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資料2

研究領域の概要および研究総括の略歴

戦略的創造研究推進事業(ERATO型研究)
平成24年度発足

東原化学感覚(トウハラカガクカンカク)シグナルプロジェクト

写真

【研究総括】東原 和成(トウハラ カズシゲ) 氏
(東京大学 大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 教授)

研究領域「化学感覚シグナル」の概要

生物は、視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚といった感覚によって外部環境を正しく速やかに知り、その環境に適合した行動をとっています。感覚のなかでも、「嗅覚」と「味覚」は、化学物質によって引き起こされることから、化学感覚と呼ばれます。化学感覚は、「匂い」や「味」、「フェロモン」といったシグナルにより、食物を認識して摂食行動につなげる、あるいは仲間や敵、異性を認識して誘引・忌避・生殖行動につなげるなど、個体間のコミュニケーションにも関わる重要な働きを担っています。これまでの研究から、「鼻」や「舌」といった末梢での感覚受容のしくみは明らかになっています。しかし、末梢で受容した刺激がどのように脳に入力され、他のさまざまな情報と統合されて、情動や行動に至るのか、そのメカニズムは明らかになっていません。

本研究領域では、「匂い」「味」「フェロモン」といった化学感覚シグナルが情動や行動を引き起こすまでの生体内のメカニズムを、モデル生物として主にマウスを用いて解明します。具体的には、近年の化学構造分析などの技術革新を土台に、分子生物学、脳神経科学、行動生物学などの分野の研究アプローチを組み合わせ、生命活動に重要な意味を持つシグナル物質を同定し、それらが末梢で受容された後、その刺激が脳中枢神経へ伝達され、情動や行動の表出に至るまでの神経回路の解明に取り組みます。併せて、ヒト、マウス、魚、昆虫、植物など、多様な生物種の比較解析から化学感覚の起源に迫ることで、化学感覚シグナルの受容・応答メカニズムの理解を深めます。さらに、脳で嗅覚と味覚の情報が統合されて食べ物を「美味しい」と感じるしくみや、体内状態の変化が味覚や嗅覚を変化させるしくみ(化学感覚の弾力性)について、分子・神経レベルでの解明を目指します。また、疾患に伴う匂い(代謝産物)や、ストレス・不安を軽減し安心感をもたらす匂いやフェロモンなどを探索し、「医療」や「健康」「食」といった産業への将来展開に向け、基盤となる成果の蓄積に取り組みます。

本研究領域は、化学感覚シグナルの受容と情報伝達、脳における情報処理機構を解明することにより、「医療」や「健康」「食」に関連する産業を創出する基盤の構築に貢献するものであり、戦略目標「多様な疾病の新治療・予防法開発、食品安全性向上、環境改善等の産業利用に資する次世代構造生命科学による生命反応・相互作用分子機構の解明と予測をする技術の創出」に資するものと期待されます。

概要図

研究総括 東原 和成 氏の略歴など

1.氏名(現職) 東原 和成(トウハラ カズシゲ)
(東京大学 大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 教授) 45 歳
2.略歴
平成1年 3月 東京大学 農学部農芸化学科 卒業(農学士)
平成5年 8月 ニューヨーク州立大学 ストーニー・ブルック校 化学科博士課程修了
(Ph.D. in Biological Chemistry)(博士・生物化学)
平成5年 8月 デューク大学 医学部 博士研究員
平成7年10月 東京大学 医学部脳研究施設生化学部門 助手
平成10年4月 神戸大学 バイオシグナル研究センター 助手
平成11年4月 東京大学 大学院新領域創成科学研究科 先端生命科学専攻 助教授
(平成19年4月より准教授)
平成21年12月 東京大学 大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 教授
3.研究分野 生物有機化学、生物化学、神経科学
4.学会活動など
平成18年 日本味と匂学会 運営委員・庶務幹事
平成21年 Chemical Senses Executive Editor
平成21年 Frontier in Neuroscience Editorial Board
平成23年 日本農芸化学会 広報理事・委員長
5.業績など 平成3年に発見された嗅覚受容体遺伝子ファミリーが、実際に匂いに応答する機能を持つことを再構成実験によって世界に先駆けて実証し、嗅覚受容体発見に関する平成16年のノーベル医学生理学賞の一基盤となった。この成果を皮切りに、匂いの受容メカニズムの詳細解明、さらにフェロモンの解析へと研究領域を広げた。例えば、昆虫がはるか遠方から異性の居場所を検知するという、フェロモン受容の高感度、高選択性を生み出すしくみを明らかにするとともに、昆虫の嗅覚受容体の構造と作用メカニズムも分子レベルで解明した。また一方で、オスマウスの涙腺から分泌され、メスの鋤鼻(じょび)神経の電気応答を引き起こす新規のペプチドを同定し、そのペプチドがロードシスと呼ばれるメスの交尾受け入れ行動を誘導するフェロモンであることを見いだした。これら一連の成果は、化学感覚受容の研究分野を牽引した業績として世界的に高く評価されている。
6.受賞など
平成5年度 Lee Myers Graduate Student Award(NY州立大優秀大学院生賞)
平成16年度 日本味と匂学会 高砂研究奨励賞
平成16年度 日本神経化学会奨励賞
平成16年度 日本生化学会奨励賞
平成17年度 RH Wright Award(国際ライト賞)
平成18年度 文部科学大臣表彰 若手科学者賞
平成19年度 読売新聞社東京テクノフォーラム21 ゴールドメダル受賞
平成20年度 塚原仲晃記念賞
平成21年度 日本学術振興会賞、日本学士院学術奨励賞
平成23年度 アステラス病態代謝研究会 最優秀理事長賞