科学技術振興事業団報 第325号
平成15年6月13日
埼玉県川口市本町4-1-8
科学技術振興事業団
電話(048)226-5606(総務部広報室)
URL:http://www.jst.go.jp/

電気を流す超高温透明セラミックスの開発

-ナノスケールの細線の束を絶縁性セラミックスへ導入-

 科学技術振興事業団(理事長:沖村憲樹)は、戦略的創造研究推進事業さきがけタイプ「秩序と物性」研究領域における研究テーマ「セラミックスの超微細秩序構造と機能発現(研究者:幾原雄一)」で進めている研究の一環として、絶縁体中に高密度のナノ電導経路を導入したこれまでに無い全く新しい素子の開発に成功した。 本研究の成果は、6月16日(月)付の英国科学雑誌「ネイチャー・マテリアルズ」で発表される。

【ポイント】

1.結晶内に高密度かつ直線状に配列したナノスケールの細線の束を形成。
2.ナノスケールの細線作製技術の開発。
3.絶縁体結晶への導電性付与に成功。
4.変形と熱処理というシンプルな方法を利用しており、他材料への展開も十分可能。
5.結晶内に高密度かつ規則正しく配列した量子細線の形成に成功したことから、電気特性のみならず磁気特性や光学特性分野においても極めて有望な展開により新しいデバイスの創出が期待される。

【概要】

 本研究は、セラミックスにおける規則性のある微細な構造を制御した新しい機能を有する素子の開発を意図して行われている。今回、セラミックス結晶に熱および圧力を加えて、高密度に規則正しく整列した結晶の皺を作り、そこへ金属を導入することを試みた。その結果、代表的な絶縁セラミック単結晶であるサファイア中に1cm2あたり10億本という極めて高密度な導電性があるナノスケールの細線(ナノ量子細線)の束を導入することに世界ではじめて成功した。直線性が高く整列したナノ細線は直径数ナノの酸化チタンで構成されており、良く電気を流すことが確認されたことから、絶縁体中に高密度のナノスケールの電導経路を導入したこれまでに無い全く新しい素子が期待される。この新技術を応用することで、大容量デバイスの開発、絶縁体を優れた伝導体にする技術、透明導電体、超高温電導体、セラミックスの放電加工など多くの分野で新たな展開が期待できる。
 固体の表面上に、こうしたナノ量子細線を形成する技術はこれまでにも報告されている。しかし、この場合、ナノ量子細線が固体表面上に形成されるためナノ量子細線の密度が非常に低く、固体デバイスとして用いるには困難であった。これに対して本発明は、固体内部においてセラミックス結晶の転位を高密度かつ高配向に配列制御し、これを利用して金属ナノ量子細線を作製するといった全く新しい発想で行ったものである。また、全てのナノ量子細線が固体中に埋め込まれているために、固体と金属細線の境界が電子の運動状態に影響を与えていると考えられる。したがって、用いるセラミックス単結晶の種類およびナノ量子細線として用いる金属種を変えることによって、さらなる新しい機能を有した量子細線束素子の開発が期待できる。

【研究の背景】

 結晶中において原子配列が線状に不連続になった領域を転位(線欠陥、結晶の皺)という。(図1参照) 転位の周囲にはひずみが生じ、ひずみ緩和のためにしばしば溶質元素の分布が不均一となった偏析が起こる(コットレル効果)。また、ひずみがある場所では、無い場所に比べて拡散速度が速くなる(パイプ拡散)。これらの転位特有の現象を上手く利用することができれば、新材料の創生につながる可能性がある。たとえば、コットレル効果を利用して、溶質元素を転位に偏析させることができれば、結晶内に直線状のナノ構造が形成されることになる。こうしたナノ構造は、局所的な量子効果が発現するため、しばしばバルクと異なる特異な物理特性を発現すると予測される。
 転位に関する研究の多くは、構造材料の加工による変形(塑性変形)という視点からのみ行われてきた。そのため、コットレル効果やパイプ拡散といった転位特有の機能的特性に関する知見はあまり得られていない。また、転位の特性を利用して新材料開発を行った研究はこれまでほとんどなかった。本研究は、転位を利用することで、絶縁セラミック結晶に導電性を付与することを試みた極めて独創的な研究である。

【内容説明】

転位配列制御法の開発

 個々の転位は、完全結晶にはない特有の電気的特性を有する。したがって、結晶内部に高密度かつ高配向な転位を導入することができれば、その結晶は転位により元の材料に無い新規な特性を発現すると期待される。そこで、転位配列制御法として、高密度転位の導入法ならびに転位の一方向制御法の開発を行った。
 転位を導入するために、サファイア結晶を1400℃で熱処理・変形させることによって動きうる転位(可動転位)を導入した後、再度1200℃で熱処理・変形させた。(図2参照) こうした2回の熱処理・変形により、破壊を抑制しつつサファイア結晶中に10億本/cm2という非常に高密度な転位を導入することに成功した
 次に、転位の配列制御のために、上述の2段変形が施されたサファイア結晶から切り出した高密度転位を含む薄膜に対し1400℃30分の熱処理を施した。(図3参照) その結果、高密度に存在する転位のほとんどが膜面に対して直立化することが確認された。(図4参照) これは、薄膜において転位と表面との相互作用(鏡像力)が非常に強いことを利用したものである。このような薄膜効果を利用することで、転位を一方向に配列させることにはじめて成功した


絶縁結晶中におけるナノ導電性配線の形成

 絶縁体であるサファイア結晶内部に導電性ナノ細線を作製するために、高密度かつ高配向な転位内部に金属チタンを浸透(拡散)させることを試みた。
 まず、高密度転位を有する単結晶薄膜に金属チタンを蒸着した(図5参照)後、アルゴン雰囲気中にて1400℃2時間の熱処理を施した。その結果、転位に沿ってチタン原子が高濃度かつナノスケールに偏析することが確認された。(図6参照) こうした比較的短時間でのチタンの浸透挙動は高速なパイプ拡散によるものである。また、詳細な解析から、偏析領域は転位に沿った直径約5nm以下の領域に限定されていることが分かった。これは、コットレル効果が強く作用したことを示す。
 次に、試料を貫通する電気伝導測定を行った。その結果、転位に沿った高濃度Ti雰囲気が導電性を有することが明らかとなった。(図7参照) 概算により、導電性ナノ細線の伝導率は約1×10-1 (Ω-1・cm-1)と見積もられ、この値は酸化物のTiO2-xにおける伝導率とほぼ一致している。なお、母材の高純度アルミナ単結晶と比較すると、1013-15倍高い伝導率となる。このようにして、絶縁結晶中に一方向制御された導電性ナノ細線を高密度に形成することに成功した

まとめ

(1)絶縁体セラミックス中に10億本/平方センチメートルの導電性量子細線束を形成することに成功。
(2)転位構造配列制御といった全く新しい発想にもとづいた材料設計。
(3)大容量量子デバイスの実用化への新しい展開に期待。
(4)超高温透明電導セラミックス、放電加工可能な構造セラミックスの実用化に期待
(5)新しいテクノロジー(ディスロケーションテクノロジー)へ向けた展開に期待。

図1 転位の模式図と物性
図2 高温圧縮変形試験装置模式図と変形されたサファイア結晶
図3 熱処理による転位配向性の制御
図4 熱処理による高密度・高配向な転位組織(透過型電子顕微鏡写真)
図5 サファイア中へのチタン浸透の概念図
図6 浸透処理後のチタン分析結果
図7 電気伝導特性の測定法と測定結果
補足:電気伝導データの例2


【本件に関する問い合わせ先】

幾原 雄一(イクハラ ユウイチ)
 東京大学工学部総合研究機構 教授
 〒113-8656 東京都文京区弥生2-11-16
 TEL: 03-5841-7688,FAX: 03-5841-7694

瀬谷 元秀(セヤ モトヒデ)
 科学技術振興事業団 戦略的創造事業本部 研究推進部 研究第二課
 〒332-0012 埼玉県川口市本町4-1-8
 TEL:048-226-5641,FAX:048-226-2144


This page updated on June 16, 2003

Copyright©2003 Japan Science and Technology Corporation.