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別紙2

平成23年度(第1期) 新規採択研究代表者・研究者および研究課題の概要

さきがけ

戦略目標:「細胞リプログラミングに立脚した幹細胞作製・制御による革新的医療基盤技術の創出」
研究領域:「エピジェネティクスの制御と生命機能」
研究総括:向井 常博(佐賀大学 名誉教授)

氏名 所属機関 役職 課題名 研究型 研究
期間
課題概要
伊川 友活 (独)理化学研究所 免疫・アレルギー科学総合研究センター  研究員 免疫細胞の運命維持におけるエピジェネティック制御機構 通常型 3年 T細胞およびB細胞は、感染防御において中心的な役割を果たしています。これらリンパ球(免疫細胞)は骨髄幹細胞から作られますが、その分化・成熟過程においてそれぞれの細胞の運命がどのように制御・維持されるのか明らかではありません。本研究では、T細胞およびB細胞の生成過程において、その運命がエピジェネティックにどのように制御されているのかを解明する事を目指します。
伊藤 秀臣 北海道大学 大学院理学研究院 助教 環境変動にともなう転移因子と宿主のゲノム応答 通常型 3年 本研究では、環境ストレスにより活性化するトランスポゾンと宿主ゲノムの遺伝的なゲノム変化とエピジェネティックな変化を総合的に理解することを目指します。現在までに高温ストレスで転移したトランスポゾンを含む子孫でストレス耐性が得られています。この個体にどのような遺伝的、もしくはエピジェネティックな変化が起きているのかを調べ、また、そのトランスポゾンの転移制御が、いつ、どこでおこるのかを植物の組織レベルで解析します。
岩本 和也 東京大学 医学部附属病院 特任准教授 気分障害患者脳試料におけるシトシン修飾状態の解析 通常型 3年 重篤な精神疾患である双極性障害や、大うつ病の発症の分子メカニズムはほとんど明らかにされていません。近年の研究により、さまざまな環境要因が脳内のエピジェネティックな状態に影響を与えている可能性が示唆されています。本研究では、主にヒト死後脳試料を用い、気分障害とエピジェネティクスとの関わりの解明を目指します。また、得られた知見を基に診断・鑑別に資するバイオーマーカーの探索を行います。
金田 るり 慶應義塾大学 医学部 特任助教 エピジェネティック治療を目指した心不全の病態解明 通常型 3年 慢性心不全の病態において「エピジェネティック変化」が重要であることが明らかになってきました。正常心と不全心とでは核内ヒストン蛋白質H3リシン4、およびリシン9のトリメチル化領域の分布が大きく異なります。本研究では「心不全特異的エピジェネティック変化」に焦点をあて、ヒストン修飾酵素阻害薬による心不全新規治療法の開発を目指すとともに、疾患特異的ヒストン修飾を制御する機能性RNAの同定を試みます。
小林 慎 東京医科歯科大学 難治疾患研究所 特任講師 X染色体再活性化ライブイメージング技術を用いた幹細胞研究 通常型 3年 X染色体再活性化は、幹細胞の多能性を評価できる指標として注目を浴びるようになりましたが、これまでのところ簡便なモニター法は報告されていません。本研究では、X染色体の再活性化をライブイメージングとして検出する方法を確立し、それを利用し「リプログラミング」の実体の理解を目指します。研究の成果はヒトES細胞の効率的な作製に寄与すると期待でき、再生医療の発展に大きな影響を与える可能性があります。
佐々木 和樹 (独)科学技術振興機構 ERATO宮脇生命時空間情報プロジェクト 研究員 ヒストン修飾の動態を可視化検出するための系の確立 通常型 3年 エピジェネティクスは、遺伝子の塩基配列によらない発現制御機構であり、ヒストンのアセチル化・メチル化・リン酸化などの化学修飾がその中心の1つを担っていると考えられています。このヒストンの化学修飾の可視化検出を可能にする蛍光プローブをシリーズでそろえ、分化誘導・再生の際に細胞内で起きるエピジェネティックな動態変化を解明することを目指します。
田上 英明 名古屋市立大学 大学院システム自然科学研究科 准教授 複合体解析から挑む動的エピゲノム制御と多様性 通常型 3年 エピジェネティクスは可塑的でありながら、ダイナミックな平衡状態にあります。本研究では、新規クロマチン制御因子HiTAP1の分子機能から、細胞増殖や寿命といった生命現象との関連性と、酵母から植物、ヒトにおけるエピゲノム制御の共通性や多様性を明らかにします。さらに、エピゲノム機能制御システムのスナップショット複合体解析を行い、新しい解析ツールを用いた生化学的スクリーニング法の開発を目指します。
津中 康央 (財)国際高等研究所 アシスタントフェロー FACTを介したクロマチンリモデリング機構の構造基盤 通常型 3年 エピジェネティックな遺伝子発現制御は、クロマチンの動的構造変化に依存して行われるために、その分子機構を理解する事が分子生物学における重要な研究課題であります。本研究では、クロマチン構造変換過程において中心的役割を果たし、エヒジェネティックな遺伝子発現制御にも関与しているリモデリング因子FACTを介したクロマチンリモデリング機構を、立体構造の観点から明らかにする事を目指します。
西山 朋子 ウィーン分子病理学研究所 博士研究員 コヒーシンによるクロマチン構造変換の可視化と制御機構の解明 通常型 3年 姉妹染色分体間の接着に不可欠であるコヒーシンは、近年、その転写制御因子としての重要性が明らかにされつつあります。コヒーシンによるクロマチンの高次構造変換が転写制御を可能にしていると推測されていますが、直接的な証拠はなく、その分子メカニズムは謎に包まれています。本研究ではコヒーシン依存的なクロマチンの構造変換を直接可視化することで、コヒーシンによる遺伝子発現制御メカニズムの解明を目指します。
林 克彦 京都大学 大学院医学研究科 講師 始原生殖細胞の内因性リプログラミング機構による幹細胞制御 通常型 3年 次世代の個体を作るための生殖細胞は、最終的に全能性をもつ配偶子になるために、発生・分化の過程で構築されたエピゲノムを再構築(リプログラミング)しています。本研究では、独自の培養系を用いて、生殖細胞の源である始原生殖細胞がもつ内因性リプログラミング機構がiPS細胞のエピゲノムの再構築、多能性の維持、および生殖幹細胞への分化や個体発生能にどのように影響するか、その解明を目指します。
平谷 伊智朗 情報システム研究機構 国立遺伝学研究所 助教 三胚葉分化直前の条件的ヘテロクロマチン形成の発生生物学的意義 通常型 3年 マウス初期発生時期に形成される条件的へテロクロマチンは、その後の発生・分化過程を通して体細胞において安定的に維持されるため、細胞の分化状態の維持に関与していると考えられますが、その詳細はほとんど明らかになっていません。本研究では、この初期発生時期に起こる条件的ヘテロクロマチン形成の分子基盤を解明し、人為的に操作することでその発生生物学的意義を明らかにすることを目指します。
平野 恭敬 (財)東京都医学総合研究所 運動・感覚システム研究分野 客員研究員 記憶タグとして機能するエピジェネティクスの解明 通常型 3年 人を含めた動物は、記憶を獲得し、獲得した記憶を正確に保持することで、記憶に即した行動をとることができます。人においては、過去のあらゆる記憶を保持することにより、人格が形成されるといっても過言ではないでしょう。しかしながら、記憶保持のメカニズムは驚くほどわかっていません。本研究では、エピジェネティクスが今まで謎であった記憶保持メカニズムの1つであるという新しい概念の提唱を目標とします。
藤木 亮次 東京大学 分子細胞生物学研究所 助教 ヒストン糖修飾を介するエピジェネティクスの制御機構 大挑戦型 5年 ヒストン修飾は、DNAのメチル化とならび、エピジェネティクスの制御を支える大きな柱です。本研究では、最近見出したヒストンの糖修飾について、これを解析する抗体ツールの開発とその生物学的意義の解明を目指します。さらに、ヒストン糖修飾とその他修飾のクロストークを明らかにする目的で、クロマチン免疫沈降法(CHIP)と高感度質量分析(MS)を組み合わせたCHIP-MS法の新規開発にも挑戦します。
増井 修 (独)理化学研究所 免疫・アレルギー科学総合研究センター 研究員 Long non-coding RNAによる転写抑制機構の解明 通常型 3年 ゲノムDNAから転写されるRNAの大半はタンパク質をコードしておらず、それらはノンコーディングRNAと呼ばれています。近年、ノンコーディングRNAの多くがゲノム上の転写を調節する役割を果たしていることが明らかになってきていますが、その作用メカニズムはよく分かっていません。本研究ではX染色体不活性化を引き起こすXistRNAをモデルとして、ほかのノンコーディングRNAに共通する転写調節機構の解明を目指します。

(五十音順に掲載)

<総評> 研究総括:向井 常博(佐賀大学 名誉教授)

採択にあたっての方針は、エピジェネティクスの統合的理解を目指し、1)エピジェネティクスの基盤研究としての動作原理並びに制御機構の研究、2)エピジェネティクスの個体差・多様性・疾患の研究、3)エピジェネティクスに資する技術開発研究――などです。3期目にあたる今回は164名の応募がありました。海外からの応募者が26名と多いのも特徴の1つでした。研究分野の応募内訳は、1)基盤研究が76%、2)多様性・疾患関係研究が15%、3)技術開発研究(創薬を含む)が9%でした。

今回は細胞リプログラミングのエピジェネティクス制御などを歓迎すると触れたこともあり、リプログラミング関係は十数%の応募があり、基盤研究がさらに積み増された結果になったようです。基盤研究の提案は研究の進展を反映して毎年一定の傾向がみられるようです。一昨年度はヒストンメチル化、脱メチル化酵素関係が盛んでしたが、昨年度および今年度は、RNA(microRNA、 lncRNAなど)関連、今年度はさらに環境とエピジェネティクスの課題が比較的多いような印象を受けました。10名のアドバイザーの協力のもと、書類選考を経て面接選考に27名が選ばれました。最終的には面接選考と大挑戦型審査を経て14名(5年型/大挑戦型:1名、3年型:13名、うち海外応募者1名、女性2名)が確定しました。

選ばれた提案内容をいくつか紹介すると、「ヒストンのさまざまな化学修飾を可視化検出することを可能にする蛍光プローブをシリーズで作製し、エピジェネティックな動態変化の観察に利用する技術開発」や「X染色体の不活性化に関わるXistRNAをモデルにして、機能性非コードRNA(lncRNA)に共通するエピジェネティックな遺伝子抑制機構を明らかにする、古くて新しい未解決の課題」、記憶関連では、「記憶の保持のメカニズムにエピジェネティクスが働く」という新しい概念の提唱です。5年型では、ヒストン糖修飾がエピゲノム情報として機能するのか、環境応答(糖)に対するヒストン修飾の大挑戦が始まります。ヒストン修飾間のクロストークの解析も3期目にふさわしいテーマであり、エピジェネティクスの統合的理解に向けた研究の一環として期待しています。

この3年間で500件近くの提案課題をいただきました。提案者自身の着想でレベルが高いのは当然ながら、独創性に優れ、今後の科学にインパクトを与える可能性が高い提案がいくつもありました。採択された方々とは(3期生はまだですが)サイトビジットを通して自立への道を歩んでおられるのを確かめることもできました。今後の当研究領域の活動の一環として、今年度よりJSTの戦略的創造研究推進事業(CREST)の新規研究領域「エピゲノム研究に基づく診断・治療へ向けた新技術の創出」が始まるので、当研究領域はこの領域と連携して事業全体の効率的・効果的研究を推進することになります。これからは当研究領域の成果発表会などを通じて広報に努めていきます。