JST(理事長 沖村憲樹)は、人工宝石として知られるありふれた酸化物であるチタン酸ストロンチウムを使って高い効率を示す熱電変換材料の開発に世界で初めて成功しました。
廃エネルギーの再資源化で注目されている熱電変換材料は、温度差を与えると発電し(ゼーベック効果注1)、逆に電気を流すと冷える(ペルチェ効果注2)、という性質を示すことから、腕時計の発電素子や携帯型冷蔵庫の冷却素子などとして利用されています。しかし、現在多く利用されている材料は、重金属であるビスマス、アンチモン、鉛などであり、地球上における埋蔵量が少なく、猛毒で、また耐熱性が低いことから本格的な実用化は妨げられています。近年、身近な材料で、毒性がなく、耐熱性が高い酸化物が注目されてきていますが、重金属に比べ熱電変換効率が著しく低い(十分の一以下)という問題がありました。
チタン酸ストロンチウム注3は、本来、電気を通さない絶縁体ですが、少量のニオブ注4を添加をすることや、内包されている酸素を引き抜くことで、電子が生成されることが知られています。今回、このチタン酸ストロンチウムという酸化物の中に、高濃度の電子を溜め込んだ超極薄シートを挟み込むことによって巨大な熱起電力注5(温度差1℃あたり約800マイクロボルト)を発生することができました。
本研究チームは、精密で超薄の製膜技術により、電子を生成させた厚さ0.4ナノ(十億分の一)メートルのチタン酸ストロンチウム超極薄シートを、厚さ3.6ナノメートルの絶縁体のチタン酸ストロンチウムで上下に挟んだサンドイッチ構造にすることで、電子を溜め込むことに成功しました。その結果、熱起電力が電子を生成させた通常のチタン酸ストロンチウムの約5倍に上昇し、熱電変換性能では従来の重金属の約2倍を達成して、本格的な実用化に大きく前進しました。これにより、発電素子、冷却素子、熱センサーなどへの幅広い応用が期待できるほか、太陽光発電のようなクリーンエネルギー技術に繋がる可能性があります。
本成果は、JST戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)「エネルギーの高度利用に向けたナノ構造材料・システムの創製」(研究総括:藤嶋昭)、研究テーマ「ナノブロックインテグレーションによる層状酸化物熱電材料の創製」(研究代表者:河本邦仁)の研究メンバーである太田裕道(名古屋大学助教授)、細野秀雄(東京工業大学教授)、幾原雄一(東京大学教授)らとの共同研究によって得られたもので、英国科学雑誌「ネイチャー・マテリアルズ」オンライン版に、2007年1月21日(英国時間)に公開されます。
<研究の背景>
日常的に使われるエネルギーの大部分は廃熱として活用されないまま環境に放出されています。その量は一次供給エネルギーのおよそ3分の2に及ぶと言われ、この排出エネルギーを電気に変えることが、廃エネルギーの再資源化として注目されています。
このように排出される熱を電気に変えることができる熱電変換材料は、温度差を与えると発電し(ゼーベック効果)、逆に、電気を流すと冷える(ペルチェ効果)という性質を示すことから、発電素子や冷却素子としての利用が可能です。中でも発電素子は、工場や自動車の排気ガス熱から有効な電気が得られることから、クリーンエネルギー技術としても大きな期待が寄せられています。しかし、現在利用されている熱電変換材料は、一般的にビスマス、アンチモン、鉛、テルルなどの重金属であり、現在、体温と外気の温度差で発電する腕時計の発電素子や、携帯型冷蔵庫などの冷却素子等々に使われていますが、地球上における埋蔵量が少なく、猛毒であり、耐熱性が低いといった諸問題があるため、応用範囲は限られているのが現状です。こうした背景から、近年、入手が容易で、耐熱性が高く、毒性がない酸化物が熱電変換材料として注目され、各方面で活発に研究されてきていますが、重金属に比べて変換効率が著しく低い(十分の一以下)という問題も抱えていました。
数年前からチタン酸ストロンチウムというありふれた酸化物が熱電変換材料として注目されています。チタン酸ストロンチウムは、本来、電気を通さない絶縁体ですが、少量のニオブを添加したり、内包されている酸素を引き抜くことで電子が生成されることが知られています。名古屋大学の太田らの最近の研究結果で、ニオブを添加したチタン酸ストロンチウムが自動車の排気ガスの温度域(約730℃)における最も有望な酸化物であることが分かりましたが、変換効率は重金属の三分の一以下とまだまだ低いため、一層の性能向上が求められていました。
一方、熱電変換材料の性能向上のためには、電池における電圧に相当する熱起電力(温度差を与えたときに発生する電圧)を高める必要があります。熱起電力を高める方法としては、1993年に米国マサチューセッツ工科大学のドレッセルハウス教授らによって理論予測された、数ナノメートルの極薄シートに電子を溜める方法がありますが、電気を通しやすい重金属の中では逆に電子が溜まりにくいため、この方法を実現することは困難と考えられていました。
<研究の成果の概要>
本研究では、元々絶縁体で電子を溜めやすい性質を持つチタン酸ストロンチウムを超極薄シートに使いました。精密な超極薄の製膜技術を駆使して、ニオブ添加により電子を生成させた厚さ0.4ナノメートルのチタン酸ストロンチウム超極薄シート(二次元電子ガス注6)を、厚さ3.6ナノメートルの絶縁体のチタン酸ストロンチウムで上下に挟んだサンドイッチ構造にすることで、超極薄シート内に電子を溜めることに成功しました。その結果、電子を生成させたバルクのチタン酸ストロンチウムに対して熱起電力が約5倍に上昇し、熱電変換性能では従来の重金属に対して約2倍の性能を得ることに成功しました。
本研究で得られた結果を以下に示します。
地球上における埋蔵量が少なく、猛毒で、耐熱性が低い、ビスマス、アンチモン、鉛、テルルなどの重金属を使用した熱電変換材料に替わって、耐熱性が高く、毒性がない、「ありふれた酸化物」であるチタン酸ストロンチウムを使った熱電変換材料の開発に世界で初めて成功しました。
熱起電力を高めるための方法として、精密な超極薄の製膜技術を駆使して、ニオブ添加により電子を生成させた厚さ0.4ナノメートルのチタン酸ストロンチウム超極薄シート(二次元電子ガス)を作製し、これを厚さ3.6ナノメートルの絶縁体のチタン酸ストロンチウムで上下に挟んだサンドイッチ構造にすることによって挟まれた超極薄シート内に電子を溜めることに成功しました(図1、図2a参照)。
上述の挟まれた超極薄シートに電子が溜まっていることを、各種の電気的測定、最新鋭の走査型透過電子顕微鏡によって明らかにしました(図2a)。また、超極薄製膜技術により作製した、二酸化チタン薄膜/チタン酸ストロンチウム結晶の界面にも約0.3ナノメートルの電子が溜まった層ができることをC-V測定によって明らかにしました(図2b)。
この超極薄シートの熱起電力は、電子を生成させたバルクのチタン酸ストロンチウムの約5倍に上昇し(図3a)、変換性能は、従来の重金属に対して約2倍を達成しました(図3b)。
<今後の展開>
本研究によって、チタン酸ストロンチウム結晶は、従来の重金属に対して約2倍の熱電変換効率を示すことから、従来用途である腕時計や携帯型冷蔵庫などに限らず、発電素子や冷却素子としての幅広い用途に利用できます。また、耐熱性が高く、毒性がない、「ありふれた酸化物」であるため、地球温暖化の原因となる工場や自動車の排気ガス(熱)を有効利用して発電するクリーンエネルギー技術に繋がる可能性があるとともに、さらに、熱(赤外線)を感知して電圧を発生することから、熱センサー(サーモパイル)として利用できます。
<掲載論文名>
"Giant thermoelectric Seebeck coefficient of two-dimensional electron gas in a SrTiO3"
(邦訳:チタン酸ストロンチウムに溜められた二次元電子ガスの巨大熱起電力)
doi: 10.1038/nmat1821
<研究領域>
戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST) | |
研究領域: | 「エネルギーの高度利用に向けたナノ構造材料・システムの創製」 |
(研究総括:藤嶋 昭) | |
研究課題名: | ナノブロックインテグレーションによる層状酸化物熱電材料の創製 |
研究代表者: | 河本 邦仁 (名古屋大学 大学院工学研究科 教授) |
研究実施場所: | 名古屋大学工学研究科 |
研究実施期間: | 平成14年度~平成19年度 |
<お問い合わせ先>
太田 裕道 (オオタ ヒロミチ)
名古屋大学 大学院工学研究科 助教授
〒464-8603 名古屋市千種区不老町
TEL: 052-789-3202 FAX: 052-789-3201
E-mail:
野口 義博 (ノグチ ヨシヒロ)
独立行政法人科学技術振興機構
戦略的創造事業本部 特別プロジェクト推進室
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