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<用語解説>

注1)量子ドット
 電子やホール、また、それらが結合してできた励起子など、微細な粒子を微小空間に閉じ込めることのできる構造をいう(本発表では電子を閉じこめている)。微小空間の大きさはそこに閉じ込められる微粒子の量子効果が現れる程度のサイズであり、化合物半導体の場合10nmから数十nmである。

注2)スピン軌道相互作用
 量子ドットを形成するガリウムひ素においては、半導体ヘテロ構造やガリウムとひ素による構造非対称性に起因した局所的な電場が存在する。また、量子ドット中の電子は、本物の原子中の電子と同様に量子ドット中を高速運動をしている。そのため相対論的効果により局所的な電場は磁場に変換される。この磁場は、量子磁荷単位であるスピンにスピン軌道相互作用として働く。局所的な電場は上記のように物質の構造、種類に依存する。例えばカーボンナノチューブなどは対称性が良いため、スピン軌道相互作用は存在しないと考えられている。

注3)超微細相互作用
 原子の原子核は固有のスピンを持っており、磁荷を持っている。この磁荷と電子スピンの相互作用は超微細相互作用と呼ばれる。ガリウムひ素に磁性は確認されおらず中性であるが、内部では各々の磁荷は揺らいでいると考えられる。このため電子を結晶中で振動させることにより、ESRを実現することができる。しかし、磁荷の揺らぎは電子スピンをランダムに変化させる可能性が示唆されており、量子計算にとって重要であるスピンの情報が簡単に失われる危険性がある。このスピン情報の消失は「デコヒーレンス」(スピン状態の不安定性)と呼ばれる。

注4)ゼーマンエネルギー
 スピンに外部磁場を加えると、スピンの磁気モーメントと磁場の相互作用のために、スピン磁場方向の成分に合わせてエネルギーが分裂する(ゼーマン分裂)。電子スピンの場合には、上向きスピン(SZ=1/2)と下向きのスピン(SZ=-1/2)でゼーマン分裂する。

注5)パウリスピンブロッケード状態
 直列2重量子ドットにおいて、電子は両方のドットを通過して初めて電流が観測される。2重量子ドットのそれぞれが1つずつ電子を保有している時、外部磁場を与えることでそれぞれの量子ドット中の電子スピンはそろう。この電子スピンがそろった状態で片方の電子がもう一方の量子ドットに移動する時、1つの量子ドットに2つの同じ状態の電子が滞在しなければならない。この状態はパウリ禁制則である“2つの電子は同じ状態を取れない”という原理に反し、不安定状態であり非常に高いエネルギー状態を除いては実現しない。すなわち、電子はそれぞれのドットに滞在し続け電流が閉塞される。これがパウリスピンブロッケード状態である。

注6)ポンプアンドプローブ法
 ESR実験ではスピンが反転すると直ちに電流が観測されるが、スピンが反転した状態でエネルギーをうまく調整すれば電子数とスピン状態を保持できる。具体的には、まず量子ドットに正の電圧をかけ電子を捕捉しておく。その状態でESR信号をかけてスピンを反転する(ポンプ)。うまくスピンを反転したら捕捉電圧を解除し電流を検知する(プローブ)。電子の捕捉状態では、より強い高周波電場をかけられるため効率が上がる。

注7)交換相互作用の調整方法
 2つの電子スピンは交換相互作用を介して相互作用する。2つのスピンの作用する時間を調整することにより、スピン情報を入れ替えることができる。これは量子演算においてスワップ演算と呼ばれる。交換相互作用は近似的にドット間のトンネル結合の大きさの関数として示され、定性的には2つの電子スピンの距離が短いとトンネル結合が増え、交換相互作用が増大する。すなわち電子を近付けるとスピン情報が転写され、十分遠ざけるとそれぞれのスピン情報がコヒーレントに保持される。