科学技術振興機構報 第33号
平成16年3月5日
埼玉県川口市本町4-1-8
独立行政法人 科学技術振興機構
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細胞分裂が頭尾方向の非対称性を決定

~臓器の再生医療へまた一歩前進~

 独立行政法人 科学技術振興機構(理事長 沖村憲樹)の研究チームは、体の左右非対称性を決める2つの遺伝子レフティ1(Lefty1),サール(Cerl)が哺乳動物の頭の位置も決定することを突き止めた。胚の初期段階で対称な位置にあった特殊な内胚葉細胞(DVE)が、2つの遺伝子が働き始めた側に移動して頭部を形成する。哺乳動物の非対称性に関与する遺伝子の発見は、非対称な3次元構造を有し複雑な形状を示す人間の臓器の再生医療へつながる基本成果である。
 本成果は、平成16年3月7日付(米国東部時間)の英国科学雑誌ネイチャー誌オンライン版で発表される。
 JST戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CRESTタイプ)の研究テーマ「形態の非対称性が生じる機構」(研究代表者:濱田博司 大阪大学大学院生命機能研究科・教授)のチームメンバーである大阪大学大学院生の山本正道氏、同助教授の目野主税氏他が発見した。哺乳類の初期胚内部で、対称な位置にあるDVEが片方へ移動し、移動した側に頭が形成されるという現象自体は既に知られていた。濱田チームが既に明らかにした体の左右の違いを作る遺伝子が、この現象をも支配するというメカニズムを今回、明らかにした。
体の非対称
「対称な形態から、いかにして非対称が生じるのか?」すなわち「体の軸はいかにして形成されるのか?」哺乳類では、胚発生の途中で初めて非対称性が生じる。一体、どのような機構で非対称性が生じるのだろうか?
体の非対称性はどのようにして生じるのだろうか?
 濱田研究代表者らのグループは、これまで体の左右非対称性ができる仕組みを研究してきた。この左右非対称に関しては、我々は数々の成果を発表しており、例えば、平成8年には、哺乳類で非対称に発現する初めての遺伝子として、レフティ(Lefty)(※1)と呼ばれる遺伝子の役割などを明らかにし報告した。
 今回は前後、すなわち頭尾方向の形成の仕組みの解明に挑戦した。哺乳類の場合、対称な位置にあった遠位臓側内胚葉(DVE distal visceral endoderm)(※2)と呼ばれる特殊な細胞が片方へ移動し、その結果、移動した側に頭が形成されるという現象が既に知られていた。しかしながら、何故、DVEが片側(将来の頭側)へ移動するのか、細胞が移動する方向はどのように決められているのか、といった細胞が移動するメカニズムについては不明のままであった。今回の研究では、これらの細胞移動のメカニズムの問題を解明しようとした。
頭尾の方向の決定:図1参照
 マウスでは、受精後5.5~6.5日の間に頭尾軸が確立する。これにはいくつかのステップがある。まず、受精後5.5日には胚の最も遠位側(胎盤から遠い位置)に、DVEと呼ばれる特殊な細胞集団が生じる。この細胞DVEは、遠近軸以外の方向性に関して対称に位置している。次に、DVEが胚の片側(将来の頭側)へ移動し始める。片側へ移動したDVEは、頭側を誘導するシグナル因子レフティ1(Lefty1)やサール(Cerl)を分泌し、DVEが移動した側を頭、反対側を尾とする。しかしながら、DVEが移動する仕組みについては全く知られていなかった。  今回、マウス胚を用いて以下の様な実験を行い、DVEがなぜ頭側へ移動するかという謎を解く重要な知見が得た。
レフティ1(Lefty1)の発現を調べたところ、DVEが移動を始める前にすでに片側に偏って発現していた。レフティ1(Lefty1)と同様に、ノーダル(Nodal)の抑制因子として働くサール(Cerl)も同様に非対称に発現していた。
DVEが移動を始める前のマウス胚へレフティ1(Lefty1)やサール(Cerl)の機能を導入すると、DVEは導入された側へ移動した。 逆に、ノーダル(Nodal )を導入すると、導入した場所とは逆の方向へ移動した。
ノーダル(Nodal )はDVEを含む臓側内胚葉(VE: visceral endoderm)の細胞分裂を上昇させ、レフティ1(Lefty1)やサール(Cerl)は逆に抑制した。
レフティ1(Lefty1)やサール(Cerl)を欠損するマウスでは、DVEの移動が大幅に遅れた。(それでも移動をしたのは、代償的に発現したレフティ2(Lefty2)のためである。)
左右と頭尾の決定機構には、同じ分子が関与
 以上の結果から、レフティ1(Lefty1)やサール(Cerl)の非対称な発現が、細胞分裂を非対称性に抑制することにより、DVEの移動する方向、ひいては体の頭尾の方向を決めていることがわかった。左右の決定で重要な役割を持つレフティ(Lefty)やノーダル(Nodal)が、もう一つの体の軸である頭尾軸をも決めていることになる。左右と頭尾の決定機構は、細胞レベルでは全く違うメカニズムでありながら、同じ分子が関与するというのは興味深い。
 また、発生途中の細胞が移動することは、体が出来上がる過程において、様々な場所で認められているが、細胞分裂速度の違いが移動方向を決めるというメカニズムはまだ他に例がない。
社会的意義
 我々の体は外見的に左右対称であるが、内臓の臓器の多くは3次元的に非対称である。例えば、肝臓は方向性を持った非常に複雑な形状を示している。このような複雑な臓器を作るためには多様な種類の細胞が必要であるが、それに加えて、細胞集団内に方向性(非対称性)が存在することが必須である。今回、我々は左右に加えて、前後の非対称性の機構に大きな知見を得た。本研究を進めていくことで、生物の前後・左右を決定する遺伝子プログラムの全体像に迫りたい。本研究が発展していくことで、体が出来上がるための基本的な仕組みが解明されると期待される。
 更に、本研究で得られた知識は、将来の医療として注目される再生医療、とくに複雑な形態と機能を持つ臓器を再生するためには重要になるであろう。また、ヒトの先天性奇形の原因究明やその早期治療法確立につながることも期待される。
<参考:論文タイトル>
Nodal antagonists regulate formation of the anteroposterior axis of the mouse embryo
doi :10.1038/nature02418
<用語注釈>
(※1) レフティ(Lefty), ノーダル( Nodal)
 ノーダル(Nodal)は細胞へシグナルを入れる分泌性の蛋白質、レフティ(Lefty)はノーダル(Nodal)のシグナルが細胞へ入るのを抑制する因子。左右の決定では、ノーダル(Nodal)は左側決定因子として働く事が知られている。頭尾の決定においてはノーダル(Nodal)は細胞分裂を上昇させる活性を持つことがわかった(今回の研究)。
 ここで、一旦整理すると、次のようになる。レフティ(Lefty)もサール(Cerl)もノーダル(Nodal )の活性を抑制する働きを持つ因子。哺乳類ではノーダル(Nodal )遺伝子は一つだが、レフティ(Lefty)にはレフティ1(Lefty1)とレフティ2(Lefty2)の二つの遺伝子がある。レフティ1(Lefty1)とレフティ2(Lefty2)は蛋白質としては同じ働きをするが、働く場所と時期が異なる。頭尾決定の局面ではレフティ1(Lefty1)、左右決定の時にはレフティ1(Lefty1)とレフティ2(Lefty2)の両者が働く。
(※2) 遠位臓側内胚葉(DVE)
 受精後5.5日のマウス胚において、子宮から最も遠い位置に存在する数個の内胚葉細胞の集団。特殊な遺伝子マーカーを発現する。受精後5.7日頃から将来の頭側へ移動し、頭側を誘導する種々の因子を分泌する。
 
この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下の通りである。
研究領域: 生物の発生・分化・再生
(研究総括:堀田 凱樹、国立遺伝学研究所 所長)
研究期間: 平成12年度~平成17年度
(補足説明資料)
図1:頭尾の方向の決定
図2:<新>頭尾の方向の決定
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 本件問い合わせ先:
濱田 博司 (はまだ ひろし)
大阪大学大学院生命機能研究科
 〒565-0871 吹田市山田丘1-3
 TEL: 06-6879-7994
 FAX: 06-6878-9846  
森本 茂雄(もりもと しげお)
独立行政法人 科学技術振興機構 研究推進部 研究第一課
 〒332-0012 川口市本町4-1-8
 TEL:048‐226‐5635
 FAX:048‐226‐1164  
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