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科学技術振興機構報 第275号

平成18年4月7日

東京都千代田区四番町5-3
科学技術振興機構(JST)
電話(03)5214-8404(総務部広報室)
URL https://www.jst.go.jp

減数分裂時に染色体末端(テロメア)を束ねて
ブーケ構造を作るタンパク質を初めて発見

(不妊症の原因解明につながる可能性)

 JST(理事長 沖村憲樹)は、生殖細胞で起こる特殊な細胞分裂(減数分裂)の際に重要な働きをするタンパク質を初めて発見しました。このタンパク質は、生殖細胞から精子や卵子が作られる過程で染色体(注1)の配置を正しく保つ上で必須の役割を持ち、このタンパク質が欠損すると、減数分裂での染色体組換え(注2)が低下し、染色体分配異常が起こることから、この発見が生殖細胞の形成不全に起因する不妊症などの原因解明に役立つ可能性が示唆されます。
 細胞の染色体は遺伝情報(ゲノム)を担うことで知られています。子孫を残すための生殖細胞の分裂(減数分裂)過程では、父母に由来する1対の染色体を半数に分けて分配することにより、半数の染色体を持つ精子や卵子が作られます。そして、精子と卵子が受精することにより、再び1対の染色体をもつ子孫が生み出されます。この減数分裂の過程で、染色体末端(テロメア)が核膜上の一カ所に集合する特殊な染色体配置を作ります。この構造は染色体が一端で束ねられ、花束(ブーケ)のような形に見えることからブーケ構造と呼ばれます。減数分裂でのブーケ構造は、真核生物である酵母からヒトまで広く見られ、染色体の組換えと分配に重要であることが昔から知られていましたが、そこに関わる因子は見つかっていませんでした。今回の研究では、酵母を用いた研究によりブーケ構造形成に関与する2つのタンパク質を発見し、ブーケ1およびブーケ2と名付けました。
 本研究の成果は、戦略的創造研究推進事業「ソフトナノマシン等の高次機能構造体の構築と利用」(研究総括:宝谷紘一)における研究テーマ「遺伝子デリバリーシステム(注3)としての人工細胞核の創製」の一環として原口徳子(独立行政法人情報通信研究機構 主任研究員)、近重裕次(同上 主任研究員)および平岡泰(同上 上席研究員)らのグループの研究によって得られたもので、米国科学雑誌「Cell」の誌面に2006年4月7日(米国東部時間)に掲載されます。

【研究の背景と経緯】

 減数分裂は精子や卵子を作る特殊な細胞分裂で、子孫を残すために重要な過程です。減数分裂では、父母に由来する1対の染色体を半数に分けて分配することにより、精子や卵子が作られます。この過程での染色体分配の障害は、ヒトの不妊、流産、染色体異常の主な原因です。
 減数分裂の過程で染色体末端が核膜上の一カ所に集合するブーケ構造は、酵母からヒトまで広く見られ、染色体の組換えと分配に重要であることが知られていましたが、そこに関わる因子は見つかっていませんでした。ヒトをはじめとする高等動物では、減数分裂は体内の特殊な器官(精巣や卵巣)で進行するため、その分裂過程を追跡することは困難でした。一方、本研究に用いた酵母は単細胞の微生物で、減数分裂過程の観察が容易であり、しかも遺伝的な操作が可能です。この酵母に対して、独自に開発したDNAマイクロアレイ(注4)と生細胞蛍光イメージング技術を用いることにより、ブーケ構造形成に関与するタンパク質をはじめて発見できました。

【研究の内容】

(1)ブーケ構造は減数分裂に特有に見られることから、まず、独自に作製したDNAマイクロアレイ(個々の遺伝子の発現量が分かる)を用いて減数分裂時の全遺伝子の発現量を測定し、5,000個の全遺伝子の中から減数分裂時に発現量が増加する約100個の遺伝子をブーケタンパク質の候補として選択しました。
(2)これら約100個の遺伝子をひとつひとつ破壊し、ブーケの形成に障害を示す遺伝子を2つ見つけました。これらは、未だ機能のわかっていない遺伝子でした。
(3)高分解能蛍光顕微鏡装置で細胞内局在を観察したところ、この2つのタンパク質は、テロメアと核膜の接点に局在することがわかりました(図1)。さらに、タンパク質相互作用の解析から、この2つのタンパク質は、テロメアタンパク質と核膜タンパク質の双方に結合し、ブーケの形成に必要であることがわかったので、ブーケ1及びブーケ2と名付けました。

【今後の展開】

(1)ブーケ構造形成に関与するタンパク質を酵母で発見した今回の研究を、ヒトやマウスなどの高等動物での研究に展開することにより、不妊症などの原因解明につながることが期待されます。
(2)今回発見したタンパク質は染色体を細胞核膜につなぎ止める働きがあるので、このタンパク質を利用することによって、特定の塩基配列を持つDNAを核膜につなぎ止めることが可能になり、巨大遺伝子操作を可能にする遺伝子デリバリーシステムなどへの利用が想定される人工細胞核の創製への展開が期待できます。
【用語解説】
図1 生殖細胞での染色体のブーケ配置(テロメア集合)

【論文名】

“Meiotic Proteins Bqt1 and Bqt2 Tether Telomeres to Form the Bouquet Arrangement of Chromosomes”
「減数分裂タンパク質Bqt1及びBqt2 (ブーケ1及びブーケ2)はテロメアを束ねて、染色体のブーケ構造を形成する」
doi :10.1016/j.cell.2006.01.048

【研究領域等】

JST戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)
研究領域名:ソフトナノマシン等の高次機能構造体の構築と利用
研究総括: 宝谷 紘一(名古屋大学 名誉教授)
研究課題名:遺伝子デリバリーシステムとしての人工細胞核の創製
研究代表者:原口 徳子((独)情報通信研究機構関西先端研究センター 主任研究員)
研究期間:平成14年度~平成19年度

<お問い合わせ先>

原口 徳子(ハラグチ トクコ)
 独立行政法人 情報通信研究機構
 関西先端研究センター 生物情報グループ
 〒651-2492 神戸市西区岩岡町岩岡588-2
 TEL:078-969-2241 FAX:078-969-2249
 E-mail:

野口 義博(ノグチ ヨシヒロ)
 独立行政法人 科学技術振興機構
 戦略的創造事業本部 特別プロジェクト推進室
 〒332-0012 埼玉県川口市本町4-1-8
 Tel: 048-226-5623 Fax: 048-226-5703
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