科学技術振興事業団報 第213号
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科学技術振興事業団
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「数を表現する大脳の細胞活動を発見」

 科学技術振興事業団(理事長 沖村 憲樹)の戦略的基礎研究推進事業の研究テーマ「行動制御系としての前頭前野機能の解明」(研究代表者:丹治 順、東北大学大学院医学系研究科教授)で進めている研究において、サルに動作回数を記憶させる実験から、大脳頭頂葉(註1)の細胞が固有のパターンで動作回数に応じて活動することによって、数の情報を処理していることを発見した。この研究成果は、ヒトの心の働きの理解や、さまざまな精神疾患の発症機構の解明にもつながるものである。本成果は、東北大学大学院医学系研究科大学院生 澤村 裕正、同研究科助手 嶋 啓節らによって得られたもので、平成14年2月21日付の英国科学雑誌「ネイチャー」で発表される。


 脳科学の進展に伴い、ヒトの脳の活動を画像として描画できる陽電子断層撮像法(PET)や機能的磁気共鳴法(fMRI)が威力を発揮し、脳のどこが機能しているかについて分かるようになってきた。しかし、脳の高次機能を具体的に知るには、脳の細胞レベルにまで立ち入って、その活動を解析することが必要となる。本研究は、“数”という抽象的な概念が脳の中でどのように形成されるかという疑問に対し、細胞の働きとして客観的に答えようとするもので、このような抽象的概念を表現する脳細胞活動の発見は、世界で初めてである。

 ヒトばかりではなく、サルにも数を数える能力がある。それを確認するために、2種類の動作のどちらかを選択し、それを5回繰り返した後で、もう一方の動作を選択する課題を設定した(註2)。動作変更を行うためには、自己の動作回数を数えることが要求されるが、実験の結果、この課題を解決できることが確認された。
 この行動課題を行っている脳の細胞活動を記録・解析した結果、大脳頭頂葉の「5野」と呼ばれる部分において、動作回数に応じて起こる細胞活動が多数見つかった(註1、円内の拡大図)。具体的には、例えばある細胞集団は3回目、あるいは5回目といった細胞に固有の「回数」で活動し、別の細胞集団は2回目と3回目、あるいは4回目と5回目といった細胞に固有の「パターン」で活動することが見つかった。すなわち数の表現そのものが、細胞活動として発見されたことになる。

 動作回数が個々の脳細胞活動として表現されているという事実は、全く予想外であり、驚異的でさえある。今回の発見は、“数”のような抽象的概念が、脳の細胞の働きとしてどのように表現されているかを理解する、先駆的な研究成果である。

 今後、他の多くの脳機能についてもこのような具体的理解が進む可能性があり、脳が行う精神活動を、細胞活動の時間的・空間的パターンとして表現できることが期待される。それは、ヒトのヒトたるゆえんである心の働きの理解や、さまざまな精神疾患の発症機構の解明にもつながると思われる。また、このような研究は人工知能の開発や教育理論の発展にも寄与することが期待される。


この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下の通りである。
研究領域:脳を知る(研究統括:久野 宗 京都大学、岡崎国立共同研究機構 名誉教授)
研究期間:平成11年度〜平成16年度

補足説明

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本件問い合わせ先:
   丹治 順(たんじ じゅん)
   東北大学大学院医学系研究科 生体機能制御学講座 生体システム生理分野
      〒980-8575 仙台市青葉区星陵町2−1
      TEL:022‐717‐8071
      FAX:022‐717‐8077

   小原 英雄(おはら ひでお)
   科学技術振興事業団 研究推進部 戦略研究課
      〒332-0012 川口市本町4−1−8
      TEL:048‐226‐5635
      FAX:048‐226‐1164
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This page updated on February 25, 2002

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