JSTトッププレス一覧科学技術振興機構報 第670号資料2 > 研究領域:「人工多能性幹細胞(iPS細胞)作製・制御等の医療基盤技術」
資料2

平成21年度 戦略的創造研究推進事業(CREST)
新規採択研究代表者および研究課題概要

戦略目標:「細胞リプログラミングに立脚した幹細胞作製・制御による革新的医療基盤技術の創出」
研究領域:「人工多能性幹細胞(iPS細胞)作製・制御等の医療基盤技術」
研究総括:須田 年生(慶應義塾大学 医学部 教授)

氏名 所属機関 役職 研究課題名 研究課題概要
井上 治久 京都大学 物質-細胞統合システム拠点 iPS細胞研究センター 准教授 iPS細胞を駆使した神経変性疾患病因機構の解明と個別化予防医療開発 本研究では、アルツハイマー病、筋萎縮性側策硬化症患者iPS細胞から神経系細胞を分化誘導し、神経変性を生じる微小環境(ニッチ)を再現します。また、ニッチのミスフォールドたんぱく質モニタリングによる疾患予防法の確立、遺伝学的解析によるニッチ制御分子同定と該分子機能のモデル動物での評価を行います。この研究により、現在これらの神経変性疾患制圧のために最も重要とされる『早期診断・早期治療』をより発展させた個別化医療開発が可能になることが期待されます。
江良 択実 熊本大学 発生医学研究所 教授 iPS細胞を用いた組織幹細胞誘導の確立と分子基盤の解明 間葉系幹細胞、造血幹細胞、腎前駆細胞は、難治性疾患を根治することができる有用な幹細胞です。本研究では、iPS細胞からこれらの幹細胞を、中間段階の細胞を明らかにしながら誘導する方法を確立し、幹細胞の発生・分化の分子メカニズムを明らかにすることを目指します。本研究の成果により、幹細胞を用いた従来の研究と治療をより促進させると同時に、新しい治療方法の開発を加速させる基盤が生み出されることが期待されます。
斎藤 通紀 京都大学 大学院医学研究科 教授 生殖系列におけるゲノムリプログラミング機構の統合的解明とその応用 生体における秩序だったゲノムリプログラミング過程を内包する生殖系列発生機構の研究は、iPS細胞誘導機構の研究を相補し、両機構の解明は、細胞の運命決定・機能維持機構解明において高い相乗効果を生み出し、再生医療の実現に貢献すると考えられます。本研究課題では、生殖細胞の初期発生過程に随伴するゲノムリプログラミング過程の本態を高解像度で解明し、ゲノムリプログラミングを引き起こす分子機序を解明、試験管内で再構成することを目指します。
高倉 伸幸 大阪大学 微生物病研究所 教授 生理的細胞リプログラミング機構の解明とその応用 体細胞のリプログラミングは個体内でも生理的および内因性に生じうることが徐々に明らかになってきました。本研究では、造血幹細胞が体細胞に遺伝子/たんぱく質を供給して幹細胞化を誘導し、障害を受けた組織の再生に貢献しているとの予備的実験成果に立脚して、この分子機序を明らかにします。また、体内でこのような幹細胞化を受け入れる特殊な細胞を定義し、単離することにより、造血幹細胞による組織再生の画期的治療法の開発を目指します。
高橋 淑子 奈良先端科学技術大学院大学 バイオサイエンス研究科 教授 神経堤細胞をモデルとした生体内での細胞リプログラミング法の開発 iPS細胞の発見は、一旦分化を遂げた細胞を他の細胞タイプへと転換させる技術に道を開きました。分化転換を直接生体内で行うことが出来れば、試験管内でのiPS化やその後の移植手術など複雑な過程を回避できるものと想定されます。本研究では、生体内での分化転換法を、神経堤細胞とよばれる神経の幹細胞をモデルとして確立することを目指します。この方法は神経以外の組織にも応用可能であり、次世代型の再生医療のモデルとして期待されます。
妻木 範行 大阪大学 大学院医学系研究科 独立准教授 組織幹細胞/前駆細胞を誘導するディレクテッドリプログラミング技術の開発 皮膚細胞を一旦iPS細胞にフルリプログラミングした後に臓器細胞へ再分化させ、疾患臓器を再生させることが可能になりつつあります。一方、本研究では細胞リプログラミング技術を応用し、マウス皮膚細胞から直接、軟骨前駆細胞を作り出すことを目指します。この細胞は生体で均一な軟骨組織を作り、関節疾患に対する再生医療の材料を供給しうるものです。本手法では多能性の段階を経ずに目的の細胞を得るため、腫瘍化の可能性が低減し、均一な臓器組織を作りうると考えられます。
西田 栄介 京都大学 大学院生命科学研究科 教授 細胞リプログラミングと分化における転写調節機構 本研究は、Ⅰ.細胞リプログラミング過程における転写プログラム変換の分子機構の解明、Ⅱ.細胞分化の諸過程における遺伝子発現変換プログラムの解明、Ⅲ.転写カスケードを用いて分化細胞から別の分化細胞へ転換させる自動プログラムの樹立とその機構解明、Ⅳ.転写因子の作用機構およびエピジェネティック制御の調節機構の解明、を目標とし、iPS細胞から特定の組織、器官を作製する技術の分子的基盤を与えることを目指します。

(五十音順に掲載)

<総評> 研究総括:須田 年生(慶應義塾大学 医学部 教授)

本研究領域は、iPS細胞を基軸とした細胞リプログラミング技術の開発に基づき、当該技術の高度化・簡便化を始めとして、モデル細胞の構築による疾患発症機構の解明、新規治療戦略、疾患の早期発見などの革新的医療に資する基盤技術の構築を目指す研究を対象としています。平成20年度に第1回目の採択を行い、10の研究チームによって日々研究が推進されているところです。

新たな研究チームを加えるべく今年度も募集を行ったところ、本研究領域に対しては62件の提案がありました。昨年は多くの研究者にとって、iPS細胞に関する研究経験が豊富でない状況であったと思われますが、今年度の提案課題についてはiPS細胞に関係する具体的な仮説やデータが多く盛り込まれてきたように感じられました。全体として、提案課題の内容のレベルが上がったようにも思われました。

これらのレベルの高い研究提案の中から採択課題を精選するということ、また国内外で研究成果が目まぐるしく生み出され変化が激しい状況にあることから、選考審査には昨年以上に困難を伴いましたが、領域アドバイザーの協力を得て書面選考を行い、18課題に対して面接選考を行いました。結果として、7課題の採択に至りました。採択課題の内容は、iPS細胞を用いた組織幹細胞誘導についての研究、フルリプログラムさせないディレクテッドリプログラミングの技術開発、iPS細胞を病態解明や予防医療に応用しようとする研究などとなっています。いずれもハイレベルな内容であり、iPS細胞に関する研究の発展に少なからず寄与していくものと考えています。

来年度は本研究領域として最後の公募を実施する予定です。技術革新が今もなお続く研究分野ですが、その中でも魅力ある研究課題となるよう、基盤的データの蓄積や共同研究者との緊密な研究協力体制の構築を進めていただき、新しいパラダイムを切り拓くような本格的かつ挑戦的な研究課題のご提案を期待しています。