科学技術振興機構報 第76号
平成16年6月2日
埼玉県川口市本町4-1-8
独立行政法人 科学技術振興機構
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電気を通すグラファイトナノチューブの開発に初めて成功

 独立行政法人 科学技術振興機構(理事長:沖村 憲樹)は、グラファイト構造からなる導電性ナノチューブを作ることに初めて成功した。開発に成功したのは創造科学技術推進事業(ERATO)相田ナノ空間プロジェクト(総括責任者:相田卓三*)の研究チーム。
 炭素を頂点とする六角形を隙間なく敷き詰めてできる二次元構造はグラフェンと呼ばれる。よく知られた「カーボンナノチューブ」は、この二次元シートが巻き上がってできた直径1ナノメートル(十億分の一メートル)の筒である。一方、「グラファイト」はこのシートが無数に積み重なってできた炭素の固まりである。グラファイトは工業的に広く利用されているが、カーボンナノチューブの登場以来、最先端の研究からは姿を消していた。
 今回、福島孝典研究員を中心とするグループで開発に成功した新物質は「原子配列はグラファイトだが、見かけはナノチューブ」という異色の炭素ナノ材料で、この物質をグラファイトナノチューブと命名した。このグラファイトナノチューブは、外径20ナノメートル、壁厚3ナノメートル、長さは十数ミクロンにもおよぶ。へキサベンゾコロネンと呼ばれる13個の六角形からなるグラフェン分子が溶剤中で自分勝手に離合集散しながら最終的にこのチューブ構造を与える。高温・高真空の条件を必要とするカーボンナノチューブの製造プロセスとは対照的である。グラファイトが導電性を示すように、このチューブもある条件下で導電性を示す。また、カーボンナノチューブよりも一桁大きな内空孔はゲスト物質の取り込みに適しており応用範囲も広いと考えられ、新しい機能の発現が期待される。
 本プロジェクトでは、「外部環境から遮蔽された分子の機能発現」をキーワードにナノ空間の新しい科学を探求している。「もう一つのカーボンナノチューブ」とも言える新材料はその一環で見いだされた。
 本研究成果は、6月4日付の米国科学誌「サイエンス」に掲載される。
* 東京大学大学院工学系研究科教授
<研究の背景と概略>
 「グラファイト」は炭素原子を頂点とする六角網目状のシート(グラフェンシート)が無限に積み重なってできた炭素材料で、古くから黒鉛として広く産業用途に使われている。一方、このシート一枚がくるりと巻き上がって筒状になったものが、話題の先端材料「カーボンナノチューブ」である(図1参照)。グラファイトとカーボンナノチューブは、同じ炭素材料でありながらその形状の違いから異なる性質を示し、期待されている応用分野も異なる。
 我々は今回、グラファイト構造を持ちながらチューブ形状を有する全く新しい炭素材料「グラファイトナノチューブ」を開拓した。両者の特徴を併せ持つこの新物質は電気を通し、ナノテク関連先端分野の発展に大いに貢献することが期待される。
 
<研究成果の内容>
 グラファイトは一般にコークスなどの炭素材料を高温で熱処理して製造される。一方、カーボンナノチューブは炭素原料を必要に応じて触媒の存在化でアーク放電、レーザー照射などの手段で1000℃程度の高温に置いて製造される。カーボンナノチューブの生成反応には、高温、高真空下という過酷な条件が必要である。一方、今回発表した「グラファイトナノチューブ」は、上述のグラフェンシートの最小単位と見なすことができる「ヘキサベンゾコロネン」という名前のシート状分子(略称HBC:図2-(1)参照)をある溶剤に溶かすと、それが室温程度の温和な条件下で勝手に集合し、自動的に組みあがる。グラフェンシートと同様に、この物質は本来自分同士で積み重なりやすい性質を有するので、何も細工をしなければこの積み重なりによりグラファイト類似物質ができる(図2-(2)参照)。ところが、この物質の上下にそれぞれ「水に溶解する分子部品」と「油に溶解する分子部品」をとりつけてやると(図3参照)、洗剤分子のように両者の性質が拮抗し、普通とは異なる様式で分子の積み重なりが起こり、結果としてチューブ構造を与える(図4-(1)参照)。このようにして得られる「グラファイトナノチューブ」の長さは0.05 mmにも達し、カーボンナノチューブにも匹敵する。一方、外径は20 nm(0.00002 mm)で、カーボンナノチューブのおよそ10倍に相当する(図4-(2)参照)。従って、カーボンナノチューブの穴には入らないような大きな物質を筒の内部に入れ、充填することも可能であろう。チューブの表面は水に馴染みやすい性質をもっているので、酵素やタンパク質など、水中に存在するような物質も中に取り込むことができる可能性がある。
 グラファイトナノチューブは、それ自体絶縁体であるが、ある化学的処理(酸化反応)により電気を通すようになる(図6参照)。これは、グラファイトに似た構造が電子の通り道になるためである。分子で微小な電子配線を作成する研究(分子エレクトロニクス)は世界が競って研究を行っているナノテクの最重要課題である。カーボンナノチューブよりも製造が容易で扱いやすい「グラファイトナノチューブ」は、このような微小電子回路の開発研究を始めとしてナノテクノロジーの進歩に大いに貢献することが期待される。
 
<今後の展望>
 「グラファイトナノチューブ」のもととなるヘキサベンゾコロネンにあらかじめ化学的な細工を施しておくと、それらをチューブ状に集合させることにより望みの性質や機能をもった「グラファイトナノチューブ」設計可能になる。もっと電気を流しやすいナノチューブ、水素などを貯蔵可能なナノチューブ、磁石のような性質を有するナノチューブ、酵素機能を付与したナノチューブ、遺伝子注入を可能にするバイオ関連ナノチューブの製造など、この革新的なコア技術により様々な応用が期待される。
 本研究の測定に際し、伊藤耕三教授のグループ(東京大学大学院新領域創成科学研究科)、および、石井則行博士(独立行政法人産業技術総合研究所生物情報解析研究センター)の協力を得た。
 
[論文名]
Self-Assembled Hexa-peri-hexabenzocoronene Graphitic Nanotube
(ヘキサペリヘキサペリベンゾコロネンの自己組織化によるグラファイト状ナノチューブ)
doi :10.1126/science.1097789
 
[研究主題]
創造科学技術推進事業「相田ナノ空間プロジェクト」
(研究期間 2000年10月~2005年9月)
 
[補足説明図] 図1 グラファイト、グラフェンシート、およびカーボンナノチューブの基本構造。
図2 (1)ヘキサベンゾコロネン(HBC)の化学構造式と
   (2)固体構造の模式図。
図3 ナノチューブの原料となるHBC誘導体の化学構造式とナノチューブの合成法。
図4 (1)溶液中でできたナノチューブの透過型電子顕微鏡写真
   (2)固体として取り出したナノチューブの走査型電子顕微鏡写真。
図5 分子が集まってナノチューブが生成する仕組み。
図6 (1)180ナノメートルの間隔をもった電極にのったナノチューブの原子間力顕微鏡像と
   (2)様々な温度での電流電圧特性。
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 <本件問合わせ先>
相田 卓三(あいだ たくぞう)
独立行政法人 科学技術振興機構
創造科学技術推進事業 相田ナノ空間プロジェクト 総括責任者
〒113-8656 東京都文京区本郷 7-3-1
東京大学大学院 工学系研究科 教授
TEL: 03-5841-7251 FAX: 03-5841-7310

古賀 明嗣(こが あきつぐ)
独立行政法人 科学技術振興機構
戦略的創造事業本部 特別プロジェクト推進室
TEL:048-226-5623 FAX:048-226-5703
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