科学技術振興事業団報 第194号

埼玉県川口市本町4―1−8
科 学 技 術 振 興 事 業 団
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高温超伝導体中の磁束量子が列になって振動する現象を発見

―高温超伝導の基本メカニズム解明に手がかり―

 科学技術振興事業団(理事長:沖村 憲樹)が基礎的発展推進事業の一環として進めている研究テーマ「電子波の位相と振幅の微細空間解像手法の応用展開」(研究代表:北澤 宏一 東京大学大学院教授)において、東京大学、日立製作所、日立計測器サービスの研究グループは、開発したばかりの1MVホログラフィー電子顕微鏡(注1)を用いて、高温超伝導体の超伝導状態における磁束量子(注2)のふるまい(注3)を調べた。その結果、超伝導状態において温度を上げると、それまで一列に密に並んでいた磁束量子が、興味深いメカニズムによって、振動を始める現象を初めて観測した。これは、これまで予測されていなかった現象である。超伝導体では、磁束量子が動き出すと超伝導状態が破れるので、磁束量子ができるだけ動き出さないようにすること、すなわち磁束量子をピン止めすることが実用化にとって重要とされている。本研究成果は高温超伝導の基本メカニズムの解明に資するものであり、実用化の手がかりにつながる重要な発見である。
 この研究成果は、12月7日付けの米国科学雑誌「サイエンス」で発表される。

 電気抵抗がゼロとなる超伝導現象は、私達の生活を大きく変える技術として期待され、基礎と応用の両面から研究開発が進められている。これまでに、医療用機器の磁気共鳴イメージング装置(MRI)などが実用化されてきたが、超伝導を出現させるには液体ヘリウム(臨界温度:4 K = −269 ℃)などを利用し、極低温に冷却しなければならず、安価に、かつ、自由に利用できるには至っていない。また、超伝導体の中でも高温超伝導体は、液体窒素温度(77 K = −196 ℃)で超伝導を示すことから、冷却に対する制約が比較的緩く、実用化が期待されているが、磁束量子の振舞いにより流せる電流量(臨界電流)が制限されてしまうという問題のため、限られた範囲でしか実用化には至っていない。高温超伝導現象のメカニズム解明には、磁束量子が重要な鍵を握っていると考えられるため、磁束量子の挙動の直接観察が重要な課題となっていた。
 研究グループでは、高温超伝導体ならではの磁束量子の振舞いの観察を目的に、100万ボルト (1MV)ホログラフィー電子顕微鏡の開発に取り組んできた。そして今回、本開発による電子顕微鏡を用いて、従来よりも厚い試料中の磁束量子を鮮明に透過観察できるようになった結果、高温超伝導体の層状構造を反映した鎖状磁束量子が磁束量子の融解現象が起る温度よりもずっと低い温度で動き始める現象を、世界で初めて見い出すことに成功した。
 ビスマス(Bi)系高温超伝導体の層面にすれすれに磁場をかけると、磁束量子が三角格子を組む領域と印加磁場の傾斜方向に一列に並ぶ鎖状磁束量子が交互に現れることは既に観察されていた(図1)。今回、磁場の強さや傾き及び超伝導体の温度を変えながら、こうした状態にある磁束量子の様子を詳細に観察した結果、超伝導体の温度を上げていくと、臨界温度Tcや磁束量子が融解すると考えられていた温度よりもかなり低い温度で、鎖状磁束量子の像だけが消えてしまうことが見出された(図2)。
 何故、鎖状磁束量子の像だけがぼけるのか?我々はそのメカニズムを解明するための手がかりを見い出し、磁束量子が列方向に振動しているためと推定した。図2のa、bで示した鎖状磁束量子は、はっきりと観察できるのに対し、その中間の磁束量子の像は次第にコントラストが弱くなり、消えかかっているが、これは、a、bの磁束量子は周囲の三角格子の4つの磁束量子に囲まれ最も安定した位置にいる。鎖状磁束量子は周囲の三角格子の間隔よりも密に並んでいるために、a b間の磁束量子は不安定な場所に位置することになり、比較的低温で振動を始めたものと考えられる。つまり、a b間の不安定な磁束量子は、温度が上がると熱エネルギーによって右に左に動き始め、像がぼけると解釈できる。
 こうした現象は、磁束量子に限ることではなく、電荷密度波(注4)などの物理の広い分野で現れ、その直接観察は学術的にも貴重な結果である。
 本研究では、前段階である戦略的基礎研究推進事業で開発された1MVホログラフィー電子顕微鏡を用いることによって、厚い試料を透過観察できるようになったために、高温超伝導体中の磁束量子の様子が微視的に直接観察できる様になり、高温超伝導体の層状性を反映した磁束量子の挙動を捉えることに成功した。今後、さらに実験技術、方法を最適化することによって磁束量子に関するさまざまなデータを蓄積することにより、高温超伝導メカニズムの解明とその実用化に対して有効な情報を提供できると考えている。
 
[用語説明]
(注1) ホログラフィー電子顕微鏡
 D.ガボールのアイデアを実現した装置で、電子線を波として取り扱い、電子波の位相分布の持つ物理情報を余すところ無く観察・測定できる電子顕微鏡。磁場や電場を定量的に測定できる。
(注2) 磁束量子
 外部磁場を強くしていったときに、超伝導体内部にとり込まれる非常に細い糸状の磁束線。超伝導体中に存在できる磁束の最小単位(量子)であることからこの名称がある。
(注3) 磁束量子の振舞い
 超伝導体に電流が流れると、磁束量子はローレンツ力を受ける。この力に抗せず磁束量子が動いてしまうと、熱の発生を伴い超伝導状態が破壊されてしまう。このため、磁束量子を固定する(ピン止め)ことは、超伝導実用化にとって重要な鍵となっている。
(注4) 電荷密度波
 低温状態にある金属中の電子の密度が周期的に変化している状態。ここにも今回見い出された現象と似た現象すなわち、二つの格子状の物体が、周期が異なった時に、相対的に移動しやすくなる現象が起る。
 
 なお、本研究は平成12年度より基礎的研究発展推進事業にて研究を推進している。
 
研究期間 平成12年度〜平成15年度
研究代表 北澤宏一(東京大学新領域創成科学研究科物質系専攻教授)
研究題目 電子波の位相と振幅の微細空間解像手法の応用展開
   
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本件問い合わせ先:
    (研究に関して)
        小野 義正(おの よしまさ)
        (株)日立製作所基礎研究所
        〒350-0395 埼玉県比企郡鳩山町赤沼2520
        TEL:0492-96-6111 FAX:0492-96-6005

    (事業に関して)
        高木 千尋(たかぎ ちひろ)
        科学技術振興事業団 戦略的創造事業本部 研究調整室
        〒332-0012 埼玉県川口市本町4-1-8
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