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資料2

平成21年度 戦略的創造研究推進事業(さきがけ)
新規採択研究者および研究課題概要

戦略目標:「運動・判断の脳内情報を利用するための革新的要素技術の創出」
研究領域:「脳情報の解読と制御」
研究総括:川人 光男((株)国際電気通信基礎技術研究所(ATR)脳情報研究所 所長/ATRフェロー)

氏名 機関名 役職名 研究課題名 研究
タイプ
研究
期間
研究課題概要
池谷 裕二 東京大学 大学院薬学系研究科 准教授 神経回路網が示す自発的可塑性のルール抽出と制御 通常型 3年 脳回路の発火活動の大多数は外部情報と直接関連を持たない自発活動で、この自発活動を通じて脳回路は自らを自己編成しています。本研究では、回路編成の法則を発見することで自発活動のパターンを予測し、さらに自由自在にパターン情報を書き込むことを目指します。脳回路の動作原理や学習則の理解が深まるだけでなく、脳回路の制御と解読、人工回路の設計などについても貢献ができます。
小川 宏人 北海道大学 大学院理学研究院 准教授 実行動下動物における方向情報の脳内表現と変換機構の解明と展開 通常型 3年 動物は刺激のやってきた方向を認識して、自分がどちらへ移動するかを決めます。そのためには、脳の中で「刺激が来た方向」という情報を取り出して脳の中で表現し、それを「自分が向かおうとする方向」に変換しなければなりません。本研究では、コオロギにいろいろな方向から音や風の刺激を与えて、刺激を受け取った時や歩行しようとしている時の脳の活動を光を使って計測し、「方向」の表現と変換を行う神経システムを明らかにします。
鎌田 恭輔 東京大学 医学部 講師 脳機能画像と多チャンネル electrocorticogram 融合による言語機能関連 BMI の開発 通常型 3年 複数の文字を見せて、脳表面に留置した電極から認知関連機能脳皮質電位(ECoG)を検出します。ECoGにより脳皮質の周波数成分の経時的・局在変化を解析し、脳機能連合パターンを解読して言語機能出力Brain-machine interfaceとの融合を目指します。ヒト脳機能信号を確実に捉えるために、電極を置く場所は術前に同様の課題による機能MRI、脳磁図の結果を参考にします。
北城 圭一 (独)理化学研究所 脳科学総合研究センター 副チームリーダー リアルタイムTMS制御による脳情報処理の操作的検証 通常型 3年 ヒトの脳活動状態をモニタし、その状態に応じてリアルタイムでTMS(経頭蓋磁気刺激)により脳活動を操作し、知覚状態と脳活動状態との因果関係を検証します。特に脳の大域的な振動同期活動に注目し、これをリアルタイムに操作制御し、脳の振動同期活動と知覚状態の因果関係を操作的に検証する革新的なシステム神経科学的手法として開発し、その有効性を実証します。
喜多村 和郎 東京大学 大学院医学系研究科 助教 感覚情報をコードする局所神経回路の機能構築 通常型 3年 脳の情報処理を理解するためには、その基盤となる局所神経回路のはたらきを知ることが不可欠です。本研究では、2光子イメージング技術を駆使することで、個体脳(in vivo)の大脳皮質において、局所回路の感覚情報表現や安定性、可塑性を1シナプス・1ニューロンレベルの空間解像度で明らかにします。これにより、BMI技術に欠くことのできない、皮質局所回路の機能構築に関する核心的な知見を得ます。
河野 崇 東京大学 生産技術研究所 准教授 機能的シリコン神経ネットワークの構築 通常型 5年 神経細胞の電気生理学的機能をまねた電子回路(シリコンニューロン)を組み合わせてシリコン神経ネットワークを構築し、リアルタイムで神経ネットワークの機能を模倣するシステムを実現します。数学的手法を積極的に用いることにより、より低消費電力・コンパクトな回路を可能とし、複雑で自律的なアクチュエータ・ロボット制御やBMIデバイスの高機能化、小型低消費電力化、ロバストで自律的な情報処理システムの実現を目指します。
駒井 章治 奈良先端科学技術大学院大学 バイオサイエンス研究科 准教授 光学的BMIによる感覚・運動情報の解読と応用 大挑戦型 5年 これまでの脳波を用いた機器の制御では難しかった微細な指の動きや感覚を、訓練することなく再現する技術を開発することを目指します。「光」を用いることにより、多数の神経細胞の活動を、より選択的に記録可能になることが想定されます。さらには選択的に神経回路を刺激することも可能となり、積極的なリハビリへの応用も想定されます。
関 和彦 自然科学研究機構 生理学研究所  助教 感覚帰還信号が内包する運動指令成分の抽出と利用 通常型 5年 感覚帰還信号は生物のすべての運動によって自動的に生じ、中枢神経系に戻ってくる信号です。本研究では、生物がこの帰還信号をどのように用いて運動をコントロールしているのかを明らかにします。特に感覚帰還信号が脊髄固有神経回路を経由して直接筋肉を駆動するメカニズムに注目し、感覚帰還信号を強化することによって損傷脳の運動制御を支援し、リハビリテーションを促進する方法を開発します。
竹本 研 横浜市立大学 医学部 助教 記憶獲得維持の分子システムの解明~記憶の消去は可能か? 大挑戦型 3年 海馬は記憶を司る重要な脳の領域で、これまではin vitroにおいて海馬シナプス応答に関する分子機構が研究されてきましたが、今後は実際の動物個体の学習記憶システムを深く理解することが重要です。本研究では、開発したAMPA受容体のacuteな機能破壊技術を用いて、1スパインレベルでの「記憶の消去」に挑戦することで、特に複数の記憶が混じり合わず獲得維持される分子システムの解明を目指します。
西村 幸男 ワシントン大学 医学部 訪問研究員 人工神経接続によるブレインコンピューターインターフェイス 通常型 5年 本研究では、患者さん自身の損傷されずに残った神経と四肢を有効利用し、神経代替装置を介して神経同士を繋ぐ「人工神経接続」によるブレインコンピューターインターフェイス(BCI)技術により、自分自身を「制御し」、「感じる」ことのできるシステムの構築を目指します。具体的には、脊髄損傷モデル動物での機能再建とパーキンソン病モデル動物での不随意運動が出たときに電気刺激を与え症状を緩和する治療的BCIを試みます。
林 隆介 (独)理化学研究所 脳科学総合研究センター 研究員 BMIを介した観察者間の知覚共有技術の開発 通常型 3年 脳情報を伝達することで、同一知覚体験の共有を支援するブレイン・ブレイン・インターフェースの開発を目指します。動物モデルを用いたシステム開発と検証実験を行い、知覚決定に関わる脳内情報処理を解明します。このシステムのようなコミュニケーション・ツールの拡大により、将来的に、人間同士の創造的な協調作業が可能になります。
肥後 範行 (独)産業技術総合研究所 脳神経情報研究部門 主任研究員 大脳皮質への神経活動入力による機能回復促進 通常型 3年 ニューロリハビリテーションの1つに脳電気刺激があり、本研究では機能代償に関わる神経活動を入力する新たな脳刺激法の確立を目指します。運動のタイミングに合わせた神経活動入力が機能回復に及ぼす効果を行動学的に評価し、従来型電気刺激法との相違を検証します。さらに回復の背景にある脳神経システムの変化を、遺伝子発現や解剖学の手法を用いて明らかにします。
南本 敬史 (独)放射線医学総合研究所 分子イメージング研究センター 主任研究員 モチベーションの脳内機構と制御 通常型 3年 我々の行動を支配するモチベーションは、報酬などの外的要因と欲求という内的要因によって動的に制御されています。本研究では、2要因に基づいてモチベーションを制御する神経機構の探索・モデル化を行い、モチベーションを外部から制御することでそのモデル検証し、最終的にシステムから分子レベルまで統合されたモチベーション制御モデルの構築を目指します。得られたモデルは、うつ病の診断・治療といった応用が可能です。
渡部 文子 東京大学 医科学研究所 助教 情動記憶形成と消去を担う扁桃体局所回路の制御機構の解明と応用 通常型 3年 恐怖などの情動は、危険な場所や刺激を記憶するなど、私たちの生存維持にとても大切です。本研究では、恐怖学習の成立とその消去に関与する細胞群を、特殊な遺伝子改変マウスを用いて可視化します。さらに分子・細胞生物学的手法と電気生理学的手法を駆使して、その神経回路レベルの調節機構を明らかにします。本研究成果から恐怖記憶の消去を制御するヒントが得られ、PTSDなどのリハビリテーションへの応用が可能となります。

(五十音順に掲載)

<研究総括総評> 研究総括:川人 光男 ((株)国際電気通信基礎技術研究所(ATR)脳情報研究所 所長/ATRフェロー)

社会を構成する私達人間の日常活動は、こころの器官である脳の機能に大きく依存します。非侵襲脳活動計測手法、分子生物学的手法の導入や計算理論の進歩などが相まって、脳科学は今や医学や自然科学のみでなく、人文・社会科学とも協力し、社会生活のさまざまな側面を豊かにする応用分野を築きつつあります。本領域では、脳神経科学の基礎的研究と応用の互恵的進展のため、「新進気鋭の研究者が両者を良く理解し、創造的成果を上げる」ことのできる研究環境を提供したいと考えています。

本研究領域は「運動・判断の脳内情報を利用するための革新的要素技術の創出」を目的とし、脳科学の基礎的研究と、大きな社会貢献が期待される応用分野をつなぐ、「探索的研究や革新的技術開発」を対象に昨年度発足しました。第1軸に計算・実験神経科学/工学/臨床医学/生物学/人文・社会科学/情報学など多方面の学問領域、第2軸に基礎的研究/実用的技術開発、第3軸にBMI/ニューロリハビリテーション/ニューロマーケティング/ニューロエコノミクス/ニューロゲノミクス/ニューロエシックスなどの応用分野をとり、この3つの軸に関し、学問分野、基礎/実用、応用目的のいずれについても、異なる背景と価値観を持つ研究者を広く求め、その間に知的で実り多い交流を促し、神経科学とその応用分野の良好な共進化の礎を築くことを目指します。

本研究領域の公募に対し、116件(3年型79件、5年型37件)と多くの応募があり、また本年度新設の大挑戦枠にも28件(上記と重複)の希望がありました。昨年度と比べ、本年度は広い分野からバランスのとれた応募がありましたが、いずれも、第一線で活躍されている研究者の提案で、脳科学の新しい方向性を求める意欲的な内容が多く、上記3軸のいずれについても独創性の高いものが、数多くありました。領域アドバイザー12名の協力を得て、これらの応募課題の書類選考を厳正に行い、特に優れた研究課題28件に対して面接選考を行いました。最終的に、通常型12件(内女性研究者1名)の採択と、大挑戦型4件の推薦を行いましたが、大挑戦型審査会における審査の結果、大挑戦型は2件が採択されました。審査に当たっては、応募課題の利害関係者の関与を避け、他制度の助成金なども留意し、公平・厳正に行いました。書類・面接選考に際しては、研究構想、計画性、戦略目標への適合性などの観点の他、基礎的課題に対し科学的水準、応用的課題について実用化の具体性を考慮しました。特に若手研究者育成を図る意味で、新分野を切開く独創性とチャレンジ性を重視しました。

脳科学の方法論はまだ確立されたものがあるわけではなく、その発展には人材育成が重要であることから、若手研究者から基礎/応用、実験科学/理論科学の融合を図った研究課題や、新しい対象や斬新で独創的な方法論をもとにした研究課題が今後とも、提案されること期待します。