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別紙2

平成23年度(第1期) 新規採択研究代表者・研究者および研究課題の概要

さきがけ

戦略目標:「炎症の慢性化機構の解明に基づく、がん・動脈硬化性疾患・自己免疫疾患等の予防・診断・治療等の医療基盤技術の創出」
研究領域:「炎症の慢性化機構の解明と制御」
研究総括:高津 聖志(富山県薬事研究所 所長)

氏名 所属機関 役職 課題名 研究型 研究
期間
課題概要
青木 耕史 京都大学 大学院医学研究科 助教 腸管上皮細胞の粘膜免疫防御における腸管上皮特異的ホメオボックス蛋白質CDX2によるオートファジー制御機構とその役割の解析 通常型 3年 腸上皮細胞は腸管粘膜免疫のバリアーとして特異的で重要な役割を担います。近年、そのバリアーとしてオートファジー機能が重要であることが分かりました。本研究では腸管上皮細胞に特異的に発現するホメオボックス蛋白質CDX2によるオートファジー活性化機序(ATG7制御機序)、炎症性腸疾患と付随する大腸癌発症におけるCDX2とATG7の役割を解析し、慢性炎症性腸疾患の治療標的、治療戦略の提案を目指します。
浅野 謙一 東京薬科大学 生命科学部 准教授 腸管センチネル細胞を標的とした炎症性腸疾患治療法の開発 通常型 3年 腸管では食物や常在細菌と平和的な共存関係が成立しています。しかし、寛容が破綻すると非自己に対して過剰な免疫反応が惹起され炎症性腸疾患が発症すると考えられています。粘膜固有層に存在する複数のマクロファージや樹状細胞の中でも、抗原の侵入を監視し免疫を活性化する「衛兵=センチネル細胞」、は炎症の慢性化に特に重要です。本研究では、センチネル細胞に標的を絞った、腸管特異的免疫制御療法の開発を目指します。
新 幸二 東京大学 大学院医学系研究科 特任助教 炎症制御に向けた腸管制御性T細胞の誘導機構の解明 通常型 3年 炎症性腸疾患は難治性の慢性疾患であり、根治的な治療法の開発が急務となっています。これまでの研究により腸内細菌叢の構成異常が炎症性腸疾患の発症に関与していることが明らかになってきており、腸内細菌の人為的操作による治療法の検討が求められています。そこで、本研究では、ヒト腸内細菌を用いて腸炎の抑制に重要な免疫抑制細胞の誘導メカニズムを明らかにし、腸内細菌を用いた炎症性腸疾患に対する新たな治療法の開発を目指します。
岡田 峰陽 (独)理化学研究所 免疫・アレルギー科学総合研究センター ユニットリーダー 免疫・炎症研究におけるオプトジェネティクスの創生 通常型 5年 自己抗原や環境抗原に反応する抗体は、さまざまな慢性炎症病態を引き起こします。これらの病態形成には、抗体産生の司令塔となるT細胞サブセットの機能変化が深く関わっていると考えられます。本研究では、光刺激による遺伝子改変技術を導入した新しい免疫イメージング法を開発することにより、これらのT細胞サブセットの体内動態と機能変化を疾患モデルにおいて追跡し、その病態形成における役割を解明することを目指します。
佐々木 純子 秋田大学 大学院医学系研究科 講師 マクロファージの活性化調節による慢性炎症の制御 通常型 3年 マクロファージ(Mφ)の活性化状態(分化形質)には多様性があり、特定の分化形質にあるMφがそれぞれ、慢性炎症の起始から終結までの素過程において関与すると考えられています。本研究では、慢性炎症を発症する疾患モデルマウスを用いて、慢性炎症性病態の成立で鍵を握るMφを特定し、また、Mφの分化形質を規定する細胞内因子を同定することで、Mφの分化調節による慢性炎症の制御を目指します。
佐藤 克明 (独)理化学研究所 免疫アレルギー科学総合研究センター チームリーダー 形質細胞様樹状細胞による炎症慢性化機構と制御 通常型 3年 本研究では、pDCs特異的消失マウスおよびpDCs機能分子欠損マウスを用いた炎症性自己免疫疾患モデルにおいて、炎症反応と抗原特異的T細胞免疫応答の惹起・進行・重症化の解析を行います。これらの解析により、炎症制御の破綻による炎症の慢性化とこれによる免疫病態の発症・増悪における形質細胞様樹状細胞(pDCs)の役割とその分子基盤を解明することを目指します。
七田 崇 慶應義塾大学 医学部 特別研究助教 脳組織傷害後の慢性炎症における免疫制御機構の解明 通常型 5年 脳神経組織の慢性炎症では、マクロファージやミクログリアなどの炎症細胞が炎症の慢性化と終息に重要な役割を担っています。炎症細胞は脳神経組織に浸潤する際に、脳内因子によって何らかの調整を受けて炎症促進または抑制に働くようになると考えられます。本研究ではこのような脳内因子や炎症細胞の機能を網羅的に解析することによって、炎症の終息と組織の修復に至るためのメカニズムを解明して、新規治療法の開発を目指します。
鈴木 一博 大阪大学 免疫学フロンティア研究センター 特任准教授(常勤) 慢性炎症における免疫細胞動態の神経性制御機構の解明 通常型 3年 「病は気から」と言われるように、神経系による免疫系の制御機構の存在は古くから知られています。しかし現在でもなお、その分子レベルでのメカニズムは十分に理解されていません。本研究では、慢性炎症の根底にある免疫細胞の動態に注目し、その神経系による制御メカニズムを明らかにすることによって、「病は気から」の分子基盤を解明し、慢性炎症の新しい治療法の開発につなげることを目指します。
田中 貴志 (独)理化学研究所 免疫・アレルギー科学総合研究センター ユニットリーダー 炎症反応を負に制御する分子機構の解明 通常型 3年 炎症反応は、本来は生体に必須の防御機構ですが、過剰な炎症反応は慢性炎症性疾患や自己免疫疾患を引き起こします。本研究では、炎症反応を制御するLIM蛋白ファミリーの役割を解析することにより、炎症反応の負の制御を担う多くの分子群を同定し、炎症反応の負の制御機構の全容を分子レベルで明らかにすることを目指します。
中江 進 東京大学 医科学研究所 特任准教授 炎症誘導因子による炎症抑制機構の解明と慢性炎症制御技術基盤の確立 通常型 5年 「炎症」は異物の侵入からの自己防御に必要な免疫応答です。一方で、過度の炎症は自分自身にも有害なため、生体には自然に炎症を鎮静化する機構が存在します。本研究では、炎症が誘導されたあと、炎症の鎮静化へは、どのようにして切り替わるのか、その仕組みの解明を目指します。これにより、生体が本来持っている炎症の鎮静化機構を人為的に作動させ、難治性慢性炎症疾患の制御法の開発基盤の創出を目指します。
平塚(中村) 佐千枝 東京女子医科大学 医学部 准教授 癌の転移前診断の確立と治療をめざして 大挑戦型 5年 癌の転移を防御することは、癌の根治をめざす上で必須です。癌には転移しやすい臓器があり、マウスの実験では、原発癌が発生増殖した時、転移前に転移予定先の臓器に転移に有利な土壌を作ることが明らかになってきました。しかし、ヒトにおいてこの現象が起きているのかどうかについては不明であるのが現状です。本研究では、癌を有する患者さんの臓器が、転移前に転移が起こりやすい炎症様状態になっているかを検討し、転移初期あるいはそれ以前の転移前診断の確立と防御を目指します。
巻出 久美子 東北大学 大学院薬学研究科 助教 生理活性脂質リゾホスファチジルセリンによる全身性エリテマトーデス疾患発症抑制メカニズムの解析 通常型 3年 リゾリン脂質メディエーターは、Gタンパク質共役型受容体を介して生体内においてさまざまな機能を発揮します。最近、マウスにおいてリゾリン脂質の1つであるリゾホスファチジルセリン(リゾPS)が、全身エリテマトーデスなどの自己免疫疾患を抑制する作用を有することがわかってきました。本研究では、リゾPSが免疫抑制作用を示すメカニズムを明らかにすることを目指します。さらに、新たな自己免疫疾患治療薬としての可能性を探ります。
南野 徹 千葉大学 大学院医学研究院 講師 長寿・老化モデルマウスを用いた慢性炎症機構の解明 通常型 3年 これまでの研究によって、加齢とともに臓器に慢性炎症がおこり、それらが原因となって、生活習慣病などの加齢に関連した病気が発症することがわかってきました。このような加齢に伴う慢性炎症は、長寿を示すマウスで抑制されていること、逆に老化するマウスでは亢進することもわかっています。そこで本研究では、長寿・老化マウスを用いて、加齢に伴う慢性炎症の機序の解明を行うことによって、新しい治療の開発を目指します。
横須賀 忠 (独)理化学研究所 免疫・アレルギー科学総合研究センター 上級研究員 MAPK経路の分子イメージングによるT細胞活性化遷延機構の解明 通常型 3年 MAPキナーゼ(MAPK)経路は、さまざまな細胞の活性化認識から転写に至る重要なシグナルネットワークであり、その破綻は炎症性疾患の発症や病態と深く関わっています。本研究では、慢性炎症を誘導するT細胞活性化遷延のメカニズム解明に向けて、活性化シグナルユニットであるT細胞受容体マイクロクラスターとMAPKとの相互関係を明らかにし、分子イメージングの視点からMAPK経路の包括的理解を目指します。

(五十音順に掲載)

<総評> 高津 聖志(富山県薬事研究所 所長)

本研究領域は、国の戦略目標「炎症の慢性化機構の解明に基づく、がん・動脈硬化性疾患・自己免疫疾患等の予防・診断・治療等の医療基盤技術の創出」に基づいて、炎症慢性化の維持機構、および炎症の慢性化が疾患を惹起・進行・重症化する機構の時空間的な解明に挑戦する研究を対象としています。このような研究を推進することにより、炎症の慢性化が関与するさまざまな疾患や臓器不全の予防や治療、創薬につながる医療基盤の創出を目指します。具体的には下記の視点を持った研究を推進します。

  1. 1) 分子や細胞の階層から迫る研究に加え、組織や臓器の階層から迫る視点
  2. 2) 細胞や組織、臓器間の相互作用、個体全体でのダイナミクスなど、慢性炎症を複雑系として捉える視点
  3. 3) エピジェネティクスや機能性非コードRNAなど、他生命科学分野からの視点
  4. 4) 遺伝子産物、生理活性物質、細胞やそれらの動態を検出・測定する技術的な分野からの視点
  5. 5) 慢性炎症の制御による関連疾患を標的とした創薬などの医療応用を見据えた視点

選考にあたっては多様な分野と方法論、また多様な研究者を糾合することにより、相乗効果を生み出すことも目指します。

2回目となる本年度の公募には、201件(3年型が162件、5年型が39件、その中で大挑戦型の提案は24件)の応募があり、ユニークなアイデア、意欲的な研究計画、新技術の開発なども数多く見受けられました。応募総数では前年度を下回ったものの、全体として質の高い研究提案が多いという印象を受けました。研究分野の内訳を見てみると、昨年度同様に、さまざまな分野から幅広い応募をいただきました。これらの研究提案について免疫学、炎症学、生化学・分子生物学、病理学、内科学、構造生物学などの広い分野にわたる11人の領域アドバイザーに意見を求め、それに基づく書類選考会での検討を経て、特に優れた研究提案29件(5年型7件、3年型22件)を選び出し、これらの提案者に対して面接選考を行いました。

書類・面接選考では、研究構想の意義、研究計画の妥当性と独創性、準備状況と提案課題の実現性、ブレークスルーを感じさせるもの、世界での競争力のあるものを考慮し、またさきがけの趣旨に照らして、研究課題とその実施体制の独立性、ならびに新課題への挑戦性などを重視しました。当然ながら、「炎症の慢性化の制御機構の解明」の発展にどれだけ貢献していただけるかという原点を念頭において選考にあたりました。中には優れた業績を背景に提案されているものの、提案の趣旨は炎症の慢性化制御の研究がメインとは思われない提案も相当数ありました。なお、応募者と利害関係にある評価者の関与を避け、公平な判断を期しました。

面接審査と質疑応答の内容に関する領域アドバイザーのコメントも参考にして、最終的に14件(5年型4件、3年型10件)を採択するに至りました。5年型に採択された1件、「癌の転移前診断の確立と治療をめざして」の提案が大挑戦型課題として採択されました。女性研究者による提案も3件採択され、また採択課題の研究実施場所も、秋田、仙台、東京、神奈川、千葉、大阪、京都と全国に及んでいます。

採択課題を見ると、がん、老化・生活習慣病、脳神経炎症、SLE、IBD、ほか多くの慢性炎症関連疾患を対象として、T細胞活性化やその遷延化機構の解明と制御、炎症誘導および抑制因子、消化器免疫制御、マクロファージのサブポピュレーションや分化制御、pDCの役割、Treg誘導、がん転移機構などに関する研究提案が選ばれました。技術的には、各種遺伝子改変マウスはほとんどの提案で用いられ、分子・生体イメージングを駆使する提案も含まれています。

前回同様絞り込み審査はたいへん困難な作業で、残念ながら採択できなかった優れた提案が数多くありました。本領域の目標へ一層の理解を深めていただき、また準備実験の補充など提案書のさらなる改良により、最終となる次年度の機会が生かされるよう期待します。今回の選考で気づいたことは次の3点です。(1)5年型については、期間の妥当性について再考ください。5年間の大まかなスケジュールが必要です。(2)大挑戦型へのエントリーは、それにより新たなパラダイムが開かれる飛躍的・画期的な提案であるという視点が必要です。(3)応募にあたって、提案の手がかりとなる予備的データは必要です。

炎症の慢性化の研究は広範にわたるため、さきがけ事業のほかの領域にも連続する部分が少なくありません。これらの領域との研究者の相互交流をはじめ、領域内外の交流を関係者の理解と支援を得ながら進めたいと考えています。