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資料2

平成20年度 戦略的創造研究推進事業(CREST・さきがけ)
新規採択研究代表者・研究者および研究課題概要(第2期)


【さきがけ】
戦略目標:「医療応用等に資するRNA分子活用技術(RNAテクノロジー)の確立」
研究領域:「RNAと生体機能」
研究総括:野本 明男(東京大学大学院 医学系研究科 教授)

氏名 所属機関 役職 研究課題名 研究課題概要
黒柳 秀人 東京医科歯科大学大学院疾患生命科学研究部 准教授 mRNA選択的プロセシングを制御する細胞暗号の解明  多細胞生物は、mRNA前駆体の「選択的プロセシング」によって、ひとつの遺伝子から細胞の種類や発生時期に応じてさまざまなタンパク質を作りわけています。本研究では、研究者自身が開発した生体内選択的プロセシング可視化法を応用して、選択的プロセシングの制御因子やmRNA前駆体上のエレメントを体系的に同定し、生体における細胞・発生時期特異的選択的プロセシングの制御機構すなわち「細胞暗号」の解明を目指します。
佐藤 豊 名古屋大学大学院生命農学研究科 准教授 小分子RNAによる植物のゲノム動態制御  動く遺伝子としても知られるトランスポゾンは、真核生物ゲノムの主要な構成因子です。トランスポゾンは転移の過程でしばしば宿主ゲノムに有害な変異を誘発する一方、ゲノムに多様性をもたらし、宿主の環境適応や進化に一定の役割を果たしています。本研究はイネで見つかったトランスポゾンが宿主の遺伝子サイレンシングを利用し自身を活性化する経路の解析を通してトランスポゾンによるゲノムの環境適応・進化機構の解明を目指します。
杉山 智康 筑波大学大学院生命環境科学研究科 助教 RNAによる染色体分配制御機構の解析  真核生物ゲノムの本体であるDNAは、複雑に折り畳まれ染色体を形成し核内に収納されています。遺伝情報を完全な状態で保持し子孫に受け継いでゆく為には、細胞分裂時に染色体が娘細胞へと正確に分配される事が必要不可欠です。本研究では、染色体分配制御における機能性RNAおよびRNA結合性タンパク質の機能解析を行い、「RNAによるゲノム安定性維持」というRNAの新規機能を明らかにします。
田村 浩二 東京理科大学基礎工学部 准教授 ヌクレオチドの分子認識能を基盤としたtRNAアミノアシル化機構の解明と応用  現存する生命において、RNAの塩基配列を蛋白質中のアミノ酸の配列に変換するアルゴリズムが遺伝暗号です。tRNAのアミノアシル化は遺伝暗号の成立過程に関わっています。本研究では、RNAが有するヌクレオチドレベルでの分子認識・識別能に基づく、tRNAの化学的アミノアシル化の分子メカニズムを解明することによって、生物界のホモキラリティーの謎や遺伝暗号の起源に迫ることを目的とし、さらにその応用を目指します。
中川 真一 (独)理化学研究所基幹研究所 独立主幹研究員 核内mRNA型ノンコーディングRNAが関わる新規細胞内プロセスの解明  高等真核細胞で発現しているmRNA型ノンコーディングRNAのなかには、転写産物が細胞質に運ばれず核内に蓄積するという非常にユニークな性質を示すものがいくつか知られています。本研究ではこれら核内mRNA型ノンコーディングRNAという新しいカテゴリーの分子群に注目し、その生理的な機能を明らかにすることで、これまでに知られていなかったような新規の核内プロセスを解明することを目指します。
西村 芳樹 東京大学分子細胞生物学研究所 助教 葉緑体における新機能RNAの合成と安定化技術の開発  葉緑体は細胞核とは異なる独自の遺伝子発現系をもちます。近年、葉緑体を医療用ワクチンなど有用蛋白質の大量発現の場として応用する葉緑体工学が注目されていますが、本研究では葉緑体でのRNA安定性に着目し、それを制御する蛋白質因子やRNA構造を詳細に解明します。複雑な高次構造をもつ機能性RNAの葉緑体工学による大量生産や医療用RNAデリバリー技術などの開発への展開が期待されます。
松本 健 (独)理化学研究所基幹研究所 専任研究員 mRNPリモデリングによるmRNAの活性制御  我々の細胞の中で、mRNAは裸の状態ではなく、常に蛋白質や機能性RNAとの複合体であるmRNPを形成しています。mRNAが作られてから蛋白質合成に使われて分解されるまでの各段階で、mRNPの構造が変化していくことが必要と考えられます。本研究では、mRNPの構造変化の分子機構を明らかにできる系を確立して、mRNP構造変化によって蛋白質合成やmRNAの安定性がどのように制御されているかを解明します。
水谷 壮利 東京大学医科学研究所 助教 HIV-1転写伸長を制御するnon-coding RNAの機能解析  HIV-1は潜伏感染することで抗ウイルス薬、宿主の免疫学的排除から逃れることが知られています。HIV-1の潜伏感染において特徴的なのは、HIV-1の転写伸長が不完全に停止して生じたと考えられる短鎖のRNAが、潜伏感染化T細胞において検出される点にあります。本研究ではこの短鎖RNAのHIVの潜伏感染における存在意義を明らかにし、その分子機構を明らかにすることを目指します。
宮川 さとみ 大阪大学大学院生命機能研究科 特任助教 small RNAとエピジェネティック制御  エピジェネティック制御とは、DNAの塩基配列の変化を伴わない遺伝子発現制御機構であり、DNAのメチル化やヒストンの分子修飾が知られています。これまでの研究から、タンパク質をコードしないsmall RNAが、精子形成におけるエピジェネティック制御に関与する可能性を明らかにしてきました。本研究では、small RNAのエピジェネティック制御における分子機構、精子形成における役割などを明らかにします。
(五十音順に掲載)

<総評> 研究総括:野本 明男(東京大学大学院 医学系研究科 教授)

 ポストゲノム時代における生命科学研究において、RNA研究はプロテオームと並ぶ最重要課題として位置付けられています。まだまだ重要な未知のRNA機能が数多く存在すると思われ、その探索研究は生命現象を理解するために非常に重要です。またRNA研究の原点はRNAゲノムにあると考えられますので、この方面の研究も大いに活性化するべきと考えています。一方、既知の機能性RNAは、生命体における本来の機能の理解が未だ不十分ながら、既知機能のみを抽出して利用する方向に急速に進展し始め、非常に有望な医療応用などに資する技術となる可能性を示しています。本研究領域では、生命活動におけるRNAの新たな機能を探索する研究、および機能が明らかとなっているRNAを活用し医療応用などを含めたRNAテクノロジーに関する研究を対象としました。
 RNAを取り巻く研究に限定した本研究領域ですが、計84件と多数の応募があり、RNA研究に対する関心の高さが示されました。これらの研究提案を11名の領域アドバイザーとともに書類選考を行い、とくに内容の優れた研究提案20件を面接対象として選考しました。面接選考においては、申請者の研究の主体性、研究のねらい、研究計画の妥当性、将来性などを中心に審査しました。研究構想が本研究領域の趣旨に合っていること、高い独創性と新規性に富むことを重視したのは言うまでもありません。選考の結果、本年度の採択課題数は、9件となりました。長い歴史を持つRNA研究の新展開には、これまでの伝統的研究を大切に生かしつつ、新しい視点を大胆に取り込むことが必要です。我国発の新たな研究領域の開拓を目指す基礎研究および独創的な発想に基づく技術展開という視点からみて、面接選考の対象とならなかった研究提案の中にも、優れたものが多数ありました。
 本領域の募集は今年度で終了しますが、急速に展開しているRNA研究領域において将来を担う研究者の方々が、新たなRNA研究の流れを創製し、世界的な競争に参加してくれることを願っています。