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「乳ガンの増殖を引き起こすタンパク質を発見」
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乳ガンは女性のガンとしてもっとも頻度の高いものの一つであり、年間の乳ガン死亡数は日本国内において9000人程度である。その頻度は1960年代より増加を続けており、現在は欧米諸国の1/3から1/4であるが、今後さらに増えていくものと考えられている。ちなみに、欧米では、生涯に8人に1人の女性が乳ガンになると推定され、女性の健康上の大問題となっている。このため、乳ガンの発症、進展のメカニズムの解明と新しい治療法の開発が国内外より強く待ち望まれている。 ほとんどの乳ガンは女性に発病し、その危険因子の主たるものは女性ホルモンとしてのエストロゲンに由来する。乳ガンの予後を知るためには、エストロゲン作用の入り口であるエストロゲン受容体の量を診断することが重要な鍵である。乳ガン治療は、局所に対する手術に加え、抗エストロゲン剤をはじめとする内分泌療法が有効とされている。乳ガンはエストロゲンの刺激により増殖するが、そのメカニズムの詳細は謎のままであった。 本研究において、井上らが独自に開発したゲノム結合部位クローニング法(※1)により新規に見出したエストロゲン応答性で、リングフィンガー(※2)とよばれる特徴的な構造をもつ蛋白Efp(※3)に着目した。井上らの研究グループの浦野博士、斉藤研究員らは、まず第一に、乳ガンに存在するEfpを抑制することにより、乳ガンの増殖を阻止できることを発見した。これは新しい乳ガン治療のモデルとなるものである。しかも、この反対にEfp蛋白を乳ガン細胞に過剰に作らせることによって、エストロゲンなしで乳ガンの増殖を引き起こすことを示した。すなわち、乳ガンの持つ、エストロゲンがないと増殖できないという弱点は、Efp蛋白を増加させることにより克服できるわけで、Efpが乳ガンの悪性度を増す方向に働くことが明らかとなったのである。 次に、このEfpが、エストロゲンに反応して乳ガンが増殖する際にどのように働いているかを、分子レベルで解明した。その結果、Efpは、乳ガンが増殖する際のブレーキ役である14-3-3シグマ(※4)と呼ばれる蛋白質を壊すために必要な因子であることが分かった。ブレーキを壊す因子が増えることによって、ブレーキが利かなくなり、乳ガンの増殖が促される。 以上により、本研究は、乳ガンのエストロゲン依存性ならびにエストロゲン非依存性増殖メカニズムに対して新しい洞察をもたらした。さらに、この発見を応用することにより、エストロゲン応答遺伝子という今までとは異なった標的に対する抗エストロゲン作用を持つ治療薬の開発に結びつけられることが期待できる。 この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下の通りである。
******************************************************** (※1) ゲノム結合部位クローニング法 ステロイドホルモン受容体をはじめとする転写因子に応答する因子を探索するために考案された方法で、ゲノム上の転写因子結合領域を見い出し、その近傍に新しい遺伝子を同定していく方法。 (※2) リングフィンガー ‘本当に面白い‘と名付けられたタンパクの構造の一つ。タンパク同士の結合に関与していると考えられており、しばしばタンパク分解に必要な因子に見い出される。 (※3) Efp Estrogen-responsive finger proteinの略。エストロゲン応答性に誘導され、子宮や乳ガンにおいてエストロゲン依存性の細胞増殖に関わる。その働きの仕組みは、細胞増殖のブレーキの破壊役であることが明らかになった。 (※4) 14-3-3シグマ 乳癌細胞における細胞増殖のブレーキ役を担う。サイクリン依存性キナーゼと呼ばれる細胞増殖の進行役と結合し、ブレーキをかける。 ******************************************************** 本件問い合わせ先: 井上 聡(いのうえさとし) 東京大学医学部附属病院老年病科 郵便番号106-8639 東京都文京区本郷7-3-1 Tel: 03-5800-8652 Fax: 03-5800-6300 森本 茂雄(もりもとしげお) 科学技術振興事業団 研究推進部 研究第一課 郵便番号332-0012 埼玉県川口市本町4-1-8 Tel:048-226-5635 Fax:048-226-1164 ********************************************************* 【補足説明資料】 |
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