<背景> |
タモキシフェンは、女性ホルモン(estrogen)受容体に拮抗剤として作用し女性ホルモンの働きをブロックする。そのため、乳癌や卵巣癌など女性ホルモンによってその増殖が刺激される癌の治療、さらには発がんリスクの高い女性の予防薬として広く使われてきた。一方、タモキシフェンを投与した患者では子宮癌の発生率が高いこと、動物実験でも発癌の副作用があることが指摘されており、生化学的実験では、タモキシフェンがDNAに損傷を起こしうることがわかっていた。しかし、タモキシフェンが突然変異誘発物質として機能するか否かは、この物質が持つ多様な薬理作用のために検証することができなかった。我々は、タモキシフェンのDNA損傷作用に注目し、様々なDNA修復機構が欠損した細胞株を使ってタモキシフェンに対する感受性を解析した。 |
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<損傷乗り越えDNA合成> |
図1に示すように、薬剤、紫外線などによってDNAの塩基に損傷が入ると損傷部位を含む数塩基が取り除かれ、部分的にDNAを再合成して修復される(塩基除去修復)。しかし修復される前にDNAの複製が起きると、損傷部位が鋳型となるところでDNA複製の進行が停止してしまう。複製進行の停止は、最終的にDNA鎖の切断を引き起こし、細胞は死んでしまう。これを回避するために、細胞には損傷乗り越えDNA合成(Translation DNA synthesis = TLS)という機構が備わっている。損傷塩基が鋳型であっても、特殊なDNAポリメラーゼや様々な制御因子が作用し、TLSによってDNAの複製を完結しようとする。この修復機構はわずか5年前に初めて明らかになったものである。 |
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<タモキシフェンはDNA修復欠損株で染色体断裂を引き起こす> |
今回武田グループは、TLS機構の欠損した動物細胞株を世界で初めて作製することに成功し、この遺伝子欠損株では、治療に使う濃度のタモキシフェン処理で染色体断裂が多数発生することを見出した。またタモキシフェンは、染色体断裂を修復する経路に属するDNA非相同末端結合や相同DNA組換え(図1)の欠損株でも多数の染色体断裂を誘導した。これらの知見を総合すると「タモキシフェンは染色体DNAにこれまで必ずしも検出できなかった微細な損傷を与えており、その部分でブロックされるDNA複製ポリメラーゼの進行は損傷乗り越えDNA合成によって解除されている」と考えられる。 |
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<女性ホルモンもDNA修復欠損株で染色体断裂を引き起こす> |
さらにTLS欠損株で他の医薬品の変異原性も解析した。興味深いことに、女性ホルモン(4OH-estradiol)そのものも、タモキシフェンとは全く化学構造が違うにもかかわらず、体内に存在する生理的な濃度の処理でTLS欠損株に多数の染色体断裂を誘導した。 |
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<まとめ> |
我々は動物細胞の損傷乗り越えDNA合成機構が欠損した動物細胞株を世界に先駆けて作製することによって、この機構が女性ホルモンやその拮抗薬によって生じる染色体断裂を防いでいることを解明した。さらに損傷乗り越えDNA合成は、そのDNA合成時に点突然変異(エラー)を多く起こすことから、この機構が女性の細胞で活発に働くことによって突然変異を誘導し、ガン発症の原因になりうることも明らかにした。今回の発見のもう一つの意義は、医薬品の発ガン性を調べる変異原性テストの際、野性株ではなく、今回武田グループが作成したDNA修復欠損株を用いることによって、より高感度に検出が可能であることを示していることである。 |
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<論文名> |
Extensive Chromosomal Breaks Are Induced by Tamoxifen and Estrogen in DNA Repair-Deficient Cells
(DNA修復欠損細胞では、タモキシフェンやエストロゲンによって多数の染色体断裂が誘発される)
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この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下の通りである。
研究領域: |
ゲノムの構造と機能 (研究総括:大石 道夫 (財)かずさDNA研究所 所長) |
研究期間: |
平成12年度~平成17年度 |
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<本件問い合わせ先> |
| 武田 俊一 (たけだ しゅんいち)
京都大学大学院 医学研究科 放射線遺伝学教室
〒606-8501 京都市左京区吉田近衛町
TEL: 075-753-4410
島田 昌(しまだ まさし)
独立行政法人科学技術振興機構
戦略的創造事業本部 研究推進部 研究第一課
〒332-0012 埼玉県川口市本町4-1-8
Tel: 048-226-5635
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