科学技術振興機構報 第4号
平成15年10月14日
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単一の遺伝子で鏡像の種が進化した

 独立行政法人 科学技術振興機構【理事長 沖村憲樹】は、戦略的創造研究推進事業 さきがけタイプ「形とはたらき」(平成9年~14年)研究領域における研究テーマ 「軟体動物の特異な遺伝現象に関する基礎的研究」(研究者:上島励 東京大学講師)及び「巻貝の左右性とはたらき」(研究者:浅見崇比呂 信州大学助教授)の研究成果として、巻貝では、単一の遺伝子が、左巻・右巻き左右反対の鏡像体を作り出すだけではなく、祖先とは交尾ができない別種として進化させる2つの機能を持つことを立証した。本研究成果の詳細は、英国の科学雑誌「Nature」(10月16日号)に掲載される。
 日本で進化したグループのカタツムリ20種には、4種の左巻と16種の右巻が含まれているなど、巻貝には左巻と右巻のものが存在する。巻貝の多くでは雌雄同体であり、生殖は2個体が一度の交尾で互いに精子を交換することでおこなわれる。左巻と右巻の巻貝は交尾器が左右反対の位置にあるため、この雌雄同体の交尾が物理的に難しい。そのため、右巻の集団に突然変異で左巻の個体が出現しても、左巻は交尾相手に恵まれず、繁殖上不利なため、淘汰されることになる。したがって、体の左右を逆転する遺伝子を持つ個体が現われても、それだけでは、左右逆の個体ばかりの集団が新種として進化することはできないと考えられてきた。さらに、これまでの進化生物学では、生物の種類にかかわらず、単一の遺伝子の効果だけで新しい種が進化することは、理論的にありえないことと考えられてきた。
 本研究ではこれらの学問的な常識に反し、カタツムリでは、単一の遺伝子が原因で、内臓をふくめ体中の左右がすべて反対の、いわば鏡に映った形をした鏡像の種が、新たに何度も進化、存続したことを、分子系統と行動生態の手法により立証した。
 上記の日本で進化したグループの左巻4種はすべて、単一の右巻祖先から進化したことが判明した。この場合、右巻の一祖先種が左巻の種に進化した後、4種が左巻のまま分かれただけなので、左右が反転する進化は、右巻の種から左巻の種へ一回だけ起きたことになる。ところが、その新しくできた左巻の系統からは、右巻の種がくり返し進化したことを発見した。これは、同じ左右反転体(鏡像体)の進化でも、左巻への進化は起こりにくく、右巻への進化は起こりやすいことを示している。
 そこで、このカタツムリのグループで右巻と左巻の遺伝様式を調べたところ、右巻が遺伝的に優性であった。この遺伝的に優性であることは、左右巻型の遺伝様式(遅滞遺伝)から判断して、交尾相手となる同じ巻型の個体を集団内に増やす上で有利であると理論的に予測されていた。左巻よりも右巻に進化しやすいという本研究成果は、この理論的予測が正しいことを立証するものである。
論文題目
Single-gene speciation by left-right reversal. Nature 2003 (October 16)
doi :10.1038/425679a
(左右反転する単一遺伝子による種分化)
用語説明
遅滞遺伝子供の性質が、子供が受け取る遺伝子によってではなく、母親が祖父母からうけとった遺伝子により、生まれる前に決定される遺伝様式。そのため、同じ母親から生まれた子供は、すべて同一の性質(ここでは左右巻型)をもつ。
図1.カタツムリの鏡像種と交尾様式
図2.ミトコンドリア遺伝子の塩基配列に基づくマイマイ属の系統樹と鏡像種の進化

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