)のグループによって同定されていたDLAD(DNase II-like Acid DNase あるいはDNase IIβ) とよばれるDNaseが水晶体に高発現しているのが認められた。そこで、DLAD遺伝子を欠損するマウスを樹立したところこのマウスは一見、正常に発生したが、水晶体には本来除去されるDNAが分解されずに残っていた。DLADは酸性下で作用する酵素であり、リソソーム(注3)に存在すると考えられている。以上の結果は、水晶体繊維細胞でのオルガネラの除去には自らのリソソームによって細胞成分が分解される『オートファジー』(自食作用)(注4)と呼ばれる過程が関与していることを示唆している。DNAが残存している水晶体は白濁し、白内障の症状を示し、その光透過力は顕著に低下していた。このことは、核などのオルガネラが除去されることが水晶体としての機能を果たすために必須であること、DNAなどの細胞構成成分の除去不全がヒトでも白内障を引き起こす可能性を示唆している。 現在、白内障の治療法としては、外科的な手術が中心で、内服薬などは知られているものの進行を遅らせる効果しかなく、その効果も強くなかった。本研究成果により白内障が起こる新規のメカニズムがわかってきたことで抗白内障薬の開発が進むことが期待できる。 | |||||
この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下の通りである。 研究領域:ゲノムの構造と機能〈研究総括:大石道夫、(財)かずさDNA研究所 所長) 研究期間:平成10年~平成15年 | |||||
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