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科学技術振興機構報 第898号

平成24年7月25日

東京都千代田区四番町5番地3
科学技術振興機構(JST)

「エネルギー・環境に関する選択肢」の国民生活への経済影響を解析
—家庭における省エネ対策の推進・所得階層間の格差是正がカギ—

ポイント

JST(理事長 中村 道治) 低炭素社会戦略センター(「LCS」:センター長 小宮山 宏)では、明るく豊かな低炭素社会を実現するために、これからの日本がどのようなシナリオをとるべきか、そのために必要な戦略は何かを研究しています。LCSは国民の生活が「明るく豊か」であることが大切と考え、各種シナリオ・戦略を採用した場合の、国民生活への経済影響もシミュレーションしています。

政府は、今後のエネルギー・環境について国民的な議論を開始するにあたり、「エネルギー・環境に関する選択肢」(平成24年6月29日エネルギー・環境会議決定)を公表しました。ここでは、電源構成の異なる3つのシナリオごとに、温室効果ガス排出量、発電コスト、系統対策コスト、省エネ投資、家庭の電気代、実質GDPを指標として2030年の社会の姿を提示しています。

LCSでは、政府が公表した3つのエネルギー・環境に関する選択肢ごとに、2030年の国民生活への経済影響を所得階層別注1)に試算しました。その結果、3つの選択肢とも、温暖化対策・省エネに効果のある取り組みや機器の効率改善を行わない場合を基準にすると、温暖化対策に効果のある取り組み(例:太陽光発電の導入や燃料利用の天然ガスへの転換、物流の効率化など)のみでは、多くの所得階層において生活の余裕が減る傾向にあります。一方、次世代省エネ住宅注2)次世代自動車注3)の普及強化、家電製品や自動車のトップランナー制度注4)の持続的推進などの家庭における省エネ対策も併せて行うことで、どの所得階層でも生活の余裕が向上します。ただし、所得階層間でその余裕に差が出ることから、省エネ対策にあたっては、併せて所得階層間の格差を是正する仕組みの検討も重要であると分かりました。

日本がどの選択肢を採用した場合でも、低炭素社会と国民生活の豊かさを両立させるためには、家庭における省エネ対策の推進が最も効果が高いといえます。省エネ推進のための次世代ネットワークや革新的太陽電池・蓄電池など、よりエネルギー効率を上げる低炭素技術の研究開発の重要性も増してきます。

LCSは今後も、明るく豊かな低炭素社会を実現させるために必要な低炭素技術の研究開発の進め方や経済・社会制度のあり方を検討していきます。

<背景>

政府は、今後のエネルギー・環境について国民的な議論を開始するにあたり、「エネルギー・環境に関する選択肢」(平成24年6月29日エネルギー・環境会議決定)を公表しました。原子力、再生可能エネルギー、火力の電源構成の異なる3つのシナリオ(電力構成における原子力依存度を基準に、①ゼロシナリオ(原子力エネルギーが0%)、②15シナリオ(同15%)、③20~25シナリオ(同20~25%))が挙げられており、選択肢ごとに家庭の電気代と実質GDPへの影響などの試算結果が示されています。

<解析結果>

LCSでは、政府が公表した3つのエネルギー・環境に関する選択肢ごとに、経済、電源、エネルギー需要に関するモデルとして、応用一般均衡モデル注5)多地域最適電源計画モデル注6)エネルギー最終需要評価モデル注7)を用いて(図1)、総電力消費量、エネルギー起源CO2排出量、家庭の電気代、実質GDPを算出し、さらに2030年の国民生活への経済影響を所得階層別に試算しました(図2図3図4)。試算にあたっては、温暖化対策・省エネに効果のある取り組みや機器の効率改善を行わない場合を基準とし、温暖化対策に効果のある取り組み(例:太陽光発電の導入や燃料利用の天然ガスへの転換、物流の効率化など)を行った場合、さらに家庭での省エネに効果のある取り組みを行った場合に分けています(表1)。

その結果、3つの選択肢とも、温暖化対策・省エネに効果のある取り組みや機器の効率改善を行わない場合を基準にすると、温暖化対策に効果のある取り組みのみでは、多くの所得階層において生活の余裕が減る傾向にあります。一方、次世代省エネ住宅や次世代自動車の普及強化、家電製品や自動車のトップランナー制度の持続的推進などの家庭における省エネ対策も併せて行うことで、どの所得階層でも生活の余裕が向上します。例えば、年間所得が500~550万円の家庭における経済的影響を解析すると、家庭部門での省エネ対策を行うことにより、生活に年間約13万円以上の余裕が生まれます(図5)。

ただし、年間所得階層別に試算すると、所得階層間で生活の余裕に差が出ることから、省エネ対策にあたっては、併せて所得階層間の格差を是正する仕組みの検討も重要であると分かりました(図2図3図4)。

日本がどの選択肢を採用しても、低炭素社会と国民生活の豊かさを両立させるためには、家庭における省エネ対策の推進が最も効果が高いといえます。省エネ推進のための次世代ネットワークや革新的太陽電池・蓄電池など、よりエネルギー効率を上げる低炭素技術の研究開発の重要性も増してきます。

LCSは今後も、明るく豊かな低炭素社会を実現させるために必要な低炭素技術の研究開発の進め方や経済・社会制度のあり方を検討していきます。

<参考図>

図1

図1 LCSが解析に用いたモデルのイメージ

図2

図2 「ゼロシナリオ」(原子力エネルギーが0%)に基づくLCSの試算結果

「ゼロシナリオ」(原子力エネルギーが0%)に基づく試算結果。温暖化対策・省エネに効果のある取り組みや機器の効率改善を行わない場合を基準にして、年間所得階層別に一世帯あたりの年間の家計厚生(生活の余裕)増減額を示す。

図3

図3 「15シナリオ」(原子力エネルギーが15%)に基づくLCSの試算結果

「15シナリオ」(原子力エネルギーが15%)に基づく試算結果。温暖化対策・省エネに効果のある取り組みや機器の効率改善を行わない場合を基準にして、年間所得階層別に一世帯あたりの年間の家計厚生(生活の余裕)増減額を示す。

図4

図4 「20~25シナリオ」(原子力エネルギーが20~25%)に基づくLCSの試算結果

「20~25シナリオ」(原子力エネルギーが20~25%)に基づく試算結果。温暖化対策・省エネに効果のある取り組みや機器の効率改善を行わない場合を基準にして、年間所得階層別に一世帯あたりの年間の家計厚生(生活の余裕)増減額を示す。

表1

表1 温暖化対策および家庭での省エネに効果のある取り組みの一覧

LCSの試算に用いた、温暖化対策および家庭での省エネに効果のある取り組み。生活の余裕については、3つのエネルギー・環境に関する選択肢ごとに、これらの取り組みや機器の効率改善を行わない場合を基準にして、一世帯あたりの年間の家計厚生(生活の余裕)増減額を次のように分けて試算した。

  • 温暖化対策に効果のある取り組み(①~⑥)と家庭での省エネに効果のある取り組み(⑦~⑨)を全て取り入れた場合と基準ケースとの差
  • 温暖化対策に効果のある取り組み(①~⑥)を取り入れた場合と基準ケースとの差
図5

図5 2030年における年間所得500~550万円の家庭への経済的影響

2030年における、年間所得500~550万円の家庭への経済的影響を、3つのエネルギー・環境に関する選択肢ごとに試算した結果。温暖化対策に効果のある取り組みのみでは生活の余裕が減るが、家庭での省エネに効果のある取り組みを推進することにより、 生活の余裕が増す。

<用語解説>

注1) 所得階層別
LCSでは年間所得別に世帯を18に分けて、所得階層別の経済影響をシミュレーションしています。
  • 階層 1:   ~200万円
  • 2:200~250万円
  • 3:250~300万円
  • 4:300~350万円
  • 5:350~400万円
  • 6:400~450万円
  • 7:450~500万円
  • 8:500~550万円
  • 9:550~600万円
  • 10:600~650万円
  • 11:650~700万円
  • 12:700~750万円
  • 13:750~800万円
  • 14:800~900万円
  • 15:900~1000万円
  • 16:1000~1250万円
  • 17:1250~1500万円
  • 18:1500万円~
注2) 次世代省エネ住宅
政府の「次世代省エネルギー基準」。高気密、高断熱の住宅。LCSでは、2015年以降の全ての新築住宅が次世代省エネ住宅(1999年基準)を導入し、2030年に存在する住宅の約48%まで増加するとして試算しています。
注3) 次世代自動車
ハイブリッド車(HV)や電気自動車(EV)、プラグインハイブリッド車など。LCSでは、2030年には全自家用車保有台数の5割が次世代自動車になるとして試算しています。
注4) 家電製品や自動車のトップランナー制度
自動車の燃費基準や電気機器(家電・OA機器)などの特定機器に係る性能向上に関する製造事業者などの判断基準を、現在商品化されている製品のうちエネルギー消費効率が最も優れているもの(トップランナー)の性能、技術開発の将来の見通しなどを勘案して定め、機械器具のエネルギー消費効率の更なる改善の推進を行う制度。LCSでは、2030年まで家電製品や自動車のトップランナー制度を継続するとして試算しています。
注5) 応用一般均衡モデル
エネルギーや低炭素化に関する施策が日本経済や国民生活にどのような影響があるか、経済理論に則って定量的に評価するモデル。LCSでは、18の所得階層別に試算しています。
注6) 多地域最適電源計画モデル
11種類の電源(原子力、太陽光、風力、水力、石炭、LNG、石油など)による総発電コストが最小となる電源構成を評価するモデル。
注7) エネルギー最終需要評価モデル
家庭での電力・熱需要の現状や消費者の家電製品などの購入状況を把握し、家電製品の性能の変化やそれらの保有状況・使用状況の変化などから、家庭部門でのエネルギー需要を評価するモデル。LCSでは、省エネ対策を取り入れて試算しています。

<補足資料>

「エネルギー・環境に関する選択肢ごとに国民生活への経済影響を解析」
PDF https://www.jst.go.jp/lcs/pdf/20120725press_shiryo.pdf

<お問い合わせ先>

科学技術振興機構 低炭素社会戦略センター 企画運営室
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
古旗 憲一(フルハタ ケンイチ)、湯本 道明(ユモト ミチアキ)、永井 諭子(ナガイ サトコ)、岸岡 藍(キシオカ アイ)
Tel:03-6272-9270 Fax:03-6272-9273
E-mail:

(英文)JST evaluated economical impacts of Japan’s future energy mix on households
~energy-saving measures in households and consideration for low-income brackets are the key for realizing a low carbon and affluent society~