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別紙2

平成23年度(第1期) 新規採択研究代表者・研究者および研究課題の概要

さきがけ

戦略目標:「神経細胞ネットワークの形成・動作の制御機構の解明」
研究領域:「脳神経回路の形成・動作と制御」
研究総括:村上 富士夫(大阪大学 大学院生命機能研究科 教授)

氏名 所属機関 役職 課題名 研究型 研究
期間
課題概要
阿部 洋 (独)理化学研究所 基幹研究所 専任研究員 シナプス可塑性に関わるRNA群の革新的イメージング法の開発 通常型 3年 神経細胞内のmRNAをイメージングするための、革新的なプローブを開発します。微量RNAを検出するためにプローブの高感度化、および複数RNAの同時観察を可能とする多色プローブの開発を進めます。さらに、シナプスの可塑性に関わる複数のmRNA群を標的にしたプローブを作成し、神経細胞における内在性mRNAの動態を直接イメージングし、その輸送と局所での翻訳過程との相関を解析することを目指します。
宇賀 貴紀 順天堂大学 医学部 准教授 柔軟な判断を可能にする神経回路の動作原理の解明と制御 通常型 3年 ヒトはどのようにして柔軟に判断をし、多様な選択を行うことができるのでしょうか。本研究では、柔軟な判断の神経回路モデルとして新たに「Leaky integrator仮説」を提案します。そして、2つのルールに基づき、判断の内容を柔軟に切り替えるタスクスイッチ課題をサルに訓練し、大脳皮質MT野とLIP野の神経活動記録と電気刺激を用いて、本仮説を検証します。
生沼 泉 京都大学 大学院生命科学研究科 助教 ガイダンス因子シグナルで普遍的に駆動されるシグナル伝達経路の解明 通常型 3年 神経軸索は、さまざまなガイダンス因子に導かれて標的細胞に到達し、複雑な神経回路を形成します。ガイダンス因子は誘引作用を持つもの、反発作用を持つものに分類され、神経細胞先頂部の成長円錐は、それらの情報を感知・統合し、基質との接着を巧みに変化させ、かじとりをします。本研究は、特に、G蛋白質による細胞接着のポジティブフィードバック機構に着目し、軸索ガイダンスで普遍的に駆動される情報伝達機構の解明を目指します。
佐藤 明子 名古屋大学 大学院理学研究科 GCOE 特任准教授 神経細胞における膜タンパク質選別輸送システムの順遺伝学による解明 通常型 3年 機能的な神経細胞ネットワークが形成されるには、個々の神経細胞が、軸索・シナプス・樹状突起などの高度に分化した機能ドメインを形成・維持する必要があります。その基盤として、各機能ドメインに特有のタンパク質を適切に輸送する、選択的で調節性の細胞内選別輸送システムがあると考えられています。本研究では、ショウジョウバエ光受容ニューロンを用い、各々の膜ドメインへの選別輸送に関わる遺伝子を網羅的に探索します。
佐藤 隆 チュービンゲン大学 統合神経科学センター ジュニアグループリーダー 霊長類の高次脳機能を担う大脳皮質神経回路の可視化と制御 通常型 3年 私たちは、日々、さまざまな感覚情報や記憶に基づいて行動します。このような行動に至る意思決定は、脳内でどのように形成されているのでしょうか? 本研究では霊長類の眼球運動をモデルに用いて、前頭葉内部の神経回路が情報を統合し眼球を動かす指令を出す様子を明らかにしていきます。特に、最先端のイメージング技術と分子生物学的手法を霊長類に用いることにより、脳の高次機能を神経回路レベルで理解することを目指します。
谷口 弘樹 コールド・スプリング・ハーバー研究所 神経科学部 ポスドク 局所コネクトミクス:抑制性局所神経回路発達の細胞種特異的解析 通常型 3年 抑制性神経細胞の多様性は、神経回路に異なる抑制性制御を与え、神経活動の安定化、リズム生成に貢献し、複雑な神経演算を可能にすると考えられています。本研究では、最先端の遺伝学的技術を駆使し、興奮性錐体細胞上の抑制性神経入力をサブタイプごとに可視化し、その結合様式を明らかにします。脳に埋め込まれた抑制性局所神経回路の“解剖学的暗号”を読み解くことにより、脳機能、脳疾患への理解が深まることが期待されます。
行川(濱田) 文香 シンシナティ小児病院 小児眼科部門 アシスタントプロフェッサー 体温の概日リズムを制御する分子機構と神経回路ネットワークの解明 通常型 3年 私たちの体温は、1日の周期で約1℃変動します。この体温リズムは、恒常性の維持だけでなく、睡眠にも深く関係しています。例えば、朝体温が上昇すると覚醒し、夜体温が下降すると眠くなります。しかし、体温リズムがどのように制御されているのか、ほとんど明らかになっていません。本研究ではショウジョウバエの行動を指標として、体温リズムを制御する概日時計の分子機構の解明と神経回路ネットワークの解明を目指します。
早坂 直人 近畿大学 医学部 講師 神経グリア相互作用としての概日リズム制御系の新たな理解 通常型 3年 行動を制御する脳の仕組みは、長年の間、神経回路で語られてきました。しかし、近年グリア細胞の能動的な役割が次第に明らかになり、脳の機能発現の主役のひとつである可能性が高まっています。本研究では、環境に適応するために獲得された体内時計の優れた柔軟性、可変性に注目し、その仕掛けを解く鍵がグリアにあるのではないか、という仮説を検証します。そして、神経グリア回路による行動制御の普遍的な原理に迫ります。
平田 普三 情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所 准教授 グリシン作動性シナプスの活動依存的形成と臨界期の分子基盤 通常型 3年 シナプスは活動、すなわちシナプス伝達により、その形態や受容体の密度など、その特性が変化することが知られています。これまでに、グリシン作動性シナプスの活動依存的形成・維持を、発生過程の動物個体で解析する実験系を構築し、シナプス形成・維持にシナプス入力の必要な時期(臨界期)が存在することを見いだしました。本研究で、シナプスの活動依存的形成・維持とその臨界期制御の分子基盤を解明します。
堀江 健生 筑波大学 大学院生命環境科学研究科 助教 遊泳運動を規定する神経回路の発生と動作原理の解明 通常型 3年 歩行運動や遊泳運動は、動物が行う最も基本的な行動です。本研究では、神経細胞がわずか100個しかない原始的な脊索動物ホヤを用いて、遊泳運動を規定している神経回路の発生と動作原理を、細胞レベル、遺伝子レベルで解明します。さらに、ホヤの運動神経回路モデルと脊椎動物の運動神経回路モデルを比較することで、脊索動物間に保存された普遍的な神経回路の発生と動作原理を明らかにすることを目指します。
松尾 直毅 京都大学 次世代研究者育成センター 准教授 個々の記憶情報をコードする神経回路の解析と制御 通常型 3年 個々の記憶情報はそれぞれ脳内でどの様に区別して記録され、必要に応じて適切に引き出されるのでしょうか? 本研究では、機能的神経ネットワークの活動を選択的に操作することのできる独自の遺伝子改変マウスを開発し、これらを、巧妙な行動テスト、イメージングなどの手法を用いて解析することによって、実体のとらえがたい“記憶”という現象の神経基盤に迫ります。
松田 信爾 慶應義塾大学 医学部 講師 光による細胞内輸送とシナプス可塑性の制御 通常型 5年 シナプス可塑性は記憶・学習の基礎過程と考えられており、その実体はシナプス後部におけるグルタミン酸受容体の一種(AMPA受容体)の数の変化です。しかし、AMPA受容体数の変化と記憶・学習行動との直接の関連性については明らかになっていません。本研究ではAMPA受容体の数を光照射で変化させる技術を開発し、記憶・学習過程を統合的に解明します。また、ゴルジ体やミトコンドリアの制御技術も開発します。
村越 秀治 自然科学研究機構 生理学研究所 准教授 シグナル分子の活性化観察と操作によるシナプス可塑性機構の解明 通常型 3年 神経回路の形成、機能の基礎となるシナプス結合の可塑性は、スパイン内の情報伝達系によって制御されていると考えられますが、その機構はほとんど分かっていません。本研究では、シグナル伝達分子活性化イメージングと光を用いたシグナル分子操作法を用いて、シナプス可塑性の分子機構を単一シナプスレベルで解明し、神経回路の理解へとつなげます。
吉田 知之 東京大学 大学院医学系研究科 講師 中枢シナプスオーガナイザーによる標的認識と特異的シナプス形成の調節機構の解明 通常型 3年 脳機能発現の基盤となる中枢シナプス形成の一端は、シナプスオーガナイザーと呼ばれる、シナプス前終末と後終末を誘導する活性を持つ一部の細胞接着分子によって担われています。本研究では、シナプスオーガナイザー自体が作り出すスプライス多様性によって、多様なシナプス結合の特異性が維持される機構を明らかにすると共に、異なるシナプスオーガナイザー間の相互作用によってシナプス形成が調節される基本原理の解明を目指します。

(五十音順に掲載)

<総評> 研究総括:村上 富士夫(大阪大学 大学院生命機能研究科 教授)

本研究領域は脳の統合的理解を目指し、新たな視点に立って脳を構成する神経回路の形成やその動作原理、並びにその制御機構の解明に挑戦する研究を対象としています。具体的には、神経回路や脳の機能単位である神経核・層構造の形成、領域や神経細胞の特異性の獲得、単一神経細胞における情報処理、神経細胞間の情報伝達やその可変性、神経細胞のネットワークとしての機能発現や可変性、さらには複雑なネットワークの集合体である領域・領野などの形成機構および動作原理、ネットワークの制御機構の研究であり、またグリア細胞などに関わる研究、さらにこれらの分野の飛躍的発展につながるような革新的技術の創出も含まれます。選考にあたっては多様な分野と方法論、また多様な研究者を糾合することにより相乗効果も目指します。

平成23年度の第3回公募には幅広い分野から226件の応募があり、ユニークなアイデア、意欲的な研究計画、新技術の開発なども数多く見受けられました。これらの研究提案について神経科学の広い分野にわたる13人の領域アドバイザーのご意見を求め、それに基づく書類選考会での検討を経て、特に優れた研究提案29件(5年型4件、3年型25件)を選び出し、これらの提案者に対して面接選考を行いました。発表と質疑応答の内容に関する領域アドバイザーのコメントも参考にして、最終的に14件(5年型1件、3年型13件)を採択しました。今回は大挑戦型課題としての採択はありませんでした。

審査にあたっては応募者と利害関係にある評価者の関与を避け、他制度による助成とその対象課題にも留意し、公平な判断を期しました。書類・面接選考では、研究構想の意義、研究計画の妥当性、準備状況と提案課題の実現性を考慮し、またさきがけの趣旨に照らして、研究課題とその実施体制の独立性、ならびに新課題への挑戦性を重視しました。

採択課題の対象は遺伝子・分子・細胞内膜系・シナプス・細胞から組織・生理・行動にわたり、扱う脳の部位も大脳皮質の視覚野・前頭眼野など、視床下部、小脳、脊髄など、技術的には光刺激法、イメージング、遺伝子改変動物などを含み、実験動物としてはサル、マウス、ショウジョウバエ、ゼブラフィッシュ、ホヤ幼生などを用います。

今回は女性研究者による提案採択は3件、また国外実施予定課題の採択は3件(米国、ドイツ)でした。

今回採択できなかった提案にも優れたものが数多くあり、絞り込み審査はたいへん困難な判断でした。採択できなかった優れた提案もほかの機会を得て発展されるよう期待します。

神経科学は広範にわたるため、「脳情報の解読と制御」や「生命システムの動作原理の解明と基盤技術」をはじめとするさきがけのほかの領域にも連続する部分が少なくありません。これら他領域並びにCREST「脳神経回路の形成・動作原理の解明と制御技術の創出」領域の研究者との相互交流をはじめ、領域内外の交流を関係者の理解と支援を得ながら進めていきたいと考えています。