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別紙2

平成23年度(第1期) 新規採択研究代表者・研究者および研究課題の概要

さきがけ

戦略目標:「人間と調和する情報環境を実現する基盤技術の創出」
研究領域:「情報環境と人」
研究総括:石田 亨(京都大学 大学院情報学研究科 教授)

氏名 所属機関 役職 課題名 研究型 研究
期間
課題概要
岡崎 直観 東北大学 大学院情報科学研究科 准教授 知識の自動獲得・構造化に基づく情報の論理構造とリスクの分析 通常型 3年 ウェブやソーシャルメディアなどの新しい情報環境により、情報の流通が加速する一方、偏った情報やデマなどの拡散による社会の混乱や不安が増大しています。本研究では、ネット上で言及されている物・事態に関する知識を計算機がロバストに獲得・活用する言語処理技術を基盤として、流通している情報の背後にある論理構造を解析し、その整合性を分析することで、安全・危険に関する多角的な判断材料を人や社会に提供します。
金井 良太 ロンドン大学 認知神経科学研究所 研究員 インターネット環境が脳と認知機能へ与える影響の解明 通常型 3年 本研究では、インターネットがもたらした情報環境の変化が、人間の脳と認知能力に与える影響を明らかにします。ウェブ上での行動をブラウジングのスピード、マルチタスクの度合い、ソーシャルメディアの利用度の観点から定量化し、これらが個人の認知特性や脳構造の形態的特徴と対応しているという仮説を検証します。また、ネット環境に初めて触れる人たちの追跡調査を行い、脳構造と認知機能への因果的影響の確立を目指します。
狩野 芳伸 情報・システム研究機構 ライフサイエンス統合データベースセンター 特任助教 解析過程と応用を重視した再利用が容易な言語処理の実現 通常型 3年 本研究では、より自然な動作ができ、再利用の容易な自然言語処理システムを構築します。そのために解析過程について人間同様の制約を課したモデルを構築し、機械翻訳・QA・文献テキストマイニングなど実応用タスクで評価します。応用を含めた実装を、組合せやカスタマイズの容易な標準化言語資源群として整備し、誰でも即座に大規模処理まで実行可能な形で提供することで、幅広い資源共有ネットワークの実現を目指します。
栗田 雄一 広島大学 大学院工学研究院 准教授 マルチスケール身体モデルに基づく運動評価技術の開発とその応用 通常型 3年 本研究では、人の筋・腱・骨格の大雑把な機構的・力学的性質を表現する筋骨格モデルと、運動指令から筋収縮が発生するメカニズムを説明する筋収縮モデルとを組み合わせたマルチスケールな身体モデルを構築し、生体力学的根拠をもって運動の効率性・制御性を評価する指標を検討します。さらに、情報環境と組み合わせることで、個人適応する知的空間、動作意図に応じたアシストを実現するデバイス制御手法の開発を行います。
小林 貴訓 埼玉大学 大学院理工学研究科 助教 グループコミュニケーションの解明に基づく車椅子型移動ロボットシステムの開発 通常型 3年 車椅子利用者と介護者の会話は重要ですが、人手不足から、介護現場では1人の介護者が複数の車椅子を無理な姿勢で移動させている状況があります。本研究は、グループで会話しながら移動する際の人の振る舞いや位置関係とコミュニケーションの関係性を明らかにし、その知見に基づいて健常者のグループが楽しく会話しながら歩くのと同じように、自動的に複数同行者に追従できる車椅子型の複数協調移動ロボットシステムを開発します。
櫻井 祐子 九州大学 大学院システム情報科学研究院 准教授 情報環境での人間行動モデルに基づく知識・情報取引メカニズム設計論の構築 通常型 3年 ネットワーク上での社会活動において、公平性や効率性を満たす合意形成メカニズム設計論を確立します。情報環境が人間の意思決定に与える影響を考慮した取引メカニズムを設計するために、実行動データに基づくボトムアップ型のデータ解析技術とゲーム理論に基づくトップダウン型の行動戦略の概念を融合した行動モデルを構築します。人々が安心して知識や技能を提供できるクラウドソーシングの場への適用を目指します。
鈴木 健嗣 筑波大学 大学院システム情報工学研究科 講師 ソーシャル・プレイウェアによる社会的交流支援 通常型 3年 本研究では、実空間における人々の身体接触や空間移動および表情表出といった社会的行動の計測と情報提示を通じ、遊びや社会的交流の体験を支援・拡張する情報物理環境を提供する「ソーシャル・プレイウェア」を開発します。ここでは、装着型デバイスによる位置計測や生体拡張技術を用いることで、人々に親和的な情報環境の構築を目指すとともに、広汎性発達障がい児を対象とした実証実験を通じた社会性形成支援に挑戦します。

硯川 潤 国立障害者リハビリテーションセンター(研究所) 福祉機器開発部 研究員 福祉機器安全設計のためのマルチモーダル評価情報の統合基盤構築 通常型 3年 安全な福祉機器の開発には、障害者・高齢者の身体特性や生活状況を的確に反映した評価プロセスが欠かせません。本研究では、ユーザーニーズの深い理解に立脚しながら適切な評価環境を設定し、多様な評価情報を統合的に収集・解釈するための、評価支援手法の構築を目指します。特に、エスノグラフィで得られる質的評価データと定量データの関係性分析に重点を置き、心理・情緒面を含んだ多角的な安全・安心の評価を実現します。
寺澤 洋子 筑波大学 生命領域学際研究センター 研究員 生命のうごきが聞こえる:生命動態情報の可聴化による「生き様」の理解 通常型 3年 人間の聴覚は、視覚に比べて、時間変動に鋭敏で多数の情報を並列に理解できます。分子生物学や脳神経科学などの生命科学領域では、生きたままの生体の様子を捉える技術がめざましく発展していますが、視覚での観察が主流です。そこで本研究では、認知心理学や音楽理論の知見を活用し、生命の「うごき」を音に変換します。生命の躍動、つまり「生き様」を聴覚からとらえる技術を確立し、観察・分析タスクの質的な転換を目指します。
藤木 淳 (財)国際メディア研究財団 基礎研究部門 研究員 立体的メディアのための人間の知覚特性に基づく情報提示表現手法の開拓 大挑戦型 5年 本研究では、立体空間をメディアと捉え、立体による有用な情報提示手法の開拓を目指します。視認性を向上させる要素として人間の知覚特性に着目し、立体造形物を構成する最小構成要素の間隔や大きさを調整することで閲覧者に立体的な視覚効果を知覚させたり、素材とする専用ロボットの動きから空間の状態を知覚させたりすることで、閲覧者の注意を引き付け、低コストで効果的な情報提示が行える情報表現技法を開発します。
アダム ヤトフト 京都大学 大学院情報学研究科 准教授 集合記憶の分析および歴史文書からの知識抽出手法の開発 通常型 3年 本研究では、ニュースアーカイブや電子化された歴史的な文書から知識を抽出することで、“計算機による歴史学”を支援することを目指します。歴史文書から有用な知識を抽出するために、歴史文書内のトピックおよびその関係性をモデル化するための計算フレームワークを提案します。また、大規模なテキストマイニングを行うことで、社会の中で過去がどのように記憶、利用されるかを分析し、集合記憶の調査を行います。
山下 倫央 (独)産業技総合研究所 サービス工学研究センター 研究員 複合階層モデルを用いた都市エリアシミュレーションの開発と利用方法の確立 通常型 3年 本研究では、都市規模の社会現象の高速かつ正確に扱うために、個人の移動や業務プロセスを含む詳細なミクロモデルと抽象化した数千人規模の挙動を高速に計算するマクロモデルを統計的手法や機械学習によって連結する複合階層モデルを開発します。複合階層モデルを実装した都市エリアシミュレータや網羅的な分析手法を用いて、防災、交通、マーケティングの施策を定量的に評価し、安全・安心で効率的な都市の設計を支援します。

(五十音順に掲載)

<総評> 研究総括:石田 亨(京都大学 大学院情報学研究科 教授)

本研究領域は、人とのインタラクションが本質的な知的機能の先端研究を行い、その成果を情報環境で共有可能なサービスとして提供していくことを目指しています。本年度は昨年より約30件多い、131件の応募がありました。まず、12名の領域アドバイザーが分担して各申請の査読を行い、統一した評価基準に基づき書類審査を行いました。次に、領域アドバイザーが一堂に会して、査読結果や評価コメントの全体討議を行い、27件(申請全体の1/5)を面接対象としました。2日間にわたる面接の結果、最終的に12件を採択しました。

最終年度は、これまで以上にバラエティに富む研究提案が採択されたように思います。まず、福祉関係の研究提案が目立ちました。車椅子利用者の支援のための「グループコミュニケーションの解明に基づく車椅子型移動ロボットシステムの開発」と、自らも車椅子利用者である研究者の「福祉機器安全設計のためのマルチモーダル評価情報の統合基盤構築」が採択されました。

また、技術を社会に適用しようとする提案も多かったと感じます。震災情報を強く意識した「知識の自動獲得・構造化に基づく情報の論理構造とリスクの分析」と、「情報環境での人間行動モデルに基づく知識・情報取引メカニズム設計論の構築」という意思決定に寄与する2件の研究提案が採択されました。そのほか、社会を意識した提案としては、「ソーシャル・プレイウェアによる社会的交流支援」と、「複合階層モデルを用いた都市エリアシミュレーションの開発と利用方法の確立」が採択されています。

国際色も豊かになりました。ロンドン在住の研究者による「インターネット環境が脳と認知機能へ与える影響の解明」と、国内在住の外国人研究者による「集合記憶の分析および歴史文書からの知識抽出手法の開発」が採択されました。

聴覚、言語、身体モデルに関する研究も継続して採択されています。「生命のうごきが聞こえる:生命動態情報の可聴化による『生き様』の理解」、「解析過程と応用を重視した再利用が容易な言語処理の実現」や「マルチスケール身体モデルに基づく運動評価技術の開発とその応用」が採択されています。

最後に、大挑戦テーマとしては、アートと情報環境の接点として、「立体的メディアのための人間の知覚特性に基づく情報提示表現手法の開拓」が採択されています。

本年度は例年に比べ多くの応募があり感謝しています。採択に至らなかったテーマの中にも魅力を感じるものが数多くありました。本年で3年間続いた募集を終え、今後は研究成果の発信に力を入れていきたいと考えています。