大学発ベンチャー、成功の秘訣
研究成果は社会に役立てるべき。
ベンチャーは一企業として存続すべし。
そんな基本原則がなかなか実現しない実情のなか、
研究成果を製品化し、夢の実現へと走る2人の研究者を紹介する。

大学発ベンチャー企業数は順調に増加する一方で、必ずしも順風満帆とはいえない現実。
設立企業数は増えているが、どこも経営状態は火の車。
何が原因かをもっと検証すべきだ。


 「研究者は研究室に閉じこもるべからず」というのはもはや常識だが、どうやって研究成果を社会に役立てたらいいのか、その方法がわからない研究者も多い。また研究成果を製品化したものの、収益がなかなか上がらず青息吐息というパターンも多く、研究成果による社会貢献の現状はかなり険しい。
 最近は、こうした研究成果の製品化やベンチャー企業の立ち上げなどをサポートするプロフェッショナルを雇用する大学が増えている。JSTも「プレベンチャー事業」(平成11~15年)および「大学発ベンチャー創出推進」(平成15年~)を推進して、大学発ベンチャー企業の設立を後押ししてきた。
 今年4月にJSTが主催したシンポジウム(P3で紹介)には一般企業も数多く参加し、「研究成果→製品化」に対する社会からの要望は強くなっている。大学発ベンチャーが考えなければいけないのは、研究成果をどのような形で社会に還元するか、そしてどのように会社経営に結びつけるかである。

「皮膚再生のためのレチノイン酸ナノ粒子」の研究成果で企業設立。

五十嵐先生・山口先生の研究室。
NANOEGG(ナノエッグ)
皮膚再生の治療薬成分として知られるレチノイン酸(ビタミンAの生理活性体)を、直径約15~20ナノメートルの球状の無機質コーティングカプセル「ナノエッグ」にすることで、皮膚内への透過性が劇的に上昇。


 聖マリアンナ医科大学難病治療研究センターの五十嵐理慧先生と山口葉子先生は、DDS(ドラッグデリバリーシステム:必要な薬物を、必要な時間に、必要な部位にのみ送り込む技術)の研究を進めるなかで、米国ではすでに皮膚再生の治療薬として使われていたレチノイン酸をナノサイズのカプセルにし、皮膚表皮層に浸透させる技術を開発。「ナノエッグ」と名づけられたこの技術は、レチノイン酸の皮膚への浸透を劇的に向上させるだけでなく、レチノイン酸をすばやく安定に表皮層に到達させ留めるという画期的なDDS技術であった。
 「この技術は事業化できるのでは?」と、2人はJSTの「プレベンチャー事業」に応募。今までの皮膚再生、特にシミ・しわの治療はレーザーや手術など、費用・リスクも伴うものだったが、「ナノエッグ」を使えば外用剤として皮膚に塗布するだけで行えるようになる。これは大きな進歩になるはずだ。


山口葉子
山口葉子
ダウコーニング(株)、横浜国立大学大学院人工環境システム学に勤務後、聖マリアンナ医科大学難病治療研究センターDDS研究室に所属。ドイツ・バイロイト大学自然科学群にてPh.D取得。

01 成功の秘訣
日本でベンチャーを成功させるためには、アメリカのようなハイリスク・ハイリターンのスタイルを真似ていては難しいと思います。日本の風土に合ったスタイル、すなわち中庸な研究開発および経営をしていかないと、うまくいかなくなる日がいずれ訪れるだろうと考えています。「ナノエッグ」に使用しているレチノイン酸は、現在日本で急性前骨髄性白血病の治療薬として使われていますが、アメリカではシミ・しわの外用薬としてすでに20年近く使用されています。日本では残念ながらまだ認可されておりません。日本人の皮膚をサイエンスし、日本人にあった製品を創出し、日本発の技術で認可してもらうことが、我々の理念に合った、また、日本のベンチャーとしての役割であると考えております。


効果 「もうひとつの技術」の開発で製品化に成功

今までは皮膚からの吸収が難しかった高分子量の薬物や水溶性薬物を効率よく皮膚内に届ける「ナノキューブ」。単独では、皮膚の自己治癒力を引き出す効果がある。DDS医薬品、医薬部外品、化粧品などさまざまな形で活用できる技術だ。

臨床実験(42歳、女性)1日2回、朝晩塗布
ナノキューブを配合した乳液を人間の頬に塗る実験の結果、約2カ月の使用でシミが減少した。ナノキューブにより自己治癒力が高まり、皮膚再生が引き起こされた結果と考えられる。


 2人は「皮膚再生→シミ・しわ改善」の研究に着目。そして「ナノエッグ」を外用剤にするための基材(ワセリンのようなもの)を開発中に、基材自体に皮膚再生効果があることを見出し、さらに新技術を開発。細胞間脂質の液晶構造を一時的に変化させる相転移誘導剤「ナノキューブ」を誕生させた。
 ジェル状の外用基材である「ナノキューブ」は、皮膚に直接塗ると細胞間脂質の液晶構造が一時的に変化し、不規則な構造になるため、ナノキューブに内包された薬物が浸透しやすくなる。その結果、肌への透過性が今までの外用剤と比べて顕著に。薬物が内包されていない場合でも、ナノキューブが細胞間脂質構造を変化させているため、本来皮膚に備わっている自己治癒力が働き、皮膚再生が始まる。
 2人は自らアポイントをとって企業を訪問。強みは「ナノエッグ」と「ナノキューブ」の2つの技術を持っていること。まず「ナノキューブ」にエステ業界が注目し、オファーが入った。

大手エステサロンから発売された「ナノキューブ」を配合した乳液とクリーム。サロンでの施術にも使われている。

大手エステサロンから発売された「ナノキューブ」を配合した乳液とクリーム。サロンでの施術にも使われている。

さらなる展開 自社ブランドの立ち上げ、医薬部外品、DDS医薬品の実用化、そして・・・。
今年8月末に発売予定の自社商品。「ナノキューブ」の効能にデザイナーが、「魔法のようなサイエンス!」と感激。「魔法の呪文」をイメージしたパッケージデザインに。

 2人は平成18年4月に(株)ナノエッグを立ち上げ、「ナノエッグ」「ナノキューブ」の技術を売るだけでなく、自社ブランドの化粧品販売を手がけることに。しかし最終目標は、化粧品メーカーになることではない。「ナノエッグ」や「ナノキューブ」、そして今後開発される技術を使って、病気の治療技術を創出して人々の役に立てること。そしてそれを世界へと広げることが(株)ナノエッグの理念である。
 「たとえば注射や透析などで行われている投薬治療を、ナノキューブを使って外用剤で行えるようになれば、本当に多くの人が楽になる。そうした研究開発を長く続けるための財政的な基盤として、(株)ナノエッグをきちんと収益の上がる会社にしていきたいのです」(山口先生)。収益を研究費などの形で大学に還元することも、大学発ベンチャーの役割の1つと考える。
 将来は、皮膚に塗ったり貼ったりするだけの伝染病予防のためのワクチンを作り、世界中の人々が使えるようにしたい。それが(株)ナノエッグの夢である。


五十嵐理慧
五十嵐理慧
塩野義製薬(株)中央研究所に勤務後、聖マリアンナ医科大学難病治療研究センターに勤務し、助教授として同センターDDS研究室の室長を務める(現在は特任教授)。大阪大学薬学部卒、薬学博士。

02 成功の秘訣
どんなにいい技術も、世の中に役立ててこそ本当の成功と考えています。ただ待っていては製品化されません。企業の方々に「説明しますから来てください」ではなく、「とにかく会ってください」という姿勢で、自分たちで動いて、あちこちにプレゼンに行ったことが、大変良かったと思います。その面会が即座に製品化に結びつくことはまずありませんが、そこでできたパイプは貴重な財産。そこで知り合った方が、いろいろな場面で助言や手助けをしてくださいました。きちんと収益を上げ事業を発展させるためには、社会と広くつながっていることが大切。そして良識と公開性とビジネスとの両立を考えるのが、大学発のベンチャーにとって必要なことではないかと考えています。


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JST News 発行日/平成19年6月
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