JSTトッププレス一覧 > 科学技術振興機構報 第393号
科学技術振興機構報 第393号

平成19年4月2日

東京都千代田区四番町5-3
科学技術振興機構(JST)
電話(03)5214-8404(広報・ポータル部広報課)
URL https://www.jst.go.jp

金を触媒として活用する!
ナノテクによる環境調和型アルコール酸化反応を開発

 JST(理事長 沖村 憲樹)は、アルコールの酸化という工業的に重要な有機合成プロセスについて、金ナノクラスターを包み込んだ独自の高分子触媒により、副生成物として水のみが生じるクリーンな化学反応が実現する実用的な方法を開発しました。
 金は、通常化学的に安定で触媒作用は示しませんが、ナノサイズまで微小化すると興味深い触媒活性を示します。当研究グループは化成品や医薬品合成における触媒としての利用に注目して研究を行ってきました。しかし、微小化したナノサイズの金は容易に凝集してしまうため、これをいかにして安定化し、高い触媒活性を発現させるかが大きな課題となっていました。また、貴金属である金の回収、再使用の実現は、工業化を視野に入れた場合に必須条件となります。
 一方、アルコール酸化反応は化成品や医薬品合成をはじめとする有機合成において最も重要な反応の一つですが、従来のアルコール酸化反応では酸化剤として金属試薬(クロム酸化剤など)を多量に必要とし、使用後の金属廃棄物もやっかいな問題でした。近年、環境調和やコストの観点から、金属試薬の代わりに安価で大気中に豊富に存在する酸素を酸化剤として用いる化学反応の開発が行われていますが、その化学反応を促進するための触媒自体を回収・再使用することも求められています。これらの条件を満たす酸化反応では、ほとんどの場合、高温下で溶媒を用いることができないという安全上問題のある反応条件を用いる必要性がありました。今回、これらの問題点を一挙に解決する新しい金触媒を作り、環境調和型の実用的なアルコール酸化反応を開発しました。
 新しく開発した触媒は、金ナノクラスターを包み込んだ高分子触媒で、酸素を酸化剤とするアルコールの酸化反応を、常温・常圧の酸素雰囲気下(通常の大気でも可能)、という温和な条件において速やかに進行させることができます。そして高収率で目的とする酸化体のカルボニル化合物を得ることに成功しました。本触媒は、回収及び繰り返し使用が可能であり、実用性の高いものです。用いる酸化剤は大気中に豊富に存在する酸素で、反応の副生成物は水だけです。従って、本研究で開発したアルコール酸化反応は、環境調和型のクリーンな化学反応といえ、今後、化成品や医薬品などの製造プロセスの環境負荷低減への応用が期待されます。
 本研究成果は、戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究「小林高機能性反応場プロジェクト」(研究総括:小林修 東京大学大学院薬学系研究科教授)の一環として得られたもので、ドイツの科学誌「Angewandte Chemie International Edition(応用化学誌国際版)」オンライン版に、VIP(Very Important Paper)として、平成19年4月2日(月)午前0時(米国東部時間)に公開されます。


<研究の背景>

 アルコールの酸化反応は有機合成において最も重要な反応の一つであり、これまでにも種々の酸化剤が開発されてきています。しかし多くの場合、クロムなどの金属酸化剤を化学量論量注1必要とし、使用後の金属酸化剤の廃棄も困難でした。よって、廃棄の必要のない回収・再使用可能な固体触媒を用いる酸化反応が理想的であり、酸化剤としては大気中の酸素を用いることが、環境調和の面やコストの面からも望ましいのです。従来、酸素を用いる酸化反応用の触媒の開発例はありますが、実際には、高温下や無溶媒というような厳しい条件が必要で、実用性の高い温和な条件での酸化反応の例は限られていました。また、触媒の反応後の回収・再使用に関しては、満足のいく結果はほとんど報告されていません。温和な条件下での、回収・再使用可能な触媒を用いたアルコールの酸素酸化反応の開発は、有機合成の観点からも環境調和の観点からも魅力的でチャレンジングな課題でした。
 これまでに開発された金のナノクラスターによるアルコールの酸素酸化反応では、使用できる基質は非常に限られていました。使用できる基質を広げ実用性を高めるためには、金ナノクラスターの安定化のための新しい発想が必要と考えました。本プロジェクトでは、金ナノクラスターの表面とベンゼン環のような芳香族との間に弱い相互作用があることに着目し、芳香族部位を有する高分子による金ナノクラスターの安定化を試みました。

<成果の内容>

○金ナノクラスター担持高分子触媒の調製
 金ナノクラスター担持高分子触媒は、本プロジェクトで以前開発した高分子カルセランド型触媒注2の調製法に従って、次の手順で作りました。すなわち芳香環を有する高分子と、還元剤、及び1価の金化合物を混合してマイクロカプセル化注3を行い、生じた固体を150度、5時間加熱して高分子内に架橋注4を行うことで金ナノクラスター担持高分子触媒を作りました。透過型電子顕微鏡での観察によって、この金ナノクラスターはナノサイズの安定なクラスターであることがわかりました。(図1図2

○アルコールの酸素酸化反応
 上記の方法で金ナノクラスター担持高分子触媒を作り、アルコールの酸素酸化反応の条件検討を行ったところ、基質(アルコール)100個に対してわずか金原子1個の割合の触媒を用いた場合でも、弱塩基・溶媒存在下、酸化反応は常圧(1気圧)、室温という温和な条件で円滑に進行し、高い収率で目的のカルボニル化合物注5を得ることができました。(図3
 この金ナノクラスター担持高分子触媒は反応後、回収して加熱処理することで再使用が可能であり、7回続けて使用しても触媒活性の有意な低下はみられませんでした。また、種々のアルコールを基質として用いた場合も、反応条件を最適化することで高収率で目的物が得られます。なお、窒素や硫黄のような金との親和性が高い元素を含む基質を用いても、触媒から金の漏れ出しは観測されず、高い収率で目的物が得られました。(図4
 さらに、高温条件下においては、塩基および溶媒を用いなくても反応は進行し、反応開始から30分間での触媒回転率注6が1時間あたり2.0 x 104に上りました。(図5

<成果の展開>

 本研究においては、金ナノクラスターを包み込んだ高分子触媒を開発し、この触媒によって酸素を用いるアルコールの酸化反応が温和な条件下、高い収率で進行することを見出しました。触媒の回収・再使用が可能であり、酸化剤が酸素、反応の副生成物は水だけであることから、環境調和型反応システムであると言えます。今後は化成品や医薬品合成等への応用と同時に、酸化反応以外の反応開発への展開も期待されます。金クラスター触媒の歴史はまだ浅く、今後の大きな発展が見込まれます。

図1 金ナノクラスター担持高分子触媒の模式図
図2 金ナノクラスター担持高分子触媒の調製法
図3 金ナノクラスター担持高分子触媒を用いるアルコールの酸化反応
図4 種々のアルコールの酸化反応
図5 金ナノクラスター担持高分子触媒の高い触媒回転率
用語解説

<論文名>

"Aerobic Oxidation of Alcohols at Room Temperature and Atmospheric Conditions Catalyzed by Reusable Gold Nano-clusters Stabilized by Benzene Rings of Polystyrene Derivatives"
(和文名)ポリスチレン誘導体のベンゼン環に安定化された再使用可能な金ナノクラスター触媒による、室温および常圧条件におけるアルコールの酸素酸化
doi: 10.1002/anie.200700080

<研究領域>

戦略的創造研究推進事業ERATO型研究「小林機能性反応場プロジェクト」
(研究総括:小林修 東京大学大学院薬学系研究科教授)
研究期間: 2003年11月~2008年10月

<お問い合わせ先>

小林 修(こばやし しゅう)
 独立行政法人科学技術振興機構
 ERATO小林高機能性反応場プロジェクト 研究総括
 〒113-0033 東京都文京区本郷 7-3-1
 東京大学大学院薬学系研究科有機反応化学教室
 TEL: 03-5841-4790 FAX: 03-5684-0634
 E-mail:

黒木 敏高(くろき としたか)
 独立行政法人科学技術振興機構
 戦略的創造事業本部 研究プロジェクト推進部 部長
 〒332-0012 埼玉県川口市本町4-1-8
 Tel:048-226-5623 Fax:048-226-5703
 E-mail: