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別紙2

平成22年度(第2期) 新規採択研究代表者・研究者および研究課題の概要

さきがけ

戦略目標:「炎症の慢性化機構の解明に基づく、がん・動脈硬化性疾患・自己免疫疾患等の予防・診断・治療等の医療基盤技術の創出」

研究領域:「炎症の慢性化機構の解明と制御」

研究総括:高津 聖志(富山県薬事研究所 所長)

氏名 所属機関 役職 研究課題名 研究型 研究
期間
研究課題概要
有田 誠 東京大学 大学院薬学系研究科 准教授 炎症の収束機構の分子基盤の確立と慢性疾患への適用 大挑戦型 3年  炎症の遷延化および慢性化の分子機構の1つとして、いったん生じた炎症が適切に収束するための仕組みがうまく機能していない可能性が指摘されています。そこで本研究では、炎症の収束を担う細胞や内因性の抗炎症性代謝物を網羅的に特定し、「治らない炎症」を基盤病態とする慢性疾患の病態を分子レベルで理解することを目指します。将来的には、炎症の収束機構を活性化する新しい創薬・治療戦略への応用が期待されます。
井垣 達吏 神戸大学 医学研究科 特命准教授 上皮のがん原性炎症が駆動する非遺伝的腫瘍悪性化の分子基盤 通常型 5年  がんの悪性化には、遺伝子の突然変異による“遺伝的”な変化だけでなく、細胞間の相互作用を介した“非遺伝的”な細胞変化が重要な役割を果たしています。本研究では、ショウジョウバエ遺伝学を駆使して、非遺伝的ながんの悪性化を駆動すると考えられる“がん原性炎症”の実態とその分子機構を明らかにしていきます。これにより、細胞間コミュニケーションを介した組織レベルのがん悪性化の基本原理の解明を目指します。
大谷 直子 (財)癌研究会癌研究所 主任研究員 細胞老化シグナルからみた慢性炎症と癌進展の新しい発症メカニズムの解明 通常型 5年  正常細胞にDNAダメージなどの発がんストレスが加わると、不可逆的増殖停止である細胞老化が誘導されます。細胞老化をおこした細胞はすぐには死滅せず生体内に長期間生存し、大量の炎症性サイトカインを分泌し続けるため、慢性的な炎症を引き起こす可能性が示唆されています。本研究では非免疫細胞の細胞老化という新しい視点から、慢性炎症の分子機構を解析し、慢性炎症と発がんや個体老化との関係解明を目指します。
大洞 將嗣 東京医科歯科大学 歯と骨のGCOE 特任准教授 イオンバランス破綻による自己免疫疾患の重症化機構の解明 通常型 3年  カルシウムやマグネシウムなどのイオンは、生体の機能や正常な発生に非常に大切です。これらのイオン濃度は厳密に制御され、その破綻はさまざまな重症疾患を引き起こします。特にカルシウムはシグナル伝達にも関与する非常に重要なイオンです。本研究は、さまざまな自己免疫疾患モデルを用いて、自己免疫疾患の発症や重症化メカニズムをカルシウム調節機構の視点から解明し、新規治療法の開発につながる基盤技術の確立を目指します。
西城 忍 千葉大学 真菌医学研究センター 特任准教授 C型レクチンによる炎症反応制御機構の解明 通常型 3年  C型レクチンは糖鎖を認識する分子群で、リガンドを認識後、細胞内にシグナルを伝達し炎症性メディエーターの産生を強力に誘導する分子や、逆に抑制性シグナルを伝える分子など多様な生物活性を示します。そのため、生体の恒常性維持における寄与はとても大きいことが予想されますが、いまだに全容は明らかではありません。本研究では、C型レクチンを中心に炎症の惹起、および終息の機構を個体レベルで解明することを目指します。
澤 智裕 熊本大学 大学院生命科学研究部 准教授 慢性炎症における活性酸素シグナル伝達制御の分子基盤 通常型 3年  本研究では、活性酸素のシグナル伝達分子としての機能に着目し、慢性炎症において過剰に作られる活性酸素がどのような働きをしているのか、を明らかにすることを目的としています。これは、従来の活性酸素毒性に基づく抗酸化治療とは全く異なる切り口であり、これまでに知られていない新しい炎症の制御分子・シグナル伝達の発見と、それらを標的とした治療法や診断法の開発を目指した研究を推進します。
杉浦 悠毅 浜松医科大学 分子イメージング先端研究センター 特別研究員 質量分析イメージングによる炎症メディエーター分子の局在産生の可視化 通常型 3年  間質細胞と実質細胞の相互作用を担う脂質性炎症メディエーター分子は強力な生理活性を持ち、その存在は時空間的に高度に制御されています。これらの産生や分解の異常の解明は、炎症慢性化の過程の理解に重要ですが、これまでに“どこ”に存在するかを可視化する手段はありませんでした。本研究では、これまでに局在可視化手段のなかった生理活性脂質のイメージング法の確立とそのヒト慢性炎症疾患群への応用を目指します。
武田 憲彦 東京大学 大学院医学系研究科循環器内科 特任助教 低酸素シグナルによる炎症制御の解明と循環器疾患治療への応用 通常型 3年  心不全の主な病態の1つは心筋組織の持続的炎症です。慢性炎症により引き起こされる心室拡張障害は、生命予後増悪させるものの、いまだその治療法はありません。不全心の組織は特に低酸素状態にあると考えられます。本研究では低酸素誘導性転写因子HIFを介した低酸素応答が心不全および心室拡張障害において重要な役割を果たしていると考え、この役割に注目することで分子機構の解明および今後の治療薬開発基盤の形成を目指します。
武田 弘資 東京大学 大学院薬学系研究科 准教授 ミトコンドリアのストレス受容・応答機構と炎症制御 通常型 3年  細胞のエネルギー産生の場であるミトコンドリアは、細胞がさまざまなストレスを受けた際、容易に傷害を受けてその機能を失うだけではなく、細胞死を誘導する信号などを発信することで細胞の運命にも大きな影響をもたらす細胞内小器官です。そのため、ミトコンドリア自身がストレスを受容し、ストレスに応答する機構を持っていると考えられています。本研究では、そのような機構と炎症の慢性化との関連を探ります。
廣田 泰 焼津市立総合病院 産婦人科 医長 マウス生殖モデルを用いた、老化が誘導する炎症メカニズムの解明 通常型 3年  近年、高齢妊娠による早産のリスク上昇や慢性炎症の早産発症への関与が指摘されていますが、その機序はいまだ不明です。本研究では、子宮特異的p53欠損マウスモデルを用いて、細胞老化調節の鍵であるp53やp21が子宮の慢性炎症や早産へ与える影響を観察し、老化が誘導する炎症の分子メカニズムを検討します。さらに、早産のメカニズムや新たな早産予防法の可能性についても検証したいと考えています。
茂呂 和世 慶應義塾大学 医学部 微生物学・免疫学教室 助教 IL-33産生を伴う慢性疾患と加齢や肥満により増加したナチュラルヘルパー細胞がTh1/Th2バランスの破綻を惹起するメカニズムの解明 通常型 5年  最近、慢性疾患ではIL-33と呼ばれる情報伝達物質(サイトカイン)が体内で放出されることがわかってきました。これまでの研究で発見したナチュラルヘルパー(NH)細胞はIL-33に反応すると、免疫関連疾患を誘導するサイトカインをたくさん分泌します。そこで、慢性疾患におけるNH細胞の動態を調べ、効果的に働きを抑える方法を開発することでさまざまな疾患の予防や治療が可能になるのではないかと考え研究を推進します。
山下 政克 (財)かずさDNA研究所 ゲノム医学研究室 室長 T細胞記憶のエピジェネティク調節による慢性炎症制御 通常型 3年  慢性炎症は、長期間にわたる感染やストレス応答により、免疫反応の司令塔であるT細胞が異常な免疫記憶を獲得することが一因となり発症します。T細胞記憶は、エピジェネティックな分子機構で制御されています。そこで、炎症の慢性化機構をT細胞記憶エピジェネティクスの観点から解析することで、慢性炎症制御およびエピゲノム創薬のための分子基盤を創出し、将来的には難治性炎症疾患の診断・治療への応用・展開を目指します。
渡会 浩志 (独)理化学研究所 免疫アレルギー科学総合研究センター 上級研究員 ナチュラルキラーT細胞による炎症慢性化機構の解明と制御 通常型 3年  気管支喘息のうち非アレルギー喘息の発症機序は不明のままですが、その中でもウイルス感染や大気汚染に伴う重篤喘息やステロイド非感受性喘息などは、ナチュラルキラーT(NKT)細胞が発症に関与することが明らかにされつつあります。本研究では、炎症性NKT細胞の生体内における役割を明らかにするとともに、主に非アレルギー喘息の慢性炎症化メカニズムの解明とその予防対策を提供することを目的とします。

(五十音順に掲載)

<総評> 研究総括:高津 聖志(富山県薬事研究所 所長)

本研究領域は、国の戦略目標「炎症の慢性化機構の解明に基づく、がん・動脈硬化性疾患・自己免疫疾患等の予防・診断・治療等の医療基盤技術の創出」に基づいて、炎症慢性化の維持機構、および炎症の慢性化が疾患を惹起・進行・重症化する機構の時空間的な解明に挑戦する研究を対象としています。このような研究を推進することにより、炎症の慢性化が関与するさまざまな疾患や臓器不全の予防や治療、創薬につながる医療基盤の創出を目指します。具体的には下記の視点を持った研究を推進します。

  1. 1) 分子や細胞の階層から迫る研究に加え、組織や臓器の階層から迫る視点
  2. 2) 細胞や組織、臓器間の相互作用、個体全体でのダイナミクスなど、慢性炎症を複雑系として捉える視点
  3. 3) エピジェネティクスや機能性非コードRNAなど、他生命科学分野からの視点
  4. 4) 遺伝子産物、生理活性物質、細胞やそれらの動態を検出・測定する技術的な分野からの視点
  5. 5) 慢性炎症の制御による関連疾患を標的とした創薬などの医療応用を見据えた視点

選考に当たっては多様な分野と方法論、また多様な研究者を糾合することにより、相乗効果を生み出すことも目指します。

第1回目となる本年度の公募には私の予想をはるかに上回る、286件(3年型が224件、5年型が62件、その中で大挑戦型の提案は46件)の応募があり、ユニークなアイデア、意欲的な研究計画、新技術の開発なども数多く見受けられました。研究分野の応募内訳を見てみますと、免疫学的な炎症研究やがんと炎症の研究が比較的多いものの、神経変性疾患・代謝性疾患・自己免疫疾患などの多様な慢性疾患に関連する研究、細胞ストレス・RNA・エピジェネティクスなどの生命科学からアプローチするより基礎的な研究、イメージングやナノバイオなどの技術開発に主眼をおいた研究など、さまざまな分野から幅広い応募をいただきました。これらの研究提案について免疫学、炎症学、生化学・分子生物学、病理学、内科学、構造生物学などの広い分野にわたる11人の領域アドバイザーのご意見を求め、それに基づく書類選考会での検討を経て、特に優れた研究提案40件(5年型11件、3年型29件)を選びだし、これらの提案者に対して面接選考を行いました。

書類・面接選考では、研究構想の意義、研究計画の妥当性と独創性、準備状況と提案課題の実現性、ブレークスルーを感じさせるもの、世界での競争力のあるものを考慮し、またさきがけの趣旨に照らして、研究課題とその実施体制の独立性、ならびに新課題への挑戦性などを重視しました。当然のことですが、「炎症の慢性化の制御機構の解明」の発展にどれだけ貢献していただけるかという原点を再確認して選考に当たりました。中には優れた業績を背景に提案されているものの、提案の趣旨は炎症の慢性化制御の研究がメインというより付け足しという提案が多くありました。また、さきがけ事業の趣旨として当然ですが、提案者がどれだけ主導権を持って研究を進めることができるのかという点にも配慮しました。また、応募者と利害関係にある評価者の関与を避け、公平な判断を期しました。

面接審査と質疑応答の内容に関する領域アドバイザーのコメントも参考にして、最終的に13件(5年型3件、3年型10件)を採択致しました。3年型に採択された1件、「炎症の収束機構の分子基盤の確立と慢性疾患への適用」の提案が大挑戦型課題として採択されました。女性研究者による提案も3件採択され、また採択課題の研究実施場所も、東京、千葉、浜松、神戸、熊本と全国に及んでいます。

採択課題をみますと、免疫応答と炎症の関連する研究提案が半数以上を占めていますが、ストレスと炎症、がんと炎症の研究、質量分析イメージングなど多種多様な課題が選ばれました。そのうちの9件が基盤研究、3件が多様性・疾患研究、1件が技術開発です。方法論的には遺伝子・分子・細胞から組織・生理・行動にわたり、扱う細胞もT細胞からNKT細胞、ナチュラルヘルパー細胞、生殖細胞、各種がん細胞など、技術的には自動細胞解析法、分子イメージング、遺伝子改変マウスの作出と解析を含みます。

今回採択できなかった提案にも優れたものが数多くあり、絞り込み審査はたいへん困難な判断でした。準備実験の補充など提案書のさらなる改良により、次年度の機会が生かされるよう期待します。今回の選考で気づいたことは次の3点です。 (1) 5年型については、期間の妥当性について再考ください。5年間の大まかなスケジュールが必要です。 (2) 大挑戦型の提案は、それにより新たなパラダイムが広がるという視点が必要です。 (3) 応募に当たって、提案の手がかりとなる予備的データは必要です。

炎症の慢性化の研究は広範にわたるため、さきがけ事業の他の領域にも連続する部分が少なくありません。これらの領域との研究者の相互交流をはじめ領域内外の交流を、関係者の理解と支援を得ながら、進めたいと考えております。