JSTトッププレス一覧科学技術振興機構報 第551号資料2 > 研究領域:「数学と諸分野の協働によるブレークスルーの探索」
資料2

平成20年度 戦略的創造研究推進事業(CREST・さきがけ)
新規採択研究代表者・研究者および研究課題概要(第2期)


【さきがけ】
戦略目標:「社会的ニーズの高い課題の解決へ向けた数学/数理科学研究によるブレークスルーの探索(幅広い科学技術の研究分野との協働を軸として)」
研究領域:「数学と諸分野の協働によるブレークスルーの探索」
研究総括:西浦 廉政(北海道大学 電子科学研究所 教授)

氏名 所属機関 役職 研究課題名 研究課題概要
大下 承民 岡山大学大学院自然科学研究科 准教授 ヤング測度による高分子共重合体の微細構造の解明及びヤング測度の展開  ミクロパターン上のヤング測度という数学的概念を用いたアプローチで、材料科学の高分子共重合体のミクロ相分離現象に現れる、微細構造をもったパターンの形成機構を解明します。高分子のナノスケールの構造形成の解明は、ナノテクノロジーのさらなる発展の根幹になると期待されます。さらに、生命科学や材料科学に現れるさまざまなパターンの数理構造を解明するために、ヤング測度を一般化した概念の構築を目指します。
小磯 深幸 奈良女子大学理学部 教授 幾何学的変分問題の解の大域解析とその応用  結晶やある種の液晶は、その表面の各点での向きに依存するエネルギーが最小となる形をとります。このような物質の形状や、ほかの物質との接触面の性質についての研究は基礎・応用の両観点から重要です。本研究では、数学と物理化学などとの協働により、自然で厳密な問題設定およびその解決を図ると共に、新たな課題と方法を発見し数学と他分野双方の発展を目指します。さらに、より一般のエネルギー最小問題に応用可能な数学の理論を構築します。
郡 宏 お茶の水女子大学お茶大アカデミック・プロダクション 特任助教 振動子理論の生物・化学・工学・医療分野への応用  リズムを持つ個体と個体が影響を与えあうと、リズムの間に秩序が生まれます。このような現象は「同期現象」と呼ばれ、物理・化学・工学分野のみならず、体内時計の生成やパーキンソン病など、さまざまな生命現象のメカニズムとなっています。本研究では、実験グループと密接に協働しながら、生命機能の形成、化学反応の制御、通信・交通流の最適化など、同期現象の関わる実用的問題に、それぞれに適した数理モデルを構築することを目指します。
田中 冬彦 東京大学大学院情報理工学系研究科 助教 統計モデル多様体の普遍的な性質のベイズ予測理論への応用  ある未知のパラメータをもつ統計モデルに従って、確率的に次々と発生する一連のデータから、次に出てくる値を推定する場合、従来の方法では一連のデータからパラメータを推定したり予測値と信頼区間を与えるにすぎませんでした。本研究では、従来の統計的推定を予測という視点から捉え直して、統計モデルの幾何学的な性質に注目して、よりよい予測方法を与える普遍的な理論の構築に取り組みます。扱う分野も幅広く時系列解析から量子情報に及びます。
原田 昌晃 山形大学理学部 准教授 代数的符号理論による組合せ構造の解析と量子符号への応用  情報化社会においては数理科学が色々な形で役に立っています。その1つが符号理論で、情報伝達の際の信頼性の向上のために用いられます。本研究では、特に、代数的な研究が古くから行われている自己双対符号の研究を行い、符号理論における基礎研究の発展を目指します。また、古典的な符号理論の研究だけにとどまらずに、現在、進展が期待されている量子符号への応用も目指します。
春名 太一 神戸大学大学院理学研究科 助教 システム生物学に関わる情報と記述の諸問題  生命をシステムとして理解するということはシステムとしての記述の基盤を問うことでもあります。本研究では生物ネットワークの情報処理の階層性の記述の問題と細胞内化学反応の離散性の問題に焦点を当て、ネットワークとしての記述や連続量による記述の安定性を問うことでシステムとしての進化、変化を理解するための新しい数理概念を構築します。本研究を通じて理論生物学と数学の融合した新しい分野を開拓することを目指します。
平岡 裕章 広島大学大学院理学研究科 助教 シャノン限界の実現と次世代情報通信理論の構築  次世代情報通信社会の到来に向けて高速高信頼通信技術を確立することは、社会、産業、学術的に重要な課題です。本研究では、力学系とトポロジーという新たな数学手法を情報通信理論へ応用することにより、シャノン限界と呼ばれる高速高信頼通信の理論限界を達成する低演算型符号を開発することで、この問題の解決を目指します。
三浦 佳二 東京大学大学院新領域創成科学研究科 日本学術振興会 特別研究員 情報幾何学の計算論的神経科学への応用  動物の行動や脳活動は時間変動することが多く、定常性を仮定した従来のデータ解析手法では、必ずしも十分な情報が得られません。本研究では、時間変動するデータから、変動しない情報のみを幾何学的に「射影」して取り出す数学的方法を考案します。例えば、動物が行動を選択する際に脳の運動系に活動変化が起こって当然なので、むしろ、医学的により興味深い問題として、意思決定の偏りなどの癖・個性を脳活動から読みとる事を目指します。
(五十音順に掲載)

<総評> 研究総括:西浦 廉政(北海道大学 電子科学研究所 教授)

 本研究領域は、数学研究者が社会的ニーズの高い課題の解決を目指して、諸分野の研究者と協働し、ブレークスルーの探索を行う研究を対象とするものです。
 数学は全科学を推進してゆく最も大きな駆動力であると同時に、多くの国民に理解され、身近なものとして歩んでゆかなくてはなりません。そのためにこれまで以上に諸分野とつながる開かれた重要な知として大きな期待が寄せられています。とりわけ「孤立した知からつながる知」を切り開く先駆的研究は次世代の数学を形成するひとつの契機となると考えられます。そのために諸分野の研究対象である自然現象や社会現象に対し、数学的手法を応用するだけではなく、それらの数学的研究を通じて新しい数学的概念・方法論の提案を行うなど、数学と諸分野との双方向的研究を重視する研究を対象としています。
 平成20年度の個人型研究(さきがけ)の公募は若手研究者を中心として総数66件の応募がありました。数学のみならず諸分野の研究者による数学を要とする分野横断的提案がなされ、今後もその広がりが期待されるものとなりました。また本年度より諸分野との交流をより推進するために、トータルイマージョン、すなわち異なる研究環境に自ら入り、数学研究を進める体制も応援することにしました。
 提案課題は代数的符号理論、幾何的変分問題から情報通信、統計、非線形物理、さらには生命科学にいたるまで実に幅広い応募がありました。いずれも国内外の第一線で活躍されている優秀な研究者の提案で、前年度と同様にさまざまな分野とのつながりを意識し、新たな切り口を開拓しようとする意欲的な提案が数多くありました。これらの研究提案を10名の領域アドバイザーの協力を得て、厳正に書類選考を行い、特に優れた研究提案23件に対して面接選考を行い、最終的には8件(内女性研究者1名)を採択いたしました。選考に際しては、研究の構想、計画性、課題への取り組みなどの観点のほか、諸分野とのつながりを具体的にどのように実現させうるのか、その姿勢やほかの助成金などではできない斬新な取り組みを重視いたしました。面接選考で採択されなかった提案、また書類選考の段階で面接選考の対象とならなかった提案の中にも、重要な提案や独自性の高い提案が数多くありました。ただ、数学と諸分野との関連が明確でなく、開拓精神が乏しいものは不採択としました。この個人型研究(さきがけ)が、諸分野をつなぐコーディネータの育成にも寄与することを強く期待しています。