[補足説明]

 決定されたAcrBの分子構造について補足説明する。まず、全体構造は図1に示すクラゲ型である。3個の同じモノマーが集まって3量体を形成している。下半分が細胞内膜を貫通する領域、上半分が内膜と外膜の間隙(ペリプラズム)に突き出した頭部である。頭部を上から見ると、図2のように中央に狭い穴がある。この穴はふだんは閉じている。図3は内部がわかるように手前のモノマーを一個取り除き、さらに、分子の表面がわかるように空間充填モデルで示したものである。頭部と足の継ぎ目の部分に、図では奥の方へ窓が開いているのがわかる。この図は手前のモノマーを取り除いてあるので窓は一つしか見えないが、実際には手前のモノマーとの間にも窓があるので、側面への窓は3つある。細胞内膜の外側、ペリプラズムに存在する薬剤も、この窓を通って、AcrBの内腔に入ることができ、頭部を通っててっぺんの穴から外膜を貫通するチャンネルタンパクの中へと排出される。外膜チャンネルタンパクTolCの構造は2年前に米国のKoronakisらによって決定された。それは、外膜を貫通し、さらにペリプラズムに100%A突き出した筒状の構造だった。今回決定したAcrB頭部のてっぺんに開いた穴の直径はTolCの筒の内径とぴったり一致し、直接ドッキングする構造になっていた(図4)。図4はAcrBとTolCがドッキングした状態を示したものである。この複合体構造によって、薬剤は細胞内膜と外膜をいっきに通過し、菌体外へと放出される。

図1.AcrB構造側面図
図2.AcrB構造上面図
 菌体内部の薬剤は足(膜貫通部)の下端から、ペリプラズム中の薬剤は足と頭の継ぎ目にある窓からAcrB内腔に取り込まれ、頭部中央の穴を通っててっぺんの開口部からTolCの筒の中へ排出される。AcrBの穴とTolC筒はしっかりドッキングしてシールされているので、薬剤はペリプラズムに漏れ出すことはなく、そのまま菌体外に放出される。
 排出に使われるエネルギーは細胞内膜の水素イオン濃度勾配である。このエネルギーは膜貫通領域でキャッチされ、タンパク質の構造変化を通して頭部に伝えられ、頭部中央の穴を開閉することによって能動的な排出が起こると考えられる。これは、細胞内膜の内側と外側にある薬剤を同様に排出するためのきわめて巧妙な仕組みである。
 次に、構造決定の臨床的意義について補足説明する。多剤排出タンパクは末期癌の抗癌剤多剤耐性化の主な原因であるばかりでなく、多剤耐性緑膿菌の院内感染においても大きな問題になっており、我が国でも数例の死亡例がすでに報告されている。緑膿菌の多剤耐性原因となる排出タンパクはMexBであるが、これはAcrBとアミノ酸配列がきわめてよく似ており、AcrBの立体構造からMexBの立体構造を推定できる。MexBを阻害する薬剤は内外の製薬会社が開発を競っているが、従来のランダムスクリーニング法ではなかなか決定的な阻害剤が見つからないのが現状である。今回決定した構造をもとに、阻害剤を分子設計できる方向に持っていきたいと私たちは考えている。
 大腸菌や緑膿菌のような外膜を持つ細菌は、外膜を持たない細菌に比べ、いろいろな抗生物質にもともとかなりの抵抗性を示す。これまでは、この抵抗性はこれらの薬剤が外膜を透過しにくいためと考えられていた。ところが、AcrBやMexBの遺伝子を破壊すると、大腸菌や緑膿菌に対しても外膜を持たない細菌と同程度にこれらの薬剤が効くことが示された。例えば、インフルエンザ菌もAcrBを持っている。もし、AcrBによって排出されない抗生物質を開発することができたら、インフルエンザ菌による呼吸器感染症などにきわめて有効な抗生物質が得られる可能性がある。私たちは今回決定したAcrB構造を、そうした排出されない抗生物質を設計するのにも役立てたいと考えている。
図3.AcrB内部。横にある小さな分子は排出される薬剤の一例。 図4.AcrBと外膜チャンネルタンパクとの複合体


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