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資料2

平成20年度 戦略的創造研究推進事業(CREST・さきがけ)
新規採択研究代表者・研究者および研究課題概要(第2期)


【さきがけ】
戦略目標:「最先端レーザー等の新しい光を用いた物質材料科学、生命科学など先端科学のイノベーションへの展開」
研究領域:「光の利用と物質材料・生命機能」
研究総括:増原 宏(奈良先端科学技術大学院大学物質創成科学研究科 客員教授/台湾国立交通大学 講座教授)

【3年型】
氏名 所属機関 役職 研究課題名 研究課題概要
井村 考平 自然科学研究機構分子科学研究所 助教 プラズモニック物質の波動関数の光制御とその応用  プラズモニック物質(貴金属ナノ構造)は、特異な光電子特性を示すため、情報通信や化学分析の先進材料として有望です。本研究では、励起光パルスの時間・偏光特性の操作によりプラズモニック物質の機能をアクティブに制御し、そのポテンシャルを飛躍的に向上させます。また、人工分子の創成や新しい光計測・光反応制御法を実現し、新しい原理や現象を探求します。これにより、次世代に繋がる研究分野を開拓することを目指します。
岩倉 いずみ 電気通信大学大学院電気通信学研究科 日本学術振興会 特別研究員 超高速分光による熱反応過程の直接観測と機構解明  より合理的な新反応・新機能性材料開発を試みる際には、従来からの試行錯誤的手法ではなく遷移状態構造を含む詳細な反応機構の解明が必須になります。超短パルスを用いた遷移状態の直接観測と理論計算とを相補的に用いて、反応機構の本質を解明することを試み、新しい機構解析の手法として、新反応・機能性材料合成などへの有力な指針を与えることを目指します。
太田 薫 神戸大学分子フォトサイエンス研究センター 特命助教 時空間波形制御技術の開発と微小空間領域での非線形分光計測への応用  本研究課題では超短パルス光の振幅や位相を時間、空間領域の2次元で同時に波形制御する新規手法の開発を行い、さらに3次非線形分光法と融合することにより、微小空間領域での分光計測に挑戦します。本手法により試料部を走査することなく、3次元のイメージングが可能となり、従来の手法では実現が難しかった微小空間領域での分光計測、化学反応やさまざまな緩和過程の量子制御の新たな可能性を開拓します。
佐崎 元 北海道大学低温科学研究所 准教授 不凍タンパク質作用発現機構の解明を目指したその場光観察  極地の動植物を凍結から護る不凍タンパク質は、食品の低温保存や冷凍食品の品質保全、低温医療などへの応用が期待されていますが、その作用機構は未だ想像の域を出ていません。本研究では、高分解光学系を新たに開発し、氷結晶表面上のステップ(分子高さの段差)およびラベル化した個々の不凍タンパク質を直接観察することで、不凍タンパク質作用機構の解明を目指します。
須藤 雄気 名古屋大学大学院理学研究科 助教 光機能性・制御性蛋白質による細胞・個体操作  光による物質操作は、高い空間分解能と時間分解能を実現できます。本研究は、光受容蛋白質で細胞機能を操作することを目的とし、生命反応が「いつ・どこで・どのように・どれぐらい」起こっているかを明らかにします。特にキナーゼ活性化・不活性化、および転写調節は生命科学分野で極めて重要な研究課題であり、本研究では、これを人為的に制御し、ほかの手法ではわからない新しい情報を得ます。
高木 慎介 首都大学東京大学院都市環境科学研究科 准教授 分子間相対配置の操作による光化学過程の能動的制御  光化学過程は、時間と距離(空間)に強く依存する化学過程です。本研究では、距離(空間)の軸を制御し思い通りの光化学過程を進行させ、"光をより有効に使い尽くす"ことを目的とします。ナノ層状化合物上における色素分子の配列・配向制御技術"Size-Matching Effect"をさらに発展させ、色素分子間の相対配置を制御する事による新奇な光化学過程の能動的制御技術の確立を目指します。
新倉 弘倫 カナダ国立研究機構ステーシー分子科学研究所 博士研究員 軟X線レーザーによる時間分解分子軌道イメージング  アト秒のパルス幅を持つ軟X線(XUV)レーザーを用いて、化学反応途中における分子の電子準位の変化および分子軌道の形状変化を、新規に開発する時間分解の光電子分光法および2波長を用いた時間分解・分子軌道イメージング法により実時間測定します。本研究により、従来は困難であった軟X線・アト秒領域の時間分解分光法を確立するとともに、電子構造や軌道の変化という観点からの化学反応研究の新展開を目指します。
西村 智 東京大学大学院医学系研究科 日本学術振興会 特別研究員 光による生命のダイナミズム・不均一性・確率性の可視化  生きた動物で細胞・遺伝子を「見て」働きを「知る」技術を開発し、三大疾病の克服を目指します。高速・深部・高解像度での生体内イメージング技術を改良・開発し、新たな形態・機能プローブを適応することで、光を用いた遺伝子発現の生体内での可視化を目指します。生体でのダイナミックな細胞動態、特に不均一性や確率的な応答、その複雑性を可視化することにより、本手法を病態動物に適応し、複雑病変から形成される生活習慣病の背景にある慢性炎症病態の本質に迫ります。
深港 豪 九州大学大学院工学研究院 助教 単一分子蛍光計測で探るキラリティーの本質  分子のキラリティー(不斉)は生命現象に密接に関わる重要な性質です。通常の分子集団系では、分子それぞれに不斉が存在しても、ラセミ混合物では不斉を議論できません。もし、分子一つ一つの不斉を測定できれば、たとえラセミ混合物においても不斉の議論が可能となります。本研究では、単一分子蛍光計測を応用し、円偏光励起および円偏光蛍光により分子一つ一つのキラリティーを直接測定することを目指します。
藤田 祐一 名古屋大学大学院生命農学研究科 准教授 光に依存した新規窒素固定酵素の創成  クロロフィル生合成系の最終段階の還元反応には、光に依存する酵素と依存しない酵素が存在しており、後者の酵素はニトロゲナーゼと構造的に類似しています。ニトロゲナーゼは、窒素分子をアンモニアに変換する農業的に大変重要な酵素ですが、酸素で容易に破壊される脆弱な酵素でもあります。本研究は、クロロフィル生合成系の光に依存する酵素を改変することで、光に依存して反応する新規なニトロゲナーゼの創出を目指します。

【5年型】
氏名 所属機関 役職 研究課題名 研究課題概要
永井 健治 北海道大学電子科学研究所 教授 ナノサイズ高輝度バイオ光源の開発と生命機能計測への応用  天然ナノ発光タンパク質であるルシフェラーゼの発光強度を試験管内分子進化により大幅に向上させ、かつさまざまな波長変異体も開発します。これらの高輝度発光タンパク質を"ナノスケール局所照明光源"として利用することで、生細胞内のタンパク質1分子観察や小動物個体内の生理機能を実時間で観察可能にします。また、発光基質を細胞内で産生させることで"発光の完全自動化"も達成し、究極のバイオイメージング法を確立します。
(五十音順に掲載)

<総評> 研究総括:増原 宏 (奈良先端科学技術大学院大学 客員教授/台湾国立交通大学 講座教授)

 本研究領域は、光との相関を新しい光源から探ることにより、物質材料研究や生命科学研究の諸分野において、これまでにない革新技術の芽の創出を目指す研究を対象としています。具体的には、光源として高出力、超短パルス、超長波長のレーザー、放射光、極微弱光などさまざまな光を想定し、光の本質に迫る研究、光を使い尽くす研究、光でのみ可能になる合成・物性・機能の研究、光によって実現するプロセス、光が関わる細胞機能、光で解き明かされる生体機能、光でのみ制御できる生命機能、階層構造や高次複雑構造を持つ材料や生物を対象とした光計測法、イメージングなどの研究が含まれています。
 本研究領域は本年度から発足しましたが、多岐にわたる研究領域、20~50歳代の幅広い年齢層から計162件の応募があり、競争率は約15倍となりました。超短パルス、テラヘルツ、放射光、軟X線、EUV、円偏光、コヒーレント、近接場、光電子、励起子、メタマテリアル、フォトニック結晶、時空間、光不斉、反応ダイナミックス、単一分子測定、生物発光、細胞、タンパク質、遺伝子、生体膜などをキーワードとする研究課題が提案されました。応募者の研究機関としては大学が圧倒的ですが、26件が公的研究機関、5件が海外の研究機関からの提案でした。なお、英文による提案も3件ありましたが、いずれも日本の研究機関に所属する外国人の方です。これら多くの研究提案を12名のアドバイザー、1名の外部評価者の協力を得て厳正な書類選考を実施し、特に優れた研究提案25件について面接選考を行いました。審査に当たっては、サイエンスの内容、技術の高さの評価が重要であることはもちろんですが、研究の新規性・独創性・飛躍性や研究実施計画の妥当性に加え、本研究領域や個人研究の趣旨に沿うものであるかどうかについて十分考慮しました。採択件数は、研究期間5年の課題を1件、研究期間3年の課題を10件となりましたが、いずれも優れたレベルのユニークな研究であり、チャレンジ度も高く、本研究領域の趣旨をよく理解しているものです。光源開発としては、ナノサイズの高輝度バイオ発光システムがあり、光計測としては反応に伴う分子軌道変化、熱反応の遷移状態、生命のダイナミズム、不凍タンパク質の作用機構などを対象とする課題が選ばれました。またプラズモニック物質の波動関数の光制御から、光機能性タンパク質による細胞・個体制御、光依存型酵素の合成まで、光で新しい機能を創出する研究も高く評価されました。さらに高効率に光を使い尽くす複合材料の開発、単一分子測定により分子キラリティーの本質に迫る研究にブレークスルーを期待することにしました。
 研究内容としては高いレベルで、本来ならば採択に十分値する優れた課題も多かったのですが、倍率が高く、今回はご遠慮いただかざるをえないケースが続出しました。光科学技術は融合領域研究として、光源開発、分光法・イメージングを含めた光計測、光物性・光学的性質の制御、化学反応制御、生命機能の計測と制御、医学・医療への応用などをカバーし、未だかつてない注目を集めています。今後も本領域の趣旨を把握し、さきがけ研究ならではの新しい個人研究の提案をどしどし応募していただきたいと思っています。