(1) |
これまでタンパク質PtprZは神経系の細胞にのみ存在していると考えられてきたが、胃粘膜の細胞においても少ないながら存在していることが判明した。胃では、タンパク質PtprZの類似タンパク質が3種類存在した。これは、マウスだけではなくヒトにおいても同様であった。 |
(2) |
タンパク質PtprZ遺伝子欠損マウス(タンパク質PtprZをもたないマウス)と普通の野生型マウス(タンパク質PtprZをもつマウス)に対して、精製した本毒素を経口投与すると、2日後、タンパク質PtprZをもつマウスだけに胃潰瘍が発症した。これは、本毒素の経口投与により発症させた場合にのみ見られる現象であり、エタノール等による胃潰瘍発症では両遺伝子型で差が見られなかった。 |
(3) |
本毒素投与後5時間の時点(症状はまだ現われていない)で見ると、タンパク質PtprZをもつマウス、タンパク質PtprZをもたないマウスにおいて全く同様に、本毒素は胃粘膜細胞中に取り込まれていた。 |
(4) |
両マウスから胃粘膜の細胞を採取して培養し、これに本毒素を投与した場合にも、本毒素は等しく細胞中に取り込まれるだけでなく、同程度の細胞空胞化を引き起こした。 |
(5) |
この時、両細胞は本毒素によって同程度の細胞分裂阻害を受けたが、タンパク質PtprZをもつマウスの細胞だけが、本毒素投与後4時間頃から脱接着(実験ではシャーレ上で胃の中の環境を人工的につくっている)し始め、48時間後には全て剥がれ落ちた。 |
(6) |
本毒素はタンパク質PtprZに直接結合すること、また、その結合はタンパク質PtprZを不活化させることが判った。タンパク質PtprZが作用する細胞内の分子としてGIT1と呼ばれる分子を既に同定していたが、本毒素投与後、30分でGIT1のチロシンリン酸化レベルが上昇した。このチロシンリン酸化レベルの上昇はGIT1の不活化を意味している。GIT1は細胞の運動や接着、細胞内小胞の動態に関わるとされている分子であることから(5) の現象に関わる可能性が高い。 |
(7) |
これまでの研究で、タンパク質PtprZに対して元来体内に存在するリガンド※4(タンパク質PtprZに結合し作用する分子)としてプレイオトロフィン(PTN)を同定していたが、PTNの経口投与によっても胃潰瘍が発症することが示された。 |
以上の結果を総合すると、本毒素は胃粘膜の細胞内に取り込まれ、細胞空胞化を引き起こすものの、それが胃潰瘍の直接原因ではない。むしろ、本毒素は胃粘膜の細胞膜上のタンパク質PtprZに結合し、そのリガンドとして作用することによってタンパク質PtprZを不活化し、この誤った信号が細胞内へ伝達されることによって細胞内分子のチロシンリン酸化レベルの亢進を引き起こすこと、特にGIT1等、胃粘膜の細胞が胃の基底膜へ接着することに関わる分子の機能を損なうことによって脱接着を引き起こすことが、胃潰瘍発症の直接的要因であることを示している。この発見は、胃潰瘍の予防・治療を効果的に行う上では非常に重要なものであると考えられる。