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科学技術振興機構報 第304号

平成18年6月29日

東京都千代田区四番町5-3
科学技術振興機構(JST)
電話(03)5214-8404(総務部広報室)
URL https://www.jst.go.jp

プリオン病の細胞の状態が異なる理由を解明
(神経変性疾患の治療へつながると期待)

 JST(理事長 沖村憲樹)は、プリオン病の細胞表現型(細胞の状態)が異なる理由を、酵母を用いて世界で初めて明らかにしました。
 プリオン病注1は、ヒトのクロイツフェルト・ヤコブ病やウシの海綿状脳症(BSE、狂牛病)など、プリオン蛋白質がその病因に関与する神経変性疾患の一群ですが、これまで原因となるプリオン蛋白質が様々な症状を示す分子メカニズムは不明でした。今回解明した分子メカニズムは他の神経変性疾患の発症メカニズムの解明にもつながるものです。
 プリオン蛋白質を原因とするプリオン病では様々な脳の症状が表れますが、その分子メカニズムはこれまで大きな謎でした。
 本研究では、まず酵母プリオン注2の系を用いて、様々な細胞表現型を示すプリオン株注3が出現する分子メカニズムに関して、プリオン凝集体(アミロイド)注4の物理的特性に基づく理論モデルを構築しました。次に、そのモデルを実験的に検証し、アミロイドの分割速度がプリオン蛋白質に感染した細胞の表現型を決定する主要因子であることを世界で初めて明らかにしました。本研究は、アミロイドの分割速度を制御することがプリオン病の治療に重要であることを示したものです。
 本研究の成果は、戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)「代謝と機能制御」研究領域(研究総括:西島正弘)における研究テーマ「プリオン凝集体の代謝産物に着目した細胞機能制御」(研究者:田中元雅、理化学研究所脳科学総合研究センター、ユニットリーダー)において、ハワードヒューズ医学研究所、カリフォルニア大学サンフランシスコ校のJonathan Weissman(ジョナサン・ワイスマン)教授らのグループとの共同研究によって得られたもので、英国科学雑誌「Nature」オンライン版に、2006年6月28日(英国時間)に一般公開されます。

<研究の背景と経緯>

 プリオン病はヒトのクロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)やヒツジのスクレイピー、ウシの海綿状脳症(BSE、狂牛病)などプリオン蛋白質がその病因に関与する神経変性疾患の一群です。これまでCJDに汚染された硬膜の移植による医原性CJDの多発や、BSE牛の発見により、プリオン病は大きな社会問題となっており、その病態解明は重要な研究課題となっています。
 プリオン病では同一のプリオン蛋白質遺伝子から様々な症状が発症しますが、その"プリオン株の存在"はプリオン病の大きな特徴の一つです。酵母にも哺乳動物のプリオン蛋白質と同じ振る舞いをする蛋白質(酵母プリオン)が存在し、その酵母プリオンにも異なる細胞表現型を示すプリオン株が存在します。
 これまで、田中らの研究グループは、酵母プリオン[PSI+]の系注5を用いて、プリオン蛋白質の凝集体(アミロイド)がプリオン感染を引き起こし、アミロイドの立体構造の差異が、様々な細胞表現型を引き起こす物理的基盤となっていることを明らかにしてきました(図1)。しかし、なぜ異なる構造をもつアミロイドが異なる細胞表現型を引き出すのか、その分子メカニズムは依然として不明なままでした。

<研究の内容>

1 田中らはプリオンの伝搬がアミロイドの成長と分割という二つのステップに分けられることに着目し、プリオン蛋白質の発現速度、アミロイドの成長速度、分割速度などのパラメータを用いて、細胞表現型を表す理論モデルを構築しました(図2)。その結果、プリオン株の細胞表現型は、アミロイドの成長速度と分割速度で非常に良く説明できることが推定され、逆に、既知のアミロイドの成長速度と分割速度からアミロイド凝集状態が予測可能であることを示しました。
2 上記の理論モデルを実験的に検証するため、田中らは、これまでに単離していた三つの酵母プリオン[PSI+]株を用いて、そのアミロイドの成長速度と分割速度を測定しました。その結果、最も凝集量が多いプリオン株内のアミロイド(酵母プリオン[PSI+]の系では白色を示す細胞)は、生理的条件下で凝集体成長速度が最も遅かったものの、その分割速度が極めて速いために最終的に細胞内により多くの凝集体が形成され、白色を示すことが明らかになりました。このように、アミロイドの分割速度がプリオン株のアミロイド凝集状態を決定する因子であることを世界で初めて明らかにしました。

<今後の展開>

1 全く同一の遺伝子をもつにも関わらず異なる病態を示す"プリオン株の存在"は、これまで、プリオン病が核酸ではなく、プリオン蛋白質のみで感染するという"蛋白質オンリー仮説"と相容れないものと考えられてきました。しかし、本研究による、同一遺伝子のままで異なるアミロイド凝集量を示す"プリオン株の存在"の分子メカニズムの解明が、プリオン感染における"蛋白質オンリー仮説"の証明につながるものであると考えられます。
2 本研究は、プリオン病の様々な病態に対して、アミロイドを分割し得る因子の組織での発現量や活性の程度が本疾患に大きく関与している可能性を示しており、そのような因子の病態発症、進行への重要性を指摘しています。同時に、アミロイドを分割する因子の発現量や活性の抑制が、プリオン病の治療に極めて有効であることを示唆しています。
3 疾患表現型がプリオン蛋白質の凝集体の成長速度と分割速度の動的な相互作用によって決定されるという分子メカニズムは、プリオン病などの伝搬性疾患と他の非伝搬性疾患の発症メカニズムの違いの解明、また、脳内にアミロイドを形成し、組織特異的に細胞の変性度合いが異なるアルツハイマー病やハンチントン病など他の神経変性疾患の発症メカニズムの解明につながると期待されます。
<用語解説>
図1 異なる立体構造をもつプリオン凝集体(アミロイド)の表現型
図2 異なるアミロイド凝集状態を示すプリオン株におけるアミロイドの成長速度と分割速度との関係

<掲載論文名>

 "The Physical Basis of How Prion Conformations Determine Strain Phenotypes"
 (プリオン蛋白質の立体構造が細胞表現型を決定する物理的基盤)

<研究領域等>

この研究テーマを実施した研究領域、研究機関は以下のとおりです。

 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)
研究領域:「代謝と機能制御」(研究総括:西島 正弘)
研究課題名:プリオン凝集体の代謝産物に着目した細胞機能制御
代表研究者:田中 元雅(理化学研究所 脳科学総合研究センターユニットリーダー)
研究実施場所:ハワードヒューズ医学研究所・カリフォルニア大学サンフランシス校 細胞分子薬理学科 および 理化学研究所 脳科学総合研究センタ 田中研究ユニット
研究実施期間:平成17年10月~平成21年3月

<お問い合わせ先>

田中 元雅(タナカ モトマサ)
理化学研究所 脳科学総合研究センター 田中研究ユニット
〒351-0198 埼玉県和光市広沢2-1
TEL:048-467-6072 FAX:048-462-4796
E-mail:

白木澤 佳子(シロキザワ ヨシコ)
独立行政法人科学技術振興機構
戦略的創造事業本部 研究推進部 研究第二課
〒332-0012 埼玉県川口市本町4-1-8
TEL: 048-226-5641, FAX:048-226-2144
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