1.「HIV感染の迅速検出法と潜伏感染化ウイルスの予後予測法確立」
研究代表者 |
水谷 壮利(公益財団法人 微生物化学研究会 微生物化学研究所 博士研究員) |
研究期間 |
平成24年4月~平成26年3月(2年間)(予定) |
研究予算 |
総額5000万円(予定) |
本研究課題の目的と内容
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(1)世界で感染者数千万人といわれるエイズは、治療薬による治療が非常に有効であり、かつての不治の病から、通常の生活も可能な生涯付き合い続ける病気へと変わりましたが、感染者数はいまだ拡大しており、早期発見・早期治療は喫緊の課題です。
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(2)戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)で水谷助教(東京大学 医科学研究所 当時)らは、エイズウイルス(HIV-1)の感染初期では、ウイルス遺伝子の転写は短いRNA鎖の段階で停止する傾向があり、この短いRNA鎖はHIV潜伏感染モデル細胞株でも観察されることから、エイズ治療薬の効きにくい患者体内に存在する潜伏感染細胞の検出の指標となる可能性があることを発見しました。これらの研究で、これまでは見過ごされてきたウイルス短鎖RNAを効率よく検出する定量的RT-PCR法(定量的逆転写ポリメラーゼ連鎖反応)を考案しました。
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(3)本研究加速課題では、このウイルス短鎖RNAの検出効率をさらに改善して、現在の“長いRNAの検出法(現行PCR法)”では検出できない短鎖RNAを高感度に検出することでHIV検査による見逃しをなくすことや、輸血を介した感染防止の向上を目的とします。さらにこの方法論を治療中の患者体内の血中ウイルス量のモニタリングに利用することで、治療薬によるウイルス抑制効果をより細かく把握し、オーダーメイドな治療につなげるための「治療モニタリング技術」を開発することを加速します。
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(4)具体的には、エイズウイルスの短鎖RNAを検出するTaqman probeを利用した迅速RT-PCR法の作成と改良を進め、現行法では検出困難な期間を短縮できるような高感度で高精度の迅速定量法の完成を目指します。また、本定量法を用いて治療中の患者体内の短鎖RNA量を定量すると同時に血中ウイルス量を継続的に追跡モニターすることで、短鎖RNAと病態進行の経過との関連性を検討し、その後に起きるかもしれないウイルス再活性化、薬剤耐性ウイルスの出現を予測することができるのかといった予防医学的な活用を目指した基礎的データの収集を行います。なお、研究加速に当たっては、エイズウイルスの感染診断の現場およびエイズ治療の現場をよく把握している研究者との連携により、強力に研究を推し進めていきます。
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(5)本研究加速課題により、現行法では検出できないエイズウイルス感染初期についても検出できるようになるため、HIV検査による見逃しや輸血感染による感染リスクの軽減をもたらし、さらに、現行法では検出できない長さのウイルスも検出することができるという特性を利用することにより、効果的な治療に向けた「治療モニタリング技術」の開発につながることが期待されます。
2.「物質や生命の機能を原子レベルで解析する低加速電子顕微鏡の開発」
研究代表者 |
末永 和知 (産業技術総合研究所 ナノチューブ応用研究センター 研究チーム長) |
研究期間 |
平成24年4月~平成29年3月(5年間)(予定) |
研究予算 |
総額5億円(予定) |
本研究課題の目的と内容
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(1)近年の科学技術、とりわけ半導体・エレクトロニクス分野においては、物質の微細構造をナノレベルで制御・検証する手法が不可欠であり、高分解能の電子顕微鏡が同分野の発展に大きく貢献してきましたが、今日、観察対象が重元素から軽元素、結晶から単分子・単原子、ハードマターからソフトマターに移ってきており、さらなる収差補正技術や低加速化をはじめとする技術革新が求められています。
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(2)戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)で末永研究チーム長らは、独自の球面収差補正技術と色収差補正技術に加え、高次収差の補正技術を用いた低加速電圧電子顕微鏡を開発し、カーボン単原子を対象に加速電圧30kVで111pmの世界最高の空間分解能を達成しました。また、試料の電子線損傷を低減することが可能となり、単原子の非破壊的な元素分析、グラフェン端のカーボン単原子の吸収分光など単原子・単分子の観察に成功しました。
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(3)本研究加速課題では、CREST研究の成果を基に、製品化・市場投入を念頭に置き、装置開発と応用研究を重点的に加速します。そのために、基礎電子光学および周辺技術に立脚した電子顕微鏡の要素技術の高度化を行うとともに、早期に製造工程に移行します。
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(4)具体的には、10~100kV程度で使用できるデルタ型球面・高次収差補正機構および軸外収差の発生を抑制した色収差補正機構など、商用機に搭載可能な次世代の収差補正装置を開発し、幅広いニーズに対応できる低加速高性能電子顕微鏡を実現します。またこれに加えて、単分子・単原子計測に特化した電子分光機能や環境制御機能を備えた、世界に例のない高機能電子顕微鏡を開発します。
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(5)本研究加速課題により、軽元素材料の単分子・原子観察のみならず、有機材料、生体材料など(ソフトマター)が観察可能となり、反応の直接観察による高効率太陽電池開発や創薬への原子レベルのアプローチなど、多分野にわたる研究の飛躍的な発展が期待されます。
3.「膜蛋白質構造基盤プロジェクト」
研究代表者 |
岩田 想(京都大学 医学研究科 教授/インペリアルカレッジ 教授) |
研究期間 |
平成24年4月~平成29年3月(5年間)(予定) |
研究予算 |
総額5億円(予定) |
本研究課題の目的と内容
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(1)膜蛋白質は、細胞の表面に存在し体内に取り込まれた薬剤が最初に接する場であることから、現在発売されている医薬品の7割程度が膜蛋白質を開発のターゲットにしているといわれています。その中でもG蛋白質共役受容体(GPCR)と呼ばれる膜蛋白質群は、最大の医薬品ターゲットとして注目されています。しかし、技術的な困難さのために、2005年時点ではヒトGPCRの立体構造は1つも解析できていませんでした。
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(2)戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)「岩田ヒト膜受容体構造解析プロジェクト(2005年発足)」において岩田教授らは、「ヒト膜蛋白質発現・精製技術」「膜蛋白質結晶化技術」「微量サンプルの結晶化&高速スクリーニングシステム」「超低ノイズデータ計測系」を並行して開発、それら技術を組み合わせることでヒトGPCRの構造解析技術を確立しました。この技術を用いて、世界で初めてヒスタミンH1(花粉症、アレルギーなどに関連)、ムスカリン性M2アセチルコリン(アルツハイマー病、統合失調症などに関連)の構造を解明し、またアデノシンA2a(パーキンソン病などに関連)の構造解析から新たな制御機構を解明しました。さらに、これらのGPCRの構造解析に成功しただけでなく、ペプチドや胆汁酸などを細胞内に取り込む輸送体群を始めとする各種の重要な膜蛋白質5種類の構造解析にも成功しました。
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(3)本研究加速課題では、ERATO研究の成果を基に、幅広い創薬ターゲット膜蛋白質の構造解析を、企業の創薬サイクルに組み込める速さにまで加速すること、さらに膜蛋白質の生理的条件下での活性化、制御の機構を明らかにすることを目指します。
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(4)具体的には、「GPCRの安定化変異体を系統的に迅速に作成する方法の確立」と「自由電子レーザーによるX線データ測定の高速化」などを通じて、創薬サイクルに構造解析が組み込める速さにまで加速します。また、膜蛋白質の立体構造とスーパーコンピューターシミュレーションを組み合わせた機能解析を行い、GPCRの特異性を理解し活性化機構の全容解明につなげます。
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(5)本研究加速課題により、膜蛋白質の構造を基盤とした創薬デザインが可能になるだけでなく、膜蛋白質と細胞内の情報伝達機構の相互関係の解明により細胞内情報伝達研究にパラダイムシフトをもたらし、自由電子レーザーやスーパーコンピューターの生命科学応用の加速化をもたらすことが期待されます。
4.選定経緯
イノベーション創出の可能性、緊急性、社会的要請の高さなどの観点から、戦略的創造研究推進事業によって創出された研究成果の中から研究加速課題候補となり得るものを検討しました。
研究提案書に基づき、平成24年2月14日、16日、17日に事前評価会を開催した結果(別紙2参照)、本研究は社会的要請が極めて高く、「当該研究を加速強化する必要がある」と評価されました(別紙3参照)。
これを受け、平成24年3月にJST研究主監会議、理事会議にて本課題を研究加速課題とすることが承認され、JST内で本研究プロジェクトを研究加速課題として実施することを決定しました。