JSTトッププレス一覧科学技術振興機構報 第551号資料2 > 研究領域:「脳情報の解読と制御」
資料2

平成20年度 戦略的創造研究推進事業(CREST・さきがけ)
新規採択研究代表者・研究者および研究課題概要(第2期)


【さきがけ】
戦略目標:「運動・判断の脳内情報を利用するための革新的要素技術の創出」
研究領域:「脳情報の解読と制御」
研究総括:川人 光男((株)国際電気通信基礎技術研究所(ATR)脳情報研究所 所長/ATRフェロー)

【3年型】
氏名 所属機関 役職 研究課題名 研究課題概要
磯田 昌岐 (独)理化学研究所脳科学総合研究センター 研究員 他者と自己の戦略的行動モニタリングとその脳内情報表現  実社会において意思決定や行動企画を行うには、自己の行動情報(行動意図、行動内容、行動結果)と他者の行動情報を同時にモニターし、それらを統合することが重要です。本研究はこのような自他行動のモニタリングとそれに基づく行動企画を実現する脳内メカニズムを明らかにします。得られる知見は神経経済学などの応用脳科学分野に進展をもたらし、また自他関係やコミュニケーションの脳科学的理解を促進することが期待されます。
高橋 晋 京都産業大学コンピュータ理工学部 助教 意図した方向を解読し移動車を操作するBMIの開発  本研究は、独自に開発したマルチニューロン活動の長期間記録法と、マルチニューロン活動を正確かつリアルタイムに分離する手法を統合することで、行動している動物の神経回路網が表現する情報を正確にオンラインで解読する方法を確立します。そして、意図した移動方向という高次な脳情報を海馬神経回路網の活動から解読することで、動物が自ら全方向移動車を操作し目標へ到達するBMIを開発し、さらに海馬の機能的役割を解明します。
高橋 英彦 (独)放射線医学総合研究所分子イメージング研究センター 主任研究員 情動的意思決定における脳内分子メカニズムの解明  ヒトは個人の利得を最大限にしようと、合理的に振舞うとする理論では説明できない非合理な意思決定(例:利他行為、モラル判断、ギャンブル)を時に行います。これらの人間らしい意思決定には情動が関与しています。情動的意思決定に関連する脳部位をfMRIで同定し、PETで得られるドパミンなどの情報や、薬物による影響を併せて検討し、情動的意思決定の分子機構を明らかにします。この手法を応用し、情操教育や精神疾患の診断に役立てます。
高橋 宏知 東京大学先端科学技術研究センター 講師 情報理論と情報縮約による適応的デコーディング  脳活動から脳内情報を解読するためには、脳活動のどのような特徴に情報が潜んでいるかを知る必要があります。さらに、脳が経験や学習、状況に応じて情報処理方法を変化させていることも考慮する必要があります。本研究では情報理論や情報縮約といった数理的手法を用いて、情報の在り処を特定し、さらに、それらが経験や学習、状況に応じてどのように変化していくかを考察したうえで、優れた脳情報解読手法を構築します。
服部 憲明 特定医療法人大道会森之宮病院神経リハビリテーション研究部 研究員 脳卒中の機能回復の機序の解明とBMIの基礎的応用  本研究では、脳卒中によって生じる運動障害の機序を詳しく調べ、さらに患者が持っている運動学習能力を事前に調べることで、リハビリ治療の効果を予想します。また、現在、運動障害のある患者のために、患者の意図を直接読み取り、機械を操作する技術の研究開発が行なわれていますが、どのような情報を脳のどの部位から取り出すのが適当かについて、磁気共鳴画像(MRI)などを用いて解明します。
林 勇一郎 (財)大阪バイオサイエンス研究所システムズ生物学部門 共同研究員 単一ニューロン分解能の神経活動記録・制御技術の開発と応用  脳がどのように運動や知覚といった生理現象を引き起こすかを知るには、脳活動を測定するだけでなく人為的に制御することが必要です。しかし、行動中の動物の脳活動を単一ニューロン分解能で制御する方法は確立していません。本研究では、多数のニューロン活動を単一ニューロン分解能で自由に制御できる内視鏡電極法を開発します。さらにこれを用いてニューロンの活動パターンがどのような生理的役割を担っているかを直接検証します。
山田 麻紀 (株)三菱化学生命科学研究所分子加齢医学研究グループ 主任研究員 機能的神経回路形成の可視化と誘導  イメージに対応する脳活動を誘導・測定できれば、身体障害者がイメージ通りに機械を動かすことができます。本研究では、脳で可塑的変化を起こした神経細胞シナプスの選択的可視化により脳活動が記憶や学習につながるルールの解析を行い、それを活用して神経細胞の活動誘起による機能的神経回路形成誘導を目指します。まず分子生物学・細胞生物学的手法を駆使して基盤技術を開発します。
吉村 由美子 名古屋大学環境医学研究所 准教授 視覚系をモデルとした、情報処理の基盤をなす神経回路の解析  本研究では、遺伝子改変マウスと電気生理学的手法を組み合わせた実験を行い、大脳皮質でみられる情報処理がどのような神経回路により行なわれているかを明らかにします。また、固有の感覚入力を失った感覚野が、ほかの感覚の情報処理に参加し、失われた感覚機能を代償することが知られていますが、効率よく機能を回復する方法とその仕組みを調べます。以上の解析による成果はBMIや神経リハビリテーション法の開発への応用が期待されます。

【5年型】
氏名 所属機関 役職 研究課題名 研究課題概要
末谷 大道 鹿児島大学理学部物理科学科 准教授 非線形多様体学習による脳情報表現とそのBMI技術への応用  EEGやNIRSなど、さまざまな脳イメージング手法で測定される脳情報をどのような形式で表現するかという問題は、優れたBMI技術を開発する上で重要な鍵となります。本研究では脳内ダイナミクスの非線形性、特に状態空間におけるアトラクタやサドルなどの非線形構造に着目します。そして、遅延座標系による多変量時系列データの幾何学化とカーネル法を軸とする非線形多様体学習に基づいた脳情報表現法の構築を目指します。
中村 加枝 関西医科大学医学部 教授 ドパミン-セロトニン相互抑制による報酬・嫌悪情報処理機構  私たちが行動を決定する際、脳は、期待される報酬と、罰やコストの量との両方をバランスよく計算します。本研究では、神経伝達物質であるドパミン・セロトニンが相互に関係しながらこの計算をしているという仮説を、伝達物質を含む神経細胞の発火パターンの記録や薬理学的実験によって検証します。検証結果に基づいて、新しい意思決定や学習の働きを表わす回路図を提案し、それを応用した精神疾患の治療に役立つ情報を提供します。
花川 隆 国立精神・神経センター神経研究所 室長 BMI学習による神経可塑性変化の非侵襲多角計測  脳が身体を介さず直接機械を操作するBMIは、脳卒中や脊髄損傷の後遺症に苦しむ人々の社会復帰を援助する技術として期待されています。BMIの使用を学ぶ際に、脳は自らの可塑性によりダイナミックに変化していきます。この脳の柔らかさを活かし、脳と機械が協調して進化する未来志向のBMI技術開発に取り組みます。
(五十音順に掲載)

<総評> 研究総括:川人 光男((株)国際電気通信基礎技術研究所(ATR)脳情報研究所 所長/ATRフェロー)

 社会を構成する私達人間の日常活動は、こころの器官である脳の機能に大きく依存します。非侵襲脳活動計測手法、分子生物学的手法の導入や計算理論の進歩などが相まって、脳科学は今や臨床医学だけでなく、人文・社会科学とも協力し、社会生活のさまざまな側面を豊かにする応用分野を築きつつあります。脳神経科学の基礎的研究と応用が互恵的に進展するためには、「新進気鋭の研究者が両者を良く理解し、創造的な成果を上げる」ことのできる研究環境を提供せねばなりません。
 本研究領域は、「運動・判断の脳内情報を利用するための革新的要素技術の創出」を目的とし、脳科学の基礎的研究と、大きな社会貢献が期待される応用分野をつなぐ、「探索的研究や革新的技術開発」を対象として本年度から発足しました。第1に計算・実験神経科学、工学、臨床医学、生物学、人文・社会科学、情報学など多方面の学問領域、第2に基礎的研究と実用的技術開発、また第3にBMI、ニューロリハビリテーション、ニューロマーケティング、ニューロエコノミクス、ニューロゲノミクス、ニューロエシックスなどの応用分野の3つの軸(学問領域、基礎と実用、応用分野)に関し、できるだけ偏らずに、学問分野、基礎/実用、応用目的について異なる背景と価値観を持つ研究者を広く求め、その間に知的で実りの多い交流を促すことによって、神経科学とその応用分野の良好な共進化の礎を築くことを目指します。
 本研究領域の公募に対し、113件(3年型78件、5年型35件)と多くの応募がありました。初年度のため、若干の分野的偏りがみられましたが、来年度はより広い分野からの応募を期待します。応募課題は、いずれも、第一線で活躍されている研究者の提案で、脳科学の新しい方向性を求める意欲的な内容が多く、上記3軸のいずれについても独創性の高いものが、数多くありました。これらの研究提案を領域アドバイザー12名および外部評価者1名の協力を得て、厳正に書類選考を行い、特に優れた研究課題22件(3年型16件、5年型6件)に対して面接選考を行いました。最終的に、3年型8件(内女性研究者2名)、5年型3件(内女性研究者1名)を採択致しました。審査に当たっては、応募課題の利害関係者の関与を避け、他制度の助成金などとの関係も留意し、公平・厳正に行いました。書類および面接選考に際しては、研究の構想、計画性、課題への取り組みなどの観点のほか、基礎的課題に対しては科学的水準、応用的課題については実用化の具体性を重視致しました。特に若手の研究者育成を図る意味において、新分野を切り開く独創性とチャレンジ性を重視しました。
 本年度は心理、経済など人文社会科学の応募が多くなく結果的に採択に分野的偏りがあります。しかし、脳科学の方法論はまだ確立されたものがあるわけではなく、さらに脳科学分野の発展には人材育成が重要であることから、若手研究者から基礎/応用、実験科学/理論科学の融合を図った研究課題や、新しい対象や斬新で独創的な方法論をもとにした研究課題が来年度、提案されることを特に期待しています。