生物は、視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚といった感覚によって外部環境を正しく速やかに知り、その環境に適合した行動をとっています。感覚のなかでも、「嗅覚」と「味覚」は、化学物質によって引き起こされることから、化学感覚と呼ばれます。化学感覚は、「匂い」や「味」、「フェロモン」といったシグナルにより、食物を認識して摂食行動につなげる、あるいは仲間や敵、異性を認識して誘引・忌避・生殖行動につなげるなど、個体間のコミュニケーションにも関わる重要な働きを担っています。これまでの研究から、「鼻」や「舌」といった末梢での感覚受容のしくみは明らかになっています。しかし、末梢で受容した刺激がどのように脳に入力され、他のさまざまな情報と統合されて、情動や行動に至るのか、そのメカニズムは明らかになっていません。
本研究領域では、「匂い」「味」「フェロモン」といった化学感覚シグナルが情動や行動を引き起こすまでの生体内のメカニズムを、モデル生物として主にマウスを用いて解明します。具体的には、近年の化学構造分析などの技術革新を土台に、分子生物学、脳神経科学、行動生物学などの分野の研究アプローチを組み合わせ、生命活動に重要な意味を持つシグナル物質を同定し、それらが末梢で受容された後、その刺激が脳中枢神経へ伝達され、情動や行動の表出に至るまでの神経回路の解明に取り組みます。併せて、ヒト、マウス、魚、昆虫、植物など、多様な生物種の比較解析から化学感覚の起源に迫ることで、化学感覚シグナルの受容・応答メカニズムの理解を深めます。さらに、脳で嗅覚と味覚の情報が統合されて食べ物を「美味しい」と感じるしくみや、体内状態の変化が味覚や嗅覚を変化させるしくみ(化学感覚の弾力性)について、分子・神経レベルでの解明を目指します。また、疾患に伴う匂い(代謝産物)や、ストレス・不安を軽減し安心感をもたらす匂いやフェロモンなどを探索し、「医療」や「健康」「食」といった産業への将来展開に向け、基盤となる成果の蓄積に取り組みます。
本研究領域は、化学感覚シグナルの受容と情報伝達、脳における情報処理機構を解明することにより、「医療」や「健康」「食」に関連する産業を創出する基盤の構築に貢献するものであり、戦略目標「多様な疾病の新治療・予防法開発、食品安全性向上、環境改善等の産業利用に資する次世代構造生命科学による生命反応・相互作用分子機構の解明と予測をする技術の創出」に資するものと期待されます。
1.氏名(現職) | 東原 和成(トウハラ カズシゲ) (東京大学 大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 教授) 45 歳 |
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2.略歴 |
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3.研究分野 | 生物有機化学、生物化学、神経科学 | ||||||||||||||||||||
4.学会活動など |
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5.業績など | 平成3年に発見された嗅覚受容体遺伝子ファミリーが、実際に匂いに応答する機能を持つことを再構成実験によって世界に先駆けて実証し、嗅覚受容体発見に関する平成16年のノーベル医学生理学賞の一基盤となった。この成果を皮切りに、匂いの受容メカニズムの詳細解明、さらにフェロモンの解析へと研究領域を広げた。例えば、昆虫がはるか遠方から異性の居場所を検知するという、フェロモン受容の高感度、高選択性を生み出すしくみを明らかにするとともに、昆虫の嗅覚受容体の構造と作用メカニズムも分子レベルで解明した。また一方で、オスマウスの涙腺から分泌され、メスの鋤鼻(じょび)神経の電気応答を引き起こす新規のペプチドを同定し、そのペプチドがロードシスと呼ばれるメスの交尾受け入れ行動を誘導するフェロモンであることを見いだした。これら一連の成果は、化学感覚受容の研究分野を牽引した業績として世界的に高く評価されている。 | ||||||||||||||||||||
6.受賞など |
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