科学技術振興事業団報 第338号
平成15年7月22日
埼玉県川口市本町4-1-8
科学技術振興事業団
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「細胞の遊走と心血管系発生にタンパク質WAVE2が
必須であることを解明」

 科学技術振興事業団(理事長 沖村憲樹)の戦略的創造研究推進事業の研究テーマ「器官形成における細胞遊走の役割及びそのシグナリングと再生への応用」(研究代表者:竹縄忠臣 東京大学医科学研究所・教授)で進めている研究において、細胞骨格形成に関与するアクチン調節タンパク質の一つであるWAVE2が、アクチン線維の葉状仮足形成を介して内皮細胞の遊走を制御し、心血管系の発生に関与していることを明らかにした。研究代表者らはすでにWAVE2が低分子量Gタンパク質Racの下流にあって活性化され、細胞遊走先端部で葉状仮足形成に関わることを明らかにしている。今回WAVE2が化学遊走因子の刺激による内皮細胞の遊走や複雑な血管を形成する際に生じる枝分かれや出芽という現象、血管新生に必須であることを証明した。本成果は、東京大学医科学研究所 竹縄忠臣教授らの研究グループによって得られたもので、平成15年7月24日付の英国科学雑誌ネイチャーで発表される。
 
<背景>
 細胞の方向性を持った遊走は炎症性細胞の炎症部位への移動、癌細胞の浸潤、転移のみならず、個体発生や器官の形成にも必須で最も重要な生命現象の一つであるが、細胞遊走と形態形成の関係、細胞遊走の制御については不明であった。
 
<細胞遊走のモデル:(図1参照)>
 細胞が方向性を持って動く時、まず先端部で糸状仮足という長いアクチン線維の突起が生じ、方向性を探った後、葉状仮足という膜での波状のアクチン線維が構築され、細胞が駆動力を獲得する。更に、細胞の後部ではストレスファイバーが発達し、後部を退縮させることで、丁度ナメクジが這うように前方で伸び、後方で収縮して進む。
 細胞先端部での化学遊走因子のシグナルは、低分子量Gタンパク質に伝えられ、非常に速いアクチン線維の再構築を促す。Cdc42の活性化は糸状仮足を形成し、Racの活性化は葉状突起を形成する。
 
<研究の経緯>
 竹縄研究室においては、細胞骨格形成に関与するN-WASP(Wiskott-Aldrich syndrome protein)WAVE(1から3まである)タンパク質 を発見し、それぞれの機能を解析してきた。 N-WASPCdc42によって活性化され、糸状突起形成を引き起こし(Nature 391, 93-97 (1998))、WAVE2が低分子量Gタンパク質Racの下流にあって活性化され、細胞遊走先端部で葉状仮足形成を引き起こす(Nature 408, 732-735 (2000) )ことを証明し、細胞遊走の分子的基盤を明らかにしてきた。  (図2参照
 
Nature 24 July 2003の内容>
 今回細胞が運動力を獲得するのに最も重要な構造である葉状仮足形成に関わるWAVEのノックアウトマウスを作成し、細胞遊走への役割と形態形成への関与を明らかにしようと試みた。WAVEには3種類存在するが、WAVE2は最も普遍的に発現しているタンパク質なのでまずWAVE2のノックアウトマウスを作成し個体での機能と特に発現の高い血管内皮細胞の初代培養細胞を用いて細胞運動への役割を調べた。
WAVE2ノックアウトマウスは胎児期10.5日で出血死した。WAVE2の欠損は初期の血管形成には影響を与えないが、その後の血管新生期に起こる複雑な血管網形成に異常が見られた。特に内皮細胞のすでにある血管からの枝分かれや出芽がうまくいかないため、血管形成が異常になると考えられた。
更に、胎児期のマウスから内皮細胞を採り、培養系に移し細胞運動能を調べた。正常マウス由来の内皮細胞はVEGF(血管内皮細胞増殖因子)刺激によって葉状仮足を形成し、遊走を引き起こしたが、WAVE2欠損内皮細胞では葉状仮足形成が起こらず、細胞遊走も抑制されていた。
内皮細胞の性質としてコラーゲンなどの細胞外マトリックス中で培養すると、通常は、葉状仮足を形成し、遊走して隣り合ってる細胞と連なり、キャピラリー様のチューブを形成する。これに対して、WAVE2欠損内皮細胞ではこのキャピラリー形成が阻害されていた。
よってWAVE2は胎児期にアクチン線維の再編成を通して内皮細胞の駆動力を制御し、複雑な血管網形成を行っていると考えられる。 (図3参照
 
<まとめ>
 細胞の遊走は癌細胞の浸潤転移や、形態形成など様々な生命現象に関与することでもあり、その分子的機序を明らかにすることは生物学の大きな関心事であった。竹縄研究室ではWAVE2という分子が細胞遊走に必須であることと内皮細胞の遊走を制御することで心臓、血管の構築に関与していることを始めて明らかにした。
 
論文タイトル
WAVE2 is required for directed cell migration and cardiovascular development
doi :10.1038/nature01770
 
この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下の通りである。
研究領域: 生物の発生・分化・再生 (研究総括: 堀田 凱樹、国立遺伝学研究所 所長)
研究期間: 平成12年度~平成17年度
【用語解説】
図1: 細胞運動の推進力はRhoファミリーGタンパク質によるアクチン線維の重合によって生まれる。
図2: WAVEファミリータンパク質はRacの下流にあり、Arp2/3複合体を使って葉状仮足を形成する。
図3: 細胞遊走は血管形成を始めとする形態形成に必須である。

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【本件問い合わせ先】
 竹縄 忠臣 (たけなわ ただおみ)
  東京大学医科学研究所 教授
   〒108-8639 東京都港区白金台4-6-1
   TEL: 03-5449-5510
    FAX: 03-5549-5417

 山崎 大輔 (やまざき だいすけ)
  東京大学医科学研究所
   〒108-8639 東京都港区白金台4-6-1
   TEL:048-226-5623
   FAX:048-226-5703

 森本 茂雄 (もりもと しげお)
  科学技術振興事業団 研究推進部 研究第一課
   〒332-0012 川口市本町4-1-8
   TEL:048-226-5635
   FAX:048-226-1164

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