[補足説明]
 高齢化が進む中、骨粗鬆症や変形性関節症罹患者が増加し、骨折を契機とした寝たきり老人の増加につながっている。また、関節の痛みは中高年齢者の就労にも大きな影響を及ぼしている。したがって、骨格の維持が重要な課題となっており、骨格の形成機構および維持機構の解明が急務である。我々は、これらの解明に向けて研究を進めているが、今回の成果はその過程で生まれたものである。
 骨格を形成する骨・軟骨がどのような遺伝子によってどのように形成されるかが最近になって少しづつ明らかになってきた。骨は骨芽細胞によって直接形成されるもの(膜性骨化と言い主に頭蓋骨に起こる)と軟骨を経て骨に置き変わるもの(内軟骨性骨化と言い頭蓋骨以外のほとんどの骨に起こる)がある。軟骨は軟骨細胞によって形成され、軟骨細胞は成熟した後(肥大軟骨細胞) アポトーシス(細胞の自然死)に陥り、そこに血管が軟骨基質を溶解する破骨細胞とともに侵入し、骨髄腔を形成し造血が始まるとともに、軟骨周囲の未分化間葉系細胞が骨芽細胞に分化しつつ骨髄腔に侵入し骨を形成し、軟骨が骨に置き変わっていく(図1)。すなわち骨ができるには、間葉系幹細胞が骨芽細胞に分化することと軟骨細胞が成熟することが必須である。

- 図1 -


 骨格を形成する細胞、すなわち骨芽細胞、軟骨細胞、筋芽細胞、脂肪細胞、腱細胞、線維芽細胞は共通の未分化間葉系細胞から分化していくが、その分化はそれぞれ異なった転写因子によって決定される(図2)。Runx2 (runt-related gene 2)/Cbfa1 (core binding factor ・1)が骨芽細胞への分化を決定づける因子であることを研究代表者が1997年に見いだし、米国科学雑誌「セル」に発表したが、軟骨細胞の成熟にも必要な因子であることもその後明らかにした。すなわちRunx2は骨形成に必須な骨芽細胞分化と軟骨細胞の成熟を担っている。しかし、Runx2だけで骨・軟骨ができるわけではなく、他の因子が必要はことは言うまでもない。我々は、Runx2を誘導する遺伝子、Runx2によって調節される遺伝子、およびRunx2とともに働く遺伝子を探索してきたが、今回Runx2といっしょに働く遺伝子で骨・軟骨形成に必須な遺伝子Cbfbを発見した。

- 図2 -


 Runx2はRunxファミリー遺伝子に属した転写因子で、そのほかRunx1とRunx3がある。Runx1 と今回の主題であるCbfb は急性骨髄性白血病の染色体転座に高頻度に関わっており、その原因遺伝子と考えられる。実際Runx1のノックアウトマウスもCbfbのノックアウトマウスも全く造血できずに死亡する。しかし、Cbfbはそれ自身 DNA 結合能を持たず、Runx2と結合することにより初めてDNA 結合し様々な遺伝子の転写を調節する。すなわちRunx2とCbfbがヘテロダイマーを形成し、様々な造血関連遺伝子の発現を調節し、造血幹細胞の分化を誘導するわけである。このようにCbfbが造血に必須な遺伝子であることを1996年「米国アカデミー紀要」に発表した。しかし、Runx2が骨形成に必須な遺伝子であることを突き止めた後はCbfbも骨形成に必須な遺伝子ではないかと考えるようになった。というのはCbfbはRunx1とRunx2が持つ共通部分(DNA結合ドメイン)に結合するからである。
 しかし、Cbfbノックアウトマウスは、骨ができる前に造血できずに死亡するためCbfb が骨形成に果たす役割を今までの方法では解明する事ができなかった。そこで、新規の方法を用いることにした。それは、なんとか造血だけできるようにマウスを改変することである。まず、造血系(特に赤血球系)に特異的に発現を誘導できるGata1プロモーターを用い、造血系に限局してCbfb遺伝子を発現するトランスジェニックマウスを作製した(図3)。次に、このマウスをCbfbヘテロ変異マウス (Cbfb+/- マウス)と交配し、片方の染色体上でCbfbが破壊されたマウスの血液細胞にCbfbを人為的に発現させたマウスを作製した。さらにこのマウスをCbfbヘテロ変異マウスと交配し、最終的に血液系細胞でのみCbfbを発現し、その他の細胞ではCbfbを発現できないマウス(Cbfb-/-tgマウス)を作製した。すなわち、血液系細胞以外では、全くCbfbノックアウトマウスと同様である。

- 図3 -


 Cbfb-/-tgマウスは出生時まで生存できたが、出生直後に呼吸できずに死亡した。造血は行われていたが、骨形成はほとんど認められず、骨芽細胞分化も軟骨細胞の成熟も強く阻害されていた。すなわち、Cbfbは骨格形成、特に、骨芽細胞分化、軟骨細胞の成熟に必要であることが明らかとなった。
 さらに転写因子Runx2のDNA結合および転写活性にCbfbが必要であることが明らかになった。これは、Runx2はCbfbと結合することにより初めてその機能を発揮できることを示している(図4)。

- 図4 -


- 今後の展望 -
 高齢化社会を迎え、欧米、日本ともに骨粗鬆症、変形性関節症の罹患者が中高齢者で著増し、日常生活を制限する疾患として大きな問題となっている。CbfbはRunx2ととも骨芽細胞の分化に必須な遺伝子であるとともに、軟骨細胞の成熟にも必要な因子である。骨粗鬆症は骨芽細胞の減少及びその機能低下が一因であり、変形性関節症は力学的ストレスに対する軟骨細胞の成熟が一因と考えられている。骨芽細胞を増やしてやれば、骨は増加する。骨芽細胞を増やすには、Runx2とCbfbを未分化間葉系細胞に導入し、骨芽細胞分化を誘導すれば良いわけで、今後の骨再生に対する遺伝子治療にも今回の発見は役立つ。さらにこれらの因子を誘導できる薬剤を開発できれば、骨粗鬆症に対する画期的な薬になるであろう。
 一方変形性関節症の予防・治療には、軟骨細胞の成熟を抑制することが重要である。この場合は逆にRunx2とCbfbを抑制することが軟骨細胞の成熟の抑制につながる。Cbfbの機能を抑制できるドミナントネガティブ型Cbfbを作れれば、遺伝子治療への応用が可能であろう。また、Runx2とCbfbの発現を抑制することにより、軟骨細胞の増殖を促進でき、また永久軟骨の形質を維持できる。したがって、遺伝子治療あるいはCbfbを抑制する薬剤の開発により、永久軟骨である関節軟骨の再生も可能と考えている。

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This page updated on November 18, 2002

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