人の脳がどのように行動を起こさせるかを解き明かす研究が急速に進展しています。一方、ロボティクスの分野では、人と同じように行動をするヒューマノイドロボットの開発が盛んになってきています。本研究プロジェクトでは、神経科学に基づいて人の行動の情報処理モデルを構築し、ロボットによって検証することで脳をよりよく理解する研究をしています。また、工学的応用として、人に近い柔軟な動きを持つロボットの開発を目指しています。
本研究プロジェクトは今回、新型ヒューマノイドロボット(図1)を開発し、これを用いて米国デューク大学と共同で、米国でサルが歩行中の脳活動情報を記録して日本に伝送し、日本にあるヒューマノイドロボットをリアルタイムで歩行させる実験に世界で初めて成功しました(図2)。この研究成果のポイントは次の6点です。
本研究成果は、米国デューク大学(神経生物学部 Miguel A. L. Nicolelis 教授)との共同実験で得られたものです。本成果は、2008年1月15日(米国東部時間)に米国でも発表され、米国紙「The New York Times」にも掲載される予定です。
| 戦略的創造研究推進事業 ICORP型研究 | ||
| 研究プロジェクト名 | : | 計算脳プロジェクト | 
| 研究総括 | : | 川人 光男(株式会社国際電気通信基礎技術研究所 脳情報研究所 所長) | 
| 研究実施期間 | : | 平成16年1月~平成21年1月 | 
<研究の背景>
	 人の脳がどのように行動を生み出すかを解き明かす研究が急速に進展しています。一方、ロボティクスの分野では、人と同じように行動をするヒューマノイドロボットの開発が盛んになってきています。しかし昨今、研究開発の大きな進歩が見られるにもかかわらず、人が日常行う複雑な行動がどのように柔軟に、ロバスト(頑健)かつ自律的に生み出され、組み合わされているかという点の理解は十分とは言えません。本研究プロジェクトでは、神経科学に基づいて人の行動の包括的な情報処理モデルを構築し、ロボットで再現して検証することにより、脳をよりよく理解する研究をしています。また、工学的応用として、人に近い柔軟な動きを持つヒューマノイドロボットの開発を目指しています。
	 本プロジェクトでは、平成17年より約2年をかけて、本研究プロジェクトの国際共同研究機関である米国カーネギーメロン大学、ロボティクス研究所 Christopher G. Atkeson教授の研究室と共同で、新たなヒューマノイドロボットを開発してきました。ロボットのハードウエアは米国のロボット開発会社であるサルコス社(https://www.palladyneai.com/)が製造しました。そして2006年初めから、脳の信号を用いた人工的な歩行装置の制御に焦点を当て、ブレイン・マシーン・インターフェース研究の第一人者である米国デューク大学、Miguel A. L. Nicolelis教授の研究室と、サルの脳活動の情報を用いてロボットで歩行を再現する研究を行ってきました。
	
<研究内容と成果>
1.新規ヒューマノイドロボットの開発
新たに開発したヒューマノイドロボットCBi(Computational Brain -interface)の主な特徴は、以下の通りです。(図1)
 身長155cm、体重85kg(電源部除く)の全体で51自由度注2)を持つ等身大の人型ロボット
 身長155cm、体重85kg(電源部除く)の全体で51自由度注2)を持つ等身大の人型ロボット 頭部は7自由度を有し、4台のビデオカメラによる視覚センサー、2台のマイクロフォンによる聴覚センサー、姿勢センサーとして3軸ジャイロと加速度センサーを搭載。
 頭部は7自由度を有し、4台のビデオカメラによる視覚センサー、2台のマイクロフォンによる聴覚センサー、姿勢センサーとして3軸ジャイロと加速度センサーを搭載。 上半身運動を実現するため、上部胴体は前傾、後屈、左右の側屈が可能で、各腕には7自由度を持ち、各腕は3kgの物体の持ち上げが可能。5指は独立制御が可能で、指さし、掴む、握るができる。
 上半身運動を実現するため、上部胴体は前傾、後屈、左右の側屈が可能で、各腕には7自由度を持ち、各腕は3kgの物体の持ち上げが可能。5指は独立制御が可能で、指さし、掴む、握るができる。 下半身は、骨盤部と脚部からなり、骨盤部は回旋自由度を持ち、各脚は7自由度を持つ。
 下半身は、骨盤部と脚部からなり、骨盤部は回旋自由度を持ち、各脚は7自由度を持つ。 各関節における位置、速度、力(6軸センサー)などの現実的センサー・フィードバックが可能であり、また、ロボット制御アーキテクチャーは、神経細胞の信号を利用することができ、各関節を多様なレベル(角度、速度、トルク、インピーダンスなど)において制御する。
 各関節における位置、速度、力(6軸センサー)などの現実的センサー・フィードバックが可能であり、また、ロボット制御アーキテクチャーは、神経細胞の信号を利用することができ、各関節を多様なレベル(角度、速度、トルク、インピーダンスなど)において制御する。JST創造科学技術推進事業「川人学習動態脳プロジェクト」(研究期間:平成8年度~平成13年度)で得られた眼球、首、上半身を始めとした運動能力の知見を組み込み、当時開発したヒューマノイドロボットDB(Dynamic Brain)よりも、さらに高度で柔軟な動作を実現しました。特に、脚部関節の自由度が多くなったことにより、可動範囲が広がり歩行が可能となりました。
2.リアルタイム・ネットワーク・ブレイン・インターフェースを用いたロボットの二足歩行
	 次に、本研究プロジェクトはこのロボットを用いて、米国デューク大学との共同研究により、米国でサルが歩行するときの脳活動の情報を日本に伝送し、日本のATR(所在地:けいはんな学研都市)にあるヒューマノイドロボットがリアルタイムで歩行する実験に成功しました。ここでは、サルの大脳皮質の活動から直接取り出された信号を用いて、ヒューマノイドロボットを歩かせるデモを通じて、本研究のコンセプトが現実的であることを示します。(図2)
	 実験は、ウォーキングマシン上で歩行訓練を行った2頭のサル(複数の被験対象を意味します)を活用します。それぞれのサルにおいて、運動野の下肢を表現している部位から数百の神経細胞の活動を記録し、下肢の関節位置を再構成しました。そして、生物規範型歩行制御手法を用いて歩行のための中枢パターン生成器を開発、ヒューマノイドロボットに実装し、この再構成された信号をヒューマノイドロボットを制御するために実時間で解読しました。また、ストリーミング(データを受信しながら同時に再生を行う方式)による双方向ネットワーク・インターフェース(ネットワーク・ブレイン・インターフェース)を開発し、検出された脳活動の信号をロボットの制御信号として送信すること、つまり、米国にあるMiguel A. L. Nicolelis 教授の研究室から日本のATRにあるロボットへ脳活動データを送信するとともに、ロボットの視覚センサーからの情報をサルに見せることを可能にしました。こうして世界で初めて、ネットワーク・インターフェースを用いて、送られてきた脳活動データにより、ヒューマノイドロボットをリアルタイムで歩行制御しました。
	
<今後の展開>
	 今回開発したヒューマノイドロボットは、多様なレベルでのブレイン・マシーン・インターフェースの研究に、多大な貢献をすることが期待されます。また、この歩行の研究では、双方向のネットワーク(視覚フィードバック)を介するという、これまでなかったブレイン・マシーン・インターフェースを実現しました。これにより、下肢が麻痺している方たちの下半身の運動機能再建のための神経補綴の実現に向けて、大きな一歩を踏み出したと言えます。
	 現在、視覚と体性感覚入力についてロボットからサルに実時間で大脳皮質電気刺激によるフィードバックを行うシステムを開発中であり、ロボットから脳への適切なフィードバック信号を用いるブレイン・マシーン・インターフェースの研究を進める予定です。
	
| 参考映像 (mov形式 3,891KB) | 
<本実験を実現するために開発され基礎となった技術に関する発表論文>
	[a] Kawato, M. (2008). From "Understanding the brain by creating the brain" toward manipulative neuroscience. Philosophical Transactions of the Royal Society B, in press.
	doi: 10.1098/rstb.2008.2272
	
	[b] Cheng, G., Fitzsimmons, N. A., Morimoto, J., Lebedev, M. A., Kawato, M., & Nicolelis, M. A. L. (2007). Bipedal locomotion with a humanoid robot controlled by cortical ensemble activity. Society for Neuroscience 37th Annual Meeting. San Diego, CA, USA.
	doi: 10.13140/2.1.1315.2645
	
	[c] Cheng, G., Hyon, S., Morimoto, J., Ude, A., Hale, J. G., Colvin, G., Scroggin, W., & Jacobsen, S. C. (2007). CB: A humanoid research platform for exploring neuroscience. Journal of Advanced Robotics, 21 (10), 1097-1114.
	doi: 10.1163/156855307781389356
	
	[d] Morimoto, J., Endo, G., Nakanishi, J., Hyon, S., Cheng, G., Bentivegna, D., & Atkeson, C. G. (2006). Modulation of simple sinusoidal patterns by a coupled oscillator model for biped walking. IEEE International Conference on Robotics and Automation (pp. 1579-1584). Orlando, FL, USA.
	doi: 10.1109/ROBOT.2006.1641932
	
<本実験を理解するために参考となる日本語解説>
	[e] 川人光男 (2008). ブレイン・マシン・インタフェースの計測と制御。計測と制御、第46巻、第12号、2007年12月号、pp. 958-963.
	doi: 10.11499/sicejl1962.46.958
	
<お問い合せ先>
	科学技術振興機構  国際共同研究計算脳プロジェクト
	〒619-0288 京都府相楽郡精華町光台2-2-2
	湯川 知郁子(ゆかわ ちかこ)
	TEL:0774-95-2404 FAX:0774-95-1236
	E-mail: 
	
	科学技術振興機構 戦略的創造事業本部 研究プロジェクト推進部
	〒102-0075 東京都千代田区三番町5 三番町ビル
	愛宕 隆治(あたご たかはる)
	TEL:03-3512-3528  FAX:03-3222-2068
	E-mail:  
	
	米国デューク大学:
	Melissa Schwarting
	Senior Media Relations Strategist
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