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科学技術振興機構報 第310号

平成18年7月10日

東京都千代田区四番町5-3
科学技術振興機構(JST)
電話(03)5214-8404(総務部広報室)
URL https://www.jst.go.jp

食物に紛れ込む病原細菌の侵入を腸で感知するメカニズムを解明

 JST(理事長:沖村憲樹)の研究チームは、食物に紛れ込む病原細菌の侵入を腸管内で感知するメカニズムを解明しました。
 自然免疫系注1は、細菌、寄生虫、ウイルス等の病原体の侵入を感知し、感染防御を誘導することが知られています。食物と一緒に紛れ込む病原細菌から身を守るためには、腸管内で病原細菌を感知する必要があります。しかし、腸管においては病原細菌の侵入をどのように感知しているのかは詳しく調べられておらず、その解明が期待されていました。
 今回、研究チームは、自然免疫系による病原体認識において中心的な役割を果たすToll-like receptor(TLR) 注2ファミリーの中で、TLR5が腸管における病原細菌の侵入を感知する重要なセンサーであることを明らかにしました。TLR5は腸管内の特殊な細胞に発現しており、鞭毛(べんもう)(細胞表面にある、長くて数の少ない毛)を持つ病原細菌のフラジェリン注3というタンパク質を認識して免疫反応を引き起こしました。この免疫反応により、一般的な病原細菌の感染を防いでいると考えられます。一方、腸チフス注4の原因菌であるチフス菌について調べたところ、チフス菌は細胞内に入り込み、TLR5の機能を逆手にとって全身に感染を広げていくことがわかりました。
 本研究成果は、腸管内での病原細菌を感知するメカニズム及びチフス菌に感染する仕組みを明らかにしたもので、細菌性腸炎、特に腸チフスの新しい治療法の開発につながると考えられます。
 本研究成果は、戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究「審良(あきら)自然免疫プロジェクト」(研究総括:審良静男)が、大阪大学微生物病研究所との共同研究で得たもので、米国科学誌「Nature Immunology」オンライン版に7月9日(米国東部時間)に公開されます。
大阪大学微生物病研究所教授

[本研究の背景]

 細菌やウイルス寄生虫などの病原体が体内に侵入した際にそれを排除するシステムとして免疫系が存在します。免疫系は自然免疫系と獲得免疫系(抗体を用いる免疫系)からなり、病原体の侵入を最初に察知するのが自然免疫系です。自然免疫系において中心的な役割を果たすのがToll-like receptor (TLR)と呼ばれる受容体です。TLRはヒトでは10種類が発見されており、ヒトには存在せず病原体に特異的に存在する成分を認識して、免疫に携わる細胞を活性化します。TLRファミリーメンバーの中でTLR5は細菌の鞭毛の成分であるフラジェリンを認識する受容体として発見されました。ところが、他のTLRファミリーメンバーが発現している腹腔マクロファージや骨髄幹細胞から誘導した樹状細胞注5には発現していなかったため、その機能は詳しく調べられておらず解明が待たれていました。

[本研究の成果]

今回、JSTの研究チームは、TLR5遺伝子を欠損するマウス注6を作製し、小腸における感染防御においてTLR5の新たな役割を明らかにしました。
本研究により分かったことは以下の通りです。
1)TLR5の機能を解明するため、様々な臓器を採取し、TLR5がどこに発現しているかを調べました。するとTLR5が小腸にたくさん発現していることが分かりました。以前、TLR5が小腸の上皮細胞に発現しているという報告がありましたが、本研究では上皮細胞にはあまりTLR5は発現しておらず、フラジェリンに対する反応性も低いことがわかりました。そのため、小腸の様々な細胞を分離し、小腸のどの細胞にTLR5が発現しているか調べました。その結果TLR5は小腸の粘膜固有層と呼ばれる部分(図1)に存在する樹状細胞(CD11c陽性細胞)に特異的に発現していることが分かりました。
2)正常なマウスの小腸の粘膜固有層の「CD11c陽性細胞」ではフラジェリンに反応して炎症性サイトカインを産生し、炎症反応(一種の免疫反応)を引き起こしました。一方、TLR5欠損マウスでは、これらの炎症性サイトカインの産生は完全にありませんでした。これより、小腸の粘膜固有層のCD11c陽性細胞が、TLR5を用いて病原細菌に対する感染防御を行うことが明らかになりました。
3)マウスチフス菌は、ヒトの腸チフスと同じような病気をマウスにおこす病原菌で、鞭毛を持つ細菌です。経口感染したチフス菌は、小腸でいろいろな細胞に感染します。チフス菌は細胞内に寄生する菌なので、樹状細胞などに取り込まれると細胞質内に入り込んで樹状細胞による消化を免れるとともに、これらの細胞を活性化することで逆に樹状細胞を「運び屋」として利用して、リンパ組織に入り血流にのって全身に広がっていきます。
病原性の鞭毛を持つ細菌の感染に対するTLR5の役割を検討する目的で、野生型とTLR5欠損マウスを用いてマウスチフス菌の感染実験を行いました。TLR5欠損マウスではマウスチフス菌に対して弱くなると予想していましたが、TLR5欠損マウスは逆にマウスチフス菌に対して抵抗性を示しました。マウスチフス菌に感染後、TLR5欠損マウスでは、小腸に取り込まれた菌の数は野生型と変わらなかったにもかかわらず、脾臓(ひぞう)や肝臓での菌の数は、野生型に比べて極端に少ないことがわかりました。これらの結果から、マウスチフス菌はTLR5を逆に利用して小腸粘膜固有層のCD11c陽性細胞を活性化し移動を活発にさせることによって、全身に感染をひろげていくことが分かりました(図2)。

[今後の展開]

 本研究で得られた結果により、チフス菌は細胞内に入り込み、TLR5の機能を逆手にとって全身に感染を広げていくことがわかりました。そのため、TLR5の機能をブロックする薬剤を開発することによって、腸チフスの治療に結びつく可能性があります。
 さらに、腸管で病原細菌に対して強く免疫反応を引き起こす細胞(粘膜固有層のCD11c陽性細胞)を発見しました。強く免疫反応を起こす細胞は、薬剤などで刺激することにより免疫活性化を起こすため、免疫活性化により疾患を治療する免疫療法には必須の細胞です。この細胞の性質を解析することによって、新しい免疫療法の確立に結びつくことが期待されます。
【語句説明】
(図1)粘膜固有層
(図2)今回判明したチフス菌の増殖経路

【論文タイトル】

 "TLR5 is highly expressed on intestinal CD11c+ lamina propria cells and utilized by S. typhimurium for systemic infection"
 「TLR5は小腸粘膜固有層のCD11c陽性細胞に高発現しておりS. typhimuriumの全身感染に利用される」

【研究領域等】

戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究「審良(あきら)自然免疫プロジェクト」
(研究総括:審良静男 大阪大学微生物病研究所 教授)
研究期間:平成14年度~平成19年度

【お問い合わせ先】

審良 静男(あきら しずお)
 独立行政法人 科学技術振興機構
 審良自然免疫プロジェクト 研究総括
 大阪大学微生物病研究所教授
 〒565-0871 大阪府吹田市山田丘3-1
 Tel: 06-6879-8303
 Fax: 06-6879-8305

星 潤一(ほし じゅんいち)
 独立行政法人 科学技術振興機構
 戦略的創造事業本部 特別プロジェクト推進室
 〒332-0012 埼玉県川口市本町4-1-8
 Tel: 048-226-5623
 Fax: 048-226-5703