JSTトッププレス一覧科学技術振興機構報 第426号(資料2) > 研究領域 「マルチスケール・マルチフィジックス現象の統合シミュレーション」
(資料2)

平成19年度 戦略的創造研究推進事業(CRESTタイプ)
新規採択研究代表者および研究課題概要


3 戦略目標 「次世代高精度・高分解能シミュレーション技術の開発」
研究領域 「マルチスケール・マルチフィジックス現象の統合シミュレーション」
研究総括 矢川 元基(東洋大学計算力学研究センター センター長/教授)

氏名 所属機関 役職 研究課題名 研究課題概要
青木 百合子 九州大学大学院総合理工学研究院エネルギー物質科学部門 教授 大規模系への超高精度O(N)演算法とナノ・バイオ材料設計 理論計算によるミクロな視点からの材料設計を実現するため、大規模系に対する電子相関効果を含めた超高精度電子状態計算法を開発し、ナノ~マイクロサイズに対する物理量を様々な外場のもとで高速演算を実行するための基礎方法論とプログラムを構築します。一方、大規模PCクラスタ上での動作環境を整備し、次世代スーパーコンピュータに実装可能なものとすることで、次世代機能性材料の分子設計統合システムの確立を目指します。
今田 正俊 東京大学大学院工学系研究科 教授 高精度多体多階層物質シミュレーション 密度汎関数法と強相関電子理論に立脚し、電子間クーロン相互作用を精緻に取り扱って、第一原理による高精度物質シミュレーション法を革新します。運動エネルギーと相互作用の競合が生み出すマルチエネルギースケールの階層構造と多様物性の解明を進め、半導体エレクトロニクスを基礎付けた「一体近似」手法に代わって、多体電子相関の生む「巨視量子的集団挙動」や「巨大応答」を扱う量子シミュレーション技術を確立します。
臼井 英之 京都大学生存圏研究所 准教授 惑星間航行システム開発に向けたマルチスケール粒子シミュレーション 新しい惑星間宇宙航行システムである磁気プラズマセイルの基本原理や推力性能の評価には、太陽風プラズマ、小規模人工磁気圏、衛星、局所的プラズマ噴射というマルチスケールな事象の相互作用を、プラズマ運動論効果を含めて再現する必要があります。このため、本研究では、数値流体で用いられる局所細分化適合格子法(AMR)とプラズマ粒子法(PIC)を融合させ新しいマルチスケール粒子シミュレーション手法の基盤を確立します。
北尾 彰朗 東京大学分子細胞生物学研究所 准教授 バイオ分子間相互作用形態の階層的モデリング バイオ分子複合体立体構造を予測して作用機構を解明するための統合シミュレーションシステムを構築します。粗視化モデルから高精度モデルへ移行していく新しい階層的シミュレーション技法の開発を行い、粗視化レベルで発生させる大量の複合体立体構造の候補から可能性の高い候補を絞り込んで少数候補を高精度に評価することで、蛋白質と低分子化合物、蛋白質と蛋白質の分子間相互作用形態モデリングを効果的・高精度に実現します。
中辻 博 特定非営利活動法人 量子化学研究協会 理事長 超精密予測と巨大分子設計を実現する革新的量子化学と計算科学基盤技術の構築 化学・生物学・物性物理学など物質科学の世界は、シュレーディンガー方程式などの量子的科学原理によって支配されています。代表者は80年来不可能とされてきたこの方程式の正確な解法を発見しました。本課題では、この方法をさらに発展させ、物質科学の現象を正しく予測、解明する革新的量子化学と計算科学技術を構築します。また、SAC/SAC-CI法を拡張し、巨大系の光・分子設計を可能にする汎用性の高い基盤技術を確立します。
吉村 忍 東京大学大学院工学系研究科 教授 原子力発電プラントの地震耐力予測シミュレーション 地球温暖化やエネルギーセキュリティーの観点から原子力エネルギーへの期待が高まる中、我が国の経年化原子力プラントの巨大地震に対する安全性の確認は焦眉の課題となっています。本研究では、稼働中ないしスクラム直後の過渡状態にある原子力プラントの機能限界をマルチスケール・マルチフィジックス統合シミュレーションにより定量的に見極める耐力シミュレータを研究開発し、原子力プラントの真の地震耐力の定量的予測を目指します。
(五十音順に掲載)

<総評> 研究総括:矢川 元基 (東洋大学 計算力学研究センター センター長/教授)

 本研究領域は、近い将来のペタフロップス超級スーパーコンピュータを視野に入れ、数テラフロップスから地球シミュレータレベルの最先端の超高速・大容量計算機環境と精緻なモデル化・統合化によって、複数の現象が相互に影響しあうようなマルチスケール・マルチフィジックス現象の高精度かつ高分解能の解を求める研究を公募の対象としました。
 具体的には、地球環境変動とその影響、異常気象およびそれに起因する災害予測、人工物の安全性・健全性の評価、複雑な工業製品の設計・試作などのシミュレーション、ナノレベルの材料挙動・生体内たんぱく質構造・生体内薬物動態の解析など、支配因子が未知あるいは不確定性を含む現象やスケールが極度に異なる現象等のモデル化の研究、そのようなモデルの統合数値解析手法の研究、モデルや入力データの妥当性・結果の信頼性の評価方法の研究などが含まれます。
 今年度の応募は45件あり、領域アドバイザーに書類審査をお願いし、最終的には面接審査を行ってアドバイザーの採点をもとに合議して採択テーマを決定しました。本領域は、これまでの多くの研究領域と比して提案される分野が極めて広範にわたる分野横断型の領域であるために異なる分野の研究に対して厳密に序列をつけることに、これまでと同様、困難を極めました。結果的に募集の最終年度として、6件の提案を採択しました。
 採択テーマの専門分野としては、ナノ・バイオテクノロジー、原子力、宇宙科学など広範囲にわたり、具体的に目に見える成果、産業や実社会への応用性とそのインパクトが大きいもの、分野横断的なものも多く、いずれも、すぐれた研究代表者に率いられた極めて質の高い提案でした。
 審査に当たっては、研究の成果がそれぞれの専門領域において世界をリードするものでなければならないことは当然ですが、この種の研究タイプでは、研究代表者の役割や責任が大きいことを考え、当該分野における研究代表者の力量や実績をできるだけ把握して判断材料に加えることにしました。なお、採用数が限られていることから、採択されてしかるべき提案でありながら相対的評価のために落とさざるを得ないというものも少なくありませんでした。一方で、本研究領域の趣旨からかけ離れた提案、すでに開発が済んでいる要素技術を単に複合化する提案、提案それ自身は先進的であっても実現可能性が低いと思われるような提案もありました。
 本年度の選考によって、本研究領域は、21チームとなりました。今後は、これらの各チームがマルチスケール・マルチフィジックス現象の高精度かつ高分解能の解を求めることに集中し、それぞれが狙い定めた、次世代のシミュレーション技術の開発という所期の目標を達成するとともに、具体的な成果および、次世代ペタフロップス超級スーパーコンピュータへの展開が生み出されることを期待しています。