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別紙2

戦略的創造研究推進事業 研究領域「新規材料による高温超伝導基盤技術」
新規採択研究代表者・研究者および研究課題概要


戦略目標:「異種材料・異種物質状態間の高機能接合界面を実現する革新的ナノ界面技術の創出とその応用」
研究総括:福山 秀敏(東京理科大学 理学部 教授)

1.チーム型研究(22件) ※所属機関・役職などは平成20年9月時点のものです。

氏名 所属機関 役職 研究課題
生田 博志 名古屋大学 大学院工学研究科 教授 局所構造制御による鉄砒素超伝導薄膜の物性制御基盤技術の構築
研究課題概要
 「構造制御を通した物性制御」という視点で、鉄ヒ素系超伝導薄膜を作製する技術の確立を目指します。具体的には、鉄ヒ素系超伝導体と基板の中間層となるインジウムガリウムヒ素(InGaAs)の組成を制御することによって、広範囲にわたり格子の歪みを制御した薄膜試料を系統的に実現し、物性を人為的に制御します。
 構造制御された試料はバルク試料(焼結体・単結晶)とは異なり、組成変化など他の影響を伴わずに超伝導転移温度が変化するため、本系の超伝導機構の理解に理想的な舞台を提供することが期待できます。そこで、磁化率、抵抗率などの基本的な超伝導特性を測定するだけでなく、トンネル分光および赤外・ラマン分光により超伝導ギャップなどの物理量を測定し、一方でX線吸収微細構造等による局所構造解析も推し進め、構造と物性の相関の立場から超伝導発現機構の本質に迫ります。
 これらを遂行するために、高温超伝導体研究とガリウムヒ素(GaAs)やマンガンヒ素(MnAs)などの化合物半導体薄膜成長をそれぞれ専門とする研究者らが共同して課題に取り組み、鉄ヒ素系超伝導体の物質科学を構築することを目指します。
石田 憲二 京都大学 大学院理学研究科 教授 核磁気共鳴(NMR)実験によるオキシニクタイド化合物の研究
研究課題概要
 本研究チームは、鉄ヒ素系超伝導体とその関連物質の超伝導状態および磁気状態を、微視的な実験手法である核磁気共鳴実験(NMR)から調べます。具体的には、(1)磁気相と超伝導相の関係、(2)常伝導状態の磁気励起、(3)磁気励起と超伝導の相関、(4)超伝導ギャップの構造、(5)超伝導対の対称性などを調べ、鉄ヒ素系高温超伝導の特性を明らかにします。さらに、得られた結果を銅酸化物高温超伝導体や他の遷移金属酸化物超伝導体、および現在までに既知である強相関電子系超伝導体の結果と比較し、類似点や相違点を明らかにすることによって、鉄ヒ素系超伝導体の物性や特殊性、ひいては超伝導機構を明らかにすることを目指します。
 これらの研究を通して、二次元層状オキシニクタイド構造のもつ特殊性を明らかにし、超伝導と磁性が競合する新たな「強相関エレクトロニクス」の舞台としてふさわしいかどうか検討します。
 このような研究が物質開発の指針への有用な情報をもたらすものと期待できます。
永崎 洋 (独)産業技術総合研究所 エレクトロニクス研究部門 主任研究員 鉄ヒ素系超伝導体の転移温度決定因子の解明と物質設計への適用
研究課題概要
 本研究は、鉄ヒ素系高温超伝導体研究における以下の中心課題に取り組み、明確な回答を引き出すことを目的とします。
(1)なぜ、鉄とヒ素の組み合わせが高温超伝導に最適か
(2)高温超伝導を最適化するパラメーターは何か
(3)更なる転移温度の向上は可能か
 これらの目的を達成するため、本研究グループが独自に開発した酸素欠損型鉄ヒ素超伝導体(LnFeAsO1-y)系および良質の単結晶が育成可能なBaTM2Pn2 系を主たる研究対象とし、「高圧合成法を主とする純良単結晶・多結晶試料作製」、「多重極限(高圧、高磁場、低温)下をも含む輸送特性・磁気特性・X線回折・中性子回折等による多面的物性評価」、「第一原理計算に基づく実験結果の理論的解析および新物質探索指針の提案」の3つの手法を有機的に組み合わせることにより、対象物質に対する包括的な知見を獲得します。さらに得られた情報をもとに、本系の高温超伝導機構解明を目指すとともに、より高いTc を有する物質の開発を行います。
大串 研也 東京大学 物性研究所 特任講師 精密物性測定による鉄系超伝導体の電子状態解明
研究課題概要
 鉄ニクタイド系化合物における高温超伝導発現のメカニズムを解明するために、純良単結晶に対し精密物性測定を実施します。電荷、スピン、構造が複合的に絡んだ静的秩序状態と、秩序状態からの素励起・集団励起・揺らぎを調べるために、NMR、中性子散乱、光電子分光、輸送現象という広範なスペクトルにわたる測定手法を適用します。さらに、通常環境下では乱れに覆い隠されている本質的特性を、高圧、強磁場という極限環境下で詳らかにします。こうした物質合成から物性測定にわたる総合的研究を通して、鉄系超伝導体の電子状態をミクロな視点から理解していきます。東京大学物性研究所内で、若手研究者がシニアな研究者と緊密な連携を取りながら研究を遂行することで、速やかに本質に迫る知見を得ることを目指します。
小田部 荘司 九州工業大学 大学院 情報工学院 教授 鉄ニクタイド系高温超伝導体における臨界電流密度の高精度な評価
研究課題概要
 超伝導体を実際に工学応用する際には、流せる電流密度の最大値である臨界電流密度が十分に高い必要があり、臨界電流密度の正確な評価および将来の値の予測は、非常に重要となります。鉄ニクタイド系高温超伝導体はまだ発見当初であり、製法が確立されていないために多結晶試料が次々に作られている状態ですが、このような試料において、電磁現象をきちんと理解せずに臨界電流密度を評価すると、数桁違う値になることがあります。また、将来どのくらい臨界電流密度が向上できるかを正しく予測しないと、材料の将来性を見誤る可能性があります。本研究では、これまでに私たちが金属系や銅酸化物系超伝導体で培った超伝導体の電磁現象の理解に基づき、鉄ニクタイド系高温超伝導体の臨界電流密度の正確な評価および将来の値の予測を行い、材料としての可能性を定量的に明らかにします。
黒木 和彦 電気通信大学 電気通信学部 教授 鉄ニクタイド系化合物超伝導体の微視的・非経験的理論研究
研究課題概要
 第一原理電子状態計算、多体モデル計算の専門家を結集し、それぞれの得意とするアプローチを有機的かつ複合的に組み合わせて、微視的な立場から鉄ニクタイド系化合物の本質を明らかにすべく、以下の課題に取り組みます。
(1)精密な計算による超伝導機構の解明
(2)ギャップ関数の対称性や構造などの超伝導特性の解析
(3)磁性、輸送特性などの常伝導状態の諸物性の解析
(4)界面・接合系での輸送特性の解析
(5)新しい方法による電子状態計算、微視的有効模型の第一原理的構築
(6)新結晶構造、新物質群の探索。特に、より高い転移温度の実現を目指す物質設計
 非経験的な計算をベースにできるだけ現実に即した計算を実行し、実験グループとの連携を密に取りながら、既存の実験事実の解明のみにとどまらず、新概念の創出、新物質の設計を積極的に行うことを目標とします。
小堀 洋 千葉大学 大学院理学研究科 教授 鉄ニクタイド系高温超伝導体の磁気共鳴法による超伝導発現機構の解明
研究課題概要
 核磁気共鳴法(NMR)、ミュオンスピン共鳴法(μSR)等の磁気共鳴法は、超伝導の発現機構の解明にとり強力な手法です。本研究グループは、従来の限界圧力の3ギガパスカル(GPa:1GPa=10万気圧)程度を遙かに超える最高20GPaの超高圧下NMR と、世界で初めて運用が開始されたパルス状高圧下μSR(1GPa)などを用い、系の状態を大きく変化させ、鉄ニクタイド系超伝導体で生じる超伝導状態の微視的描像を明らかにします。また、理論的にも自己エネルギー汎関数理論に基づいたクラスター変分法により鉄ヒ素化合物の電子状態を計算して実験結果との比較を行ない、この系の特異な電子物性の起源を明らかにし、高い超伝導転移温度が出現する条件を探ります。
佐藤 宇史 東北大学 大学院理学研究科 助教 高分解能ARPESによる鉄系高温超伝導体の微細電子構造の研究
研究課題概要
 本研究は、超高分解能角度分解光電子分光法を用いて、鉄系高温超伝導体の電子構造、具体的には「フェルミ面」、「バンド分散」、「超伝導ギャップ」、「擬ギャップ」、「準粒子」を直接観測し、その高温超伝導機構の解明を目指すものです。
 まず、超伝導を記述するモデルを構築する上で最も基本となる「フェルミ面」と「バンド構造」を実験的に高精度で決定することにより、鉄の電子軌道と超伝導発現との関係を明らかにします。また、「超伝導ギャップ」の波数・フェルミ面依存性を高精度で測定することにより、超伝導電子対の対称性を直接決定します。さらに、転移温度以上で現われる「擬ギャップ」の起源を精密な温度変化測定によって明らかにするとともに、フェルミ準位近傍における「バンド分散」の折れ曲がり(kink)構造を観測することにより、ペアリングを媒介する集団励起の起源を同定します。これらの実験結果を電子・ホール型の広いドーピング領域において系統的に行い、得られた結果を精密に解析することによって、超伝導発現機構の総合的解明を目指します。
佐藤 正俊 名古屋大学 大学院理学研究科 教授 鉄ニクタイド系超伝導研究と物質開拓
研究課題概要
 鉄ニクタイド系超伝導の起源解明と、この発見を刺激とした新たな物質の展開を目指します。具体的には、銅酸化物や水和コバルト酸化物(NaxCoO2yH2O)の超伝導研究で培った、試料作成法および巨視的、微視的双方の研究手法を適用して効率的な研究を進めます。巨視的量の測定には、電気抵抗やホール係数、熱起電力といった輸送特性量および磁気・熱特性量などを、微視的量には、NMR、中性子散乱といった測定方法を用い、その相互を効果的に組み合わせて、鉄系超伝導体の電子状態、電子相関効果、多バンドの重なりが持つ意味、それらと密接に関連した超伝導ギャップの対称性の同定、超伝導電子対形成の直接的起源などを指摘します。さらに、この系の発見が指し示す物質・材料開拓方向の大枠を明示していきます。
下山 淳一 東京大学 大学院工学系研究科 准教授 固体化学と磁気科学手法による新高温超伝導材料物質の創製
研究課題概要
 本研究では、次世代新高温超伝導材料の創製を最終目標に置き、研究期間内には最近の鉄系高温超伝導体や新たな高温超伝導体を、次世代応用に向けての新高温超伝導材料物質に育てることを目指します。具体的には、これまでに私たちが銅酸化物や二ホウ化マグネシウム(MgB2)超伝導体で蓄積してきた材料物質開発の経験、超伝導特性向上をもたらす固体化学知見、磁気科学的手法による結晶配向技術を組み合わせ、効率的に研究を進めます。新規高機能超伝導材料物質の化学設計と合成、異方的電磁物性の解明と制御技術確立、新高温超伝導材料物質の創製なる3つのテーマの研究を実施し、相互に情報や試料を共有しながら、短期間内で高温、高磁界下まで優れた臨界電流特性を有する結晶配向多結晶超伝導体の開発を図ります。
 本研究の特徴は、ドーピングを含めた精密化学組成の制御と、結晶配向化による異方性の評価を通じた高特性材料物質の設計・開発です。新高温超伝導体探索においては、高Tcかつ低異方性を意識した物質・構造設計指針のもと研究を進めます。
社本 真一 (独)日本原子力研究開発機構 量子ビーム応用研究部門 研究主席 量子ビームによる鉄系高温超伝導の物性研究
研究課題概要
 日本原子力研究開発機構の研究用原子炉JRR-3、J-PARCセンターの物質・生命科学研究施設の中性子、SPring-8の放射光X線という最先端の量子ビームを占有的に利用して、鉄系高温超伝導体に関する研究を推進します。そこでは鉄系高温超伝導を対象に、これまで銅酸化物高温超伝導の研究を行ってきた研究者と、重い電子系の超伝導体の研究を行ってきた研究者が共に、異なる観点で研究を進めることで、新しい観点を育む物性研究を強力に推し進めます。具体的には良質の単結晶の育成を行う技術の確立や物質探索と平行して、集中的にフォノン測定や磁気散乱測定、構造解析、計算機実験を行います。また、成果を発信する開かれた研究会を定期的に開催し、新しい研究情報について密に連絡を取ることで、鉄系超伝導の物性研究を加速度的に推進します。
高野 義彦 (独)物質・材料研究機構 ナノシステム機能センター グループリーダー FeSe系超伝導体の機構解明と新物質探索
研究課題概要
 本研究では、鉄系超伝導体の中で最もシンプルな結晶構造を持つ鉄セレン(FeSe)系超伝導体に着目し、その低温での構造相転移や磁気転移にかかわる超伝導特性や電子構造の変化を測定して、さらに圧力下における振る舞いを詳しく観測することにより、鉄系超伝導の発現メカニズムの解明に寄与すること目的とします。そして、最もシンプルな結晶構造であるFeSe系を出発点として、2層・3層構造を持つ新しい結晶構造を設計し、より高い超伝導転移温度を持つ新物質を探索することもさらなる目的とします。
 これらの研究を達成するために、単結晶試料を含めたより良質な試料の合成、圧力下の電気抵抗測定、磁化測定を行い、超伝導の基礎特性を評価します。また、物質の電子状態を理解するために、多結晶および単結晶試料を用いた光電子分光測定に放射光を用いて行います。さらに、圧力下のNMR測定、メスバウアー測定や中性子解析を行い、磁性と超伝導の関係も解明していきます。
高橋 博樹 日本大学 文理学部 教授 鉄ニクタイド系化合物の高圧下における物性測定
研究課題概要
 本研究では、これまで独自に明らかにしてきた鉄ニクタイド高温超伝導体の圧力誘起超伝導の知見を踏まえて、さらに電気抵抗や帯磁率や結晶構造などを高圧下で詳細に調べ、超伝導発現機構の手がかりを得ることを大きな目的とします。また、圧力実験技術を発展させ、次々に現れる新しい鉄ニクタイド高温超伝導体の圧力下の評価を迅速に進め、新物質開発の指針となる結果を得ることも、さらなる目的とします。
為ヶ井 強 東京大学 大学院工学系研究科 准教授 2次元鉄平面を持つ超伝導体の開発と熱及び局所磁場測定による評価
研究課題概要
 2次元鉄平面を持つ超伝導体の開発と、その基礎的物性評価および実用化の基礎となる臨界電流特性の評価を行います。具体的には、すでに報告されているLaFeAsO1-xFx、Ba1-xKxFe2As2、α-FeSeを基本に元素置換などを施すことによって、より高いTcを持つ新規超伝導体の開発を目指します。また、フラックス法により、これらの超伝導体の単結晶成長を行い、異方性を含む輸送特性・熱特性の詳細な評価を行います。さらに、Lu2Fe3Si5などの非磁性の鉄を含む他の超伝導体も探索し、2次元鉄平面の場合との比較も行います。加えて、作製された多結晶・単結晶超伝導体試料の臨界電流密度および弱結合特性の評価を行うため、微小ホール素子および磁気光学法を用いた局所磁場測定を行い、これらの得られた知見をもとに、臨界電流密度向上の方針を見いだすことを推し進めます。
寺嶋 太一 (独)物質・材料研究機構 ナノシステム機能センター 主幹研究員 鉄系超伝導体のフェルミオロジーに挑む
研究課題概要
 本研究は、常圧および高圧下でのドハースファンアルフェン効果(dHvA効果)、角度依存磁気抵抗振動(AMRO)などの測定により、鉄系超伝導体のフェルミ面を直接観測することを目指すものです。ドーピングを伴わない物質や、圧力誘起超伝導体に対して、当研究グループの有する高圧力下のdHvA効果測定手法を組み合わせることで、常圧から高圧力までのフェルミ面や電子有効質量などを決定し、超伝導との相関を明らかにします。このような測定から得られる情報は、鉄系超伝導体の超伝導機構を理解するためにもっとも基礎となるものとなりますが、さらに、超伝導状態(混合状態)でdHvA振動が観測される場合には、超伝導ギャップの対称性に関する情報が直接的に得られる可能もあり、こうしたことも見据えた研究を推進していきます。
内藤 方夫 東京農工大学 大学院 共生科学技術研究院 教授 分子線エピタキシー法を用いた鉄系超伝導体周辺物質の探索
研究課題概要
 本研究では、分子線エピタキシー法により鉄系超伝導体周辺物質の探索を行います。鉄系超伝導体物質は、1990年代に発見されたYPd2B2Cに代表されるボロカーバイドと類似の結晶構造を有するため、鉄系に限定しない一段高い視点に立った研究展開を図ることが賢明であると考え、その視点に立った研究を推進します。また、探索ツールとして用いる分子線エピタキシー法は、薄膜低温合成が可能であり、物質探索の視野を拡げるという点で有利であると考えます。これまでのMgB2や銅酸化物での蓄積をもとに、薄膜低温合成を鉄系超伝導体周辺物質において適用および確立することを図ります。
野原 実 岡山大学 大学院自然科学研究科 教授 ナノブロックヘテロ重合による鉄ヒ化物系高温超伝導体の創製
研究課題概要
 本研究課題では、鉄ヒ化物系材料において、超伝導を担う「主ナノブロック」と、超伝導の発現を協奏増幅的に助ける「補ナノブロック」をヘテロ積層(重合)させることで、革新的な結晶構造を持つ新規高温超伝導体を創製します。このために3つの研究テーマを遂行します。第一に、Fe とAs 以外の元素の組み合わせからなるさまざまな主ブロックを設計・合成し、広い視点から物質開発を展開することで、「なぜFeとAsなのか」あるいは「真のキーマテリアルはFeAsなのか」を解明します。第二に、超伝導を最適化する補ナノブロックを追求する物質開発を展開し、「どのように鉄ヒ化物系化合物の超伝導が最適化されるのか」を明らかにします。第三に、主ナノブロックと補ナノブロックの間の相互作用(「交差相関」)を利用して、「協奏増幅的」に超伝導が発現するような新しいナノブロックの組み合わせを探求します。
前田 京剛 東京大学 大学院総合文化研究科 准教授 鉄ニクタイド系超伝導体の薄膜を用いた高周波伝導度スペクトロスコピーによる物性解明及び新物質開発
研究課題概要
 鉄ニクタイド系超伝導体の物理測定に耐えうる高品質薄膜を作製し、それらを用いた研究を中心に据えて、薄膜試料でないとできない物性測定、本研究グループの得意とする物性測定による物性研究を行います。具体的には(1)特にマイクロ波(ブロードバンド)からテラヘルツまでの複素電気伝導度測定スペクトロスコピーによる同物質群の低エネルギー電荷励起の完全理解、(2)薄膜化および新物質開発による超伝導臨界温度の上昇、(3)ジョセフソン接合の作製とそれに基づくデバイス応用のポテンシャルの評価を行います。なお、必要に応じてバルク単結晶を用いたミリ波インピーダンス測定などの物性評価も適宜行い、薄膜を用いた研究にフィードバックします。この目的達成のために、これまで銅酸化物超伝導体の薄膜試料を用いた高周波伝導度測定で培ったものをベースに、本格的な研究に取り組みます。
宮坂 茂樹 大阪大学 大学院理学研究科 准教授 遷移金属ニクタイド系超伝導体の開発と物性研究
研究課題概要
 本研究では、新規材料による高温超伝導基盤技術の確立を、層状鉄ニクタイド化合物の超伝導特性および発現機構を解明するという基礎的側面と、さらに高い超伝導転移温度を有する物質系を開拓する物質開発の側面から実施していきます。超伝導発現機構の解明には、本系の電気的、磁気的性質を解明することを可能とする、低エネルギー分光、超強磁場、核磁気共鳴法などの多角的な測定手法を用います。一方で、物質科学的な観点からは層状鉄ニクタイド化合物は極めて多彩な構造を有する物質群であり、これは伝導層であるFeAs層を挟み込むブロック層の多様性によるものであります。そこで本研究では、"FeAs多層系"をキーワードとしてブロック層との組み合わせを人為的に制御し、より高い転移温度を有することが期待できる多層系鉄ニクタイド超伝導体を開拓していきます。
向田 昌志 九州大学 大学院工学研究院 教授 薄膜法によるFeAs系およびその周辺超伝導物質の探索
研究課題概要
 鉄ニクタイド系材料が、20数年前に発見された銅酸化物超伝導体と同様に二次元伝導面からなる積層パターンを持つことに着目し、積層パターンを自在に操ることのできる(1)原子層制御エピタキシャル技術、(2)最適組成を高速に探すコンビナトリアル膜作製技術、(3)GaAs 系化合物半導体エピタキシャル膜作製技術、蒸気圧の高いタリウム(Tl)系超伝導体膜作製技術などを活かし、薄膜による物質探索・高品質鉄ニクタイド系膜実現を目指します。特に一枚の基板上に多彩な組成・構造を持つ材料を低温レーザー走査顕微鏡などで超伝導転移温度を高速に評価し、高い超伝導転移温度を持つ部分の微小領域X線回折、EBSP(方位解析)、さらにはマイクロサンプリングによる透過電子顕微鏡観察など、多種多様な微細サンプルの組成・構造と超伝導特性との一括評価を高速に行い、鉄ニクタイド系材料の全容を早期に明らかにします。
室町 英治 (独) 物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点 副拠点長 鉄ニクタイド系における新規超伝導体の探索と線材化に関する研究
研究課題概要
 層状鉄ニクタイド系、層状鉄セレナイド系を中心に、合成・新物質探索研究と線材化基盤研究を有機的に連携させます。
 合成・新物質探索に関しては、高圧合成、ソフト化学合成など、本研究グループが有する卓越した合成技術を活用して、系統的かつ組織的な研究を行い、新規超伝導体の発見とTcの一層の向上を目指します。特に新たなブロック層の開発とその挿入頻度をコントロールすることによる高次構造相の探索・開発に注力し、世界をリードする新超伝導体発掘研究を推進します。また、既知超伝導体および本研究により得られる新規超伝導体について、高品質の多結晶試料や単結晶試料を作成して、線材化基盤研究やその他の物性研究などの進展を図ります。
 線材化基盤研究に関してはパウダー・イン・チューブ(PIT)法により短尺線材の試作を通じて、粒内に流れる局所的臨界電流密度、ならびに粒間に流れるグローバルな臨界電流密度、上部臨界磁場、不可逆磁場、異方性、粒間結合の強さなどの諸特性を詳細に調べます。そして、これらの諸特性と線材の微細組織との関係を調査し、本格的な線材化のための基礎データを取得します。また、線材化を考えた場合に障害となりうる因子に対しては、それを改善する方策を検討します。さらに、線材化の観点からの超伝導物質の評価を行い、その結果を合成・探索研究にフィードバックすることで、応用を見据えた超伝導物質開発研究を推進します。
吉田 鉄平 東京大学 大学院理学系研究科 助教 鉄系超伝導体の低エネルギー電子状態の解明
研究課題概要
 本研究では、鉄系超伝導体の超伝導機構の解明を目指し、電子構造の観測・解析を、最先端の高分解能角度分解光電子分光装置を用いて行います。角度分解光電子分光(ARPES)によりフェルミ面、バンド分散、エネルギーギャップ、準粒子スペクトルの微細構造の精密測定を行い、電子状態の基礎的理解を構築します。また、ARPESと相補的なプローブとして、電磁気的応答を調べることのできる光学測定および磁気状態と超流体密度を調べることのできるミュオンスピン緩和測定(μSR)を行い、超伝導状態の特徴とフェルミ準位近傍の電子状態を包括的に議論します。これによって高いTcの決定要素を実験結果から導き、室温超伝導へ向け、より高いTcを持つ物質設計の指針を得ます。
(五十音順に掲載)

2.個人型研究(2件) ※所属機関・役職などは平成20年9月時点のものです。

氏名 所属機関 役職 研究課題
神原 陽一 (独)科学技術振興機構 発展研究「透明酸化物のナノ構造を活用した機能開拓と応用展開」 研究員 鉄ニクタイド系層状超伝導体の電子状態相図の完成
研究課題概要
 自らが今年の2月にLaFeAsO1-xFxにおける超伝導を発見して以来、世界では各サイトの元素置換やドーピング効果による超伝導特性の報告がなされるなど、研究は急激な進展を見せています。しかし、例えばLaサイトをカルシウム(Ca)やストロンチウム(Sr)でドープした、いわゆる「ホールドーピング」については、超伝導に「なる」、「ならない」の矛盾する結果が報告されている状況など、本質的解決がなされていません。本研究の目的は、まずそのような対立を解消する高品質な試料を得ることにあります。そのために、固相反応による多結晶サンプルの合成、組成評価、電気測定、磁気測定を駆使して試料の純度/結晶性の向上を図ります。また、LnFePnO キャリア濃度と組成をエピタキシャル膜で制御可能な技術が確立した場合には、LnFePnO を用いた外部応答や電界効果による Tc の制御可能性を調べ、鉄系超伝導の研究を力強く発展させることを目指します。
山田 幾也 愛媛大学 大学院理工学研究科 助教 イオン交換法・超高圧合成法による新奇遷移金属化合物の探索
研究課題概要
 鉄ニクタイド系高温超伝導体の発見は、新物質探索の重要性を再認識させることとなり、これまでの集中的な物質探索の結果、短期間で新しい超伝導体が次々と報告されています。しかし、それらの合成プロセスは、従来型の固相反応か、もしくはヒ素の揮発を避けることを目的した、比較的低い圧力を用いた高圧合成に限定されています。従って新たな超伝導体の発見には、合成プロセスにおけるさらなる創意工夫が必要であると考えています。
 そこで本研究では、優れた特性を有する新しい高温超伝導体の発見を目標とし、異なる結晶構造を組み合わせるイオン交換法と、10万気圧以上の圧力を用いた超高圧合成法という強力な手法を駆使して、固体化学に特化した研究を行います。これらの合成手法は、通常の固相反応では得られない結晶構造を安定化するのに有効であり、より効率的に新物質探索を進めることができると期待できます。単純な元素置換の枠を超え、全く新しい物質を生み出すことを目指した研究を推進します。
(五十音順に掲載)

3.総評

福山秀敏(東京理科大学 理学部 教授)

 本研究領域は、東京工業大学の細野グループによる鉄系高温超伝導体の発見を受けて、その優れた技術シーズを柔軟かつ加速度的に育成するとともに、それを通じて、物質科学を中心とした我が国の科学技術を、国際競争に打ち勝つ持続可能な形態へと発展させることを目的に、今年度緊急的に設定されたものです。鉄ニクタイド系化合物の新たな結晶構造群・物質群の創製や、物性値や機能等の精緻な解析測定・理論予測を通じた超伝導発現機構の解明などの探索的研究に加え、真に応用可能な材料であり得るかをいち早く検討するなど、「新規材料による高温超伝導基盤技術」の創出に資する、多様かつ本質をついた迅速な研究活動の展開を図ることを期待し、研究者からの提案を広く募りました。
 今回の公募に対して、合計で57件の提案がありました。そして上記研究領域の趣旨などを踏まえ、8名の領域アドバイザーの協力を得て書類選考を行い、29件の面接選考を行いました。大変興味深くかつ非常に高度なご提案が多い中で、選考審査には大きな困難も伴いましたが、最終的に24件の研究課題の採択を決定しました。以下、今回の選考において特徴的であったことなどを述べます。
 まず新物質探索・合成に重点をおいた研究提案においては、(1)すでに新物質探索の糸口となる知見(予備的なものを含む)が得られているもの、(2)これからそれを実施するものについては、独自の研究哲学やアプローチが明確に示されたもの、などを優先的に採択しました。また機構解明や物性評価等においては、複数の分析手法の相補的な利用が、理解を格段に早めることを期待し、領域全体として、それを最も効果的に実現しうる研究課題の採択に努めました。採択された研究課題はいずれも、本研究領域が設定された緊急性を踏まえ、必ずしも個々で着実な研究成果を上げようとするだけでなく、創造性や意欲に満ちあふれ、結果としてより多くのインパクトを十分に世に示しうるものばかりであると確信しています。
 今回は、30歳代・40歳代前半の、いわゆる「若手研究者」からの研究提案も大変多く、結果的に全採択件数の約5割にあたる13件は、研究代表者もしくは個人研究者が「若手研究者」であるものでした(提案は26件)。自らのアイデアで、新しい物質の発見などに独自に取り組もうとする方もいれば、若手研究者がチームを率いる、あるいは若手研究者同士でチームを組んで研究に取り組もうとするなど、それぞれの個性が表れたかたちになっています。約20年前の銅酸化物系を中心とした「高温超伝導フィーバー」は、その後の日本の、ひいては世界的な物質科学の発展に多大な貢献をしましたが、その1つに、現在の物質科学を世界的にリードする卓越した人材の輩出が上げられると思います。若手研究者には、今回の本研究領域での研究活動を通じてより多くの研究者と知己を深め、互いに刺激し合い、自身の研究者としての飛躍を期待したいと思います。
 最後に本研究領域の運営にあたっては、採択された研究課題間での協力・連携の推進はもちろん、領域全体として外部に対して情報を発信できるようにも努めたいと思います。残念ながら今回不採択となった方々とも、情報交換をできる機会を多く設けるように努め、「新規材料による高温超伝導基盤技術」の創出に邁進したい所存です。