JSTトッププレス一覧科学技術振興機構報 第754号別紙2 > 研究領域:「iPS細胞と生命機能」
別紙2

平成22年度(第1期) 新規採択研究代表者・研究者および研究課題の概要

さきがけ

戦略目標:「細胞リプログラミングに立脚した幹細胞作製・制御による革新的医療基盤技術の創出」
研究領域:「iPS細胞と生命機能」
研究総括:西川 伸一((独)理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター 副センター長/グループディレクター)

氏名 所属機関 役職 研究課題名 研究型 研究
期間
研究課題概要
北畠 康司 大阪大学 医学部附属病院総合周産期母子
医療センター
特任助教 染色体異常症候群における合併症の発症メカニズムの解明 通常型 3年  ダウン症候群をはじめとする染色体異常症ではさまざまな合併症が見られます。しかしこれらの症状が染色体のどのような作用によって起こるのかについてはよく分かっていません。本研究では染色体異常症候群における合併症の発症メカニズムの解明を目指し、疾患特異的ヒトiPS細胞を用いて解析を行います。将来的にはこれをさらに発展させ、臨床的知見に基づいた小児難治性疾患の病態解明と治療法の確立を目指します。
下島 圭子 東京女子医科大学 統合医科学研究所 研究生 疾患iPS細胞を用いた大脳皮質構造形成メカニズムの解明 通常型 5年  本研究では、微細なゲノムコピー数異常が脳の形成に与える影響について、疾患特異的iPS細胞を用いて検証することを目指します。具体的には、これまでの研究でゲノムコピー数異常を明らかにした脳形成障害をみとめた症例から疾患特異的iPS細胞を樹立し、神経系細胞に分化誘導させ、大脳皮質構造の形成メカニズムの解明と治療に向けた研究を行います。
高島 康弘 ケンブリッジ大学 ウェルカムトラスト幹細胞研究センター 研究員 純然たるヒトiPS/ES細胞の樹立、維持および増殖機構の解析 通常型 3年  本研究では、完全にリプログラミングされた真のヒトiPS細胞を樹立し、ヒト胚性幹(ES)細胞/iPS細胞の株間における多様性のみならず、同一細胞株内における不均一性という問題を解決する事を目標とします。具体的には、完全にリプログラミングされたiPS細胞の効率的かつ簡便な樹立方法と培養条件の確立、将来の再生医学研究の中心となるヒトES/iPS細胞の樹立、マウスやヒトという種間を越えたES細胞の維持機構の理解を目指します。
竹内 純 東京大学 分子細胞生物学研究所 准教授 心臓細胞未分化性とクロマチン結合因子群 通常型 5年  心筋分化過程で、未分化細胞維持機構の理解や、一旦分化した細胞を心臓前駆細胞あるいは心臓幹細胞に巻き戻す方法の開発は、多くの組織再生・創製に寄与すると考えられます。本研究では、エピジェネティックシグナルのクロマチン結合因子に着目し、心臓前駆細胞・心臓幹細胞の誘導メカニズムを明らかにします。さらに、線維芽細胞等からiPS細胞を介さずに直接心筋のみならず心臓構成細胞を誘導する方法を確立し、線維化症などで苦しむ重症心不全患者の新しい治療法開発への貢献を目指します。
伊達 英俊 東京大学 医学部附属病院
神経内科
特任助教 連鎖解析とiPS/ES技術を用いた遺伝性疾患遺伝子同定法の開発 通常型 3年  遺伝性疾患の原因遺伝子が存在する候補領域を決定する連鎖解析は、家系の大きさや同一疾患家系の集積に依存しており、単一家系での連鎖解析で候補遺伝子を絞り込むことは非常に困難です。本研究では、患者由来の細胞からiPS/ES技術を駆使して、in vitroで病変部位細胞を再現し、患者特異的な転写産物と連鎖解析による候補遺伝子の2群に重複する遺伝子から一家系のみで疾患の原因遺伝子を効率よく同定することを目指します。
堀田 秋津 京都大学 iPS細胞研究所 助教 人為的核内環境制御による高品質iPS細胞の誘導 通常型 3年  山中4因子によるiPS細胞誘導は非効率でばらつきが大きいため、いかに高品質で安全なiPS細胞を再現性よく樹立出来るかが大きな課題となっています。本研究では、低品質なiPS細胞が高品質な状態へ変換される過程において、種々の核内構造変化が引き起される事に注目し、数々の候補因子を用いてこれらの核内構造を人為的に操作することを試みます。核内環境をES細胞に近づける事で、実用化に耐え得る新規iPS細胞作製法の開発を目指します。
武藤 太郎 徳島大学 大学院ヘルスバイオサイエンス研究部 助教 実験人類遺伝学の確立 大挑戦型 3年  本研究では、遺伝病をもたらす遺伝的変異をヘテロ接合性で保持する1人のヒトから、その変異遺伝子座を同定するための遺伝学を展開する事を目標とします。具体的には、変異の保持者の細胞を初期化し、減数分裂を行わせ、染色体の相同組み換えを起こした直後の細胞を改めて初期化します。このことにより、遺伝的変異をホモ、ヘテロ、無しのいずれかで受け継ぐ娘細胞クローンの集団を作製し、それらの遺伝学的解析により、疾患遺伝子座の同定を目指します。
八木田 和弘 大阪大学 大学院医学系研究科 准教授 リプログラミング技術で解く細胞分化と時計機構の関係 通常型 3年  概日時計は、ほぼ全身の細胞に備わっている基本的生命現象です。うつ病やがんなど様々な疾患との関連性が知られていますが、現在でも、概日時計の原理の理解が不十分なため、外部環境の乱れが疾患の発症につながる分子基盤はよく分かっていません。本研究では、ES細胞の分化やリプログラミング技術を応用した概日時計の成立機序の解析を通して、時計機構の動作原理を明らかにし、環境適応の破綻が疾患につながる仕組みの理解を目指します。
渡邉 朋信 大阪大学 免疫学フロンティア研究センター 特任助教 分化・発生を理解する多次元定量計測技術の基盤開発 通常型 3年  人工多能性幹細胞(iPS細胞)は、生命倫理・拒絶反応問題を回避できる幹細胞として、生物学・医療分野への大きな貢献が期待されています。本研究では、iPS細胞のリプログラミングや分化誘導を、複雑な遺伝子発現や蛋白質間相互作用、あるいは、細胞間ネットワークの状態遷移として記述し理解することを目的とし、iPS細胞の分化・組織形成過程における蛋白質・細胞の「局在・機能・動態の網羅的定量計測」技術の基盤開発を目指します。

(五十音順に掲載)

<総評> 研究総括:西川 伸一((独)理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター 副センター長/グループディレクター)

さきがけ「iPS細胞と生命機能」も最後の3期生の選考となりました。誰もがiPSの可能性を本当に理解することなく熱に浮かされていた最初の年と比べると、iPSの可能性や問題を十分認識した上で提案された応募が多かったと思います。特に、自らiPSを経験した上で提案されていた応募が数多く、日本でのこの分野の拡がりを感じさせるものでした。残念ながら採択することは出来ませんでしたが、iPS樹立や培養のプロフェッショナルともいうべき研究者からの応募をいただいたことも初めての経験でした。これらの研究提案は以前であれば必ず採択されただろうと思います。しかし、経験は乏しくとも新しい発想を持つ研究者という観点で選考を行ったため、現在世界中で競争が進んでいる分野の提案については、優れた実績があっても採択することが出来ませんでした。また、今年の応募数は昨年より減り65件、初年度の半分という状況であったため、全体で8件程度という採択枠を設けざるを得なかったことも、実績のある研究者を採択できなかった理由の1つです。これまでの採択傾向を見た上で自信を持って応募してくれた方々には申し訳ないことをしたと思っています。しかし従来より、さきがけ本領域では、経験は乏しくともiPSに啓発された新しい発想の研究提案を優先して採択してきました。その意味で、本年選んだ、大挑戦型1件、5年型2件、3年型6件はすべて、審査員全員が本当に良い研究者を選ぶことが出来たと満足できる素晴らしい提案であったと思っています。

今年の特徴として目立つのは、研究目的はiPS自体ではなく、これまでの自分の研究にiPSを利用するという提案で、採択された9件中、実に6件がこの範疇に入ります。「iPSを用いた疾患モデル研究は単なる流行り、何の新味もない」と非難される向きもあるかも知れません。しかし、6件すべて、それぞれの分野で苦労してきた研究者が、iPSに新しい活路を見いだそうというもので、例えば「実験人類遺伝学の確立」など、私たちの想像を超えた提案が飛び出し、審査員を驚かせました。また、臨床家として疾患と向き合ってきた中でiPSに出会った興奮をそのまま伝える熱い提案も審査員の感動を呼びました。あと残りの3件は、エピジェネティックリプログラミング過程を解析するというものでした。もちろん競争の激しい分野ですが、それぞれの実績を持ってすれば大きな成果が生まれると期待しています。一方、今回採択された研究者の多くは、iPSを研究に使った経験は極めて浅いという印象を持ちました。しかし、1、2期生にはこの分野の経験を積んだ研究者も多く、領域内での交流を通して3期生がそれぞれの経験不足を解決してくれることと期待しています。

「iPSに啓発された新しい発想の提案を支援したい」と最初に思い描いた私の構想は、このように最後の年になってほぼ実現できたと満足しています。後は、さきがけ領域内での垣根のない交流を通して、是非それぞれがiPSに託した夢を実現してもらえるよう、私も協力したいと思っています。