科学技術振興機構報 第214号

平成17年10月3日

東京都千代田区四番町5-3
科学技術振興機構(JST)
電話(03)5214-8404(総務部広報室)
URL http://www.jst.go.jp/

バクテリアべん毛モーターの回転運動におけるステップ状変位の計測に成功

~ナノマシンの開発に期待~

 JST(理事長:沖村 憲樹)と名古屋大学(平野眞一総長)は、バクテリアべん毛モーター*1の回転運動において初めてステップ状の変位を計測することに成功しました。曽和義幸(名古屋大学,日本学術振興会特別研究員)、石島秋彦(名古屋大学,JSTさきがけ研究者)、本間道夫(名古屋大学,教授)、リチャード・ベリー(イギリス,オックスフォード大学)らの研究成果です。
 バクテリアべん毛モーターは生物界でも数少ない回転運動を行う器官です(図1)。大腸菌、ビブリオ菌などのバクテリアの推進力をになう器官で、水素、もしくはナトリウムのイオンの流れを回転力に変換する、直径40ナノメートル程度のナノマシン*2です。1974年に回転運動が証明されて以来、回転メカニズムを明らかにする上で重要となる素過程、回転中のステップの検出を多数の研究者たちが試みましたが、直接的な計測までには至りませんでした。
 研究チームは、大腸菌上にナトリウムで駆動するべん毛モーターを発現させたキメラ菌体*3(図2)を使うことにより、さまざまな問題点を克服し、べん毛モーターのステップ状変位の計測に成功しました(図3)。その大きさは約14度、つまり26ステップで1回転することにあたります(図4)。ステップ状変位の数は、べん毛モーターの回転子を構成するタンパク質の一つFliG*4の数と一致し、FliGが回転運動に大きく関与していることを示すものです(図5)
 生命現象における回転運動の詳細が明らかになることにより、将来、ナノサイズのアクチュエータ*5の開発に大きく貢献するものと考えられます。
 本研究は、JST個人型研究(さきがけ)「相互作用と賢さ」(研究総括:原島文雄 東京電機大学 学長)などの一環として行われ、平成17年10月6日付け(英国時間)の英国学術雑誌「ネイチャー(Nature)」で発表されます。


【研究成果の概要】


背景

 バクテリアべん毛モーターは生物界でも数少ない回転運動を行う器官*6です。大腸菌、ビブリオ菌などのバクテリアの外部にべん毛フィラメントを構築し、その根元に存在するべん毛モーターが回転することにより、推進力を発生します。その大きさは直径約40ナノメートル程度で、水素(大腸菌など:プロトン駆動型)またはナトリウム(ビブリオ菌など:ナトリウム駆動型)のイオンの流れを回転力に変換するナノマシンです。
 1974年に回転運動が証明されて以来、トルク発生時の素過程を明らかにする目的で回転中のステップの検出がいくつもの研究グループで研究されました。しかし、回転力を発生する固定子の数の多さ(~10個)、回転速度の速さ(~数百Hz)などから現在までそのステップの存在は明らかにされませんでした。

研究手法と成果

キメラ菌体(大腸菌とビブリオ菌のキメラモーターで、大腸菌上にナトリウムで駆動するキメラモーターを発現)を用い、
1)固定子の発現量を減らし、数個レベルの固定子で回転するようにした。
図5参照。本来の固定子の数は8~10個程度。実験に用いた菌体は1~2個
2)ナトリウムによるイオン駆動力を減少させ、回転速度を落とした。
本来の環境においては数百ミリモル*7(mmol/リットル)のナトリウム濃度であるが、実験では1ミリモル以下で実験を行った。
3)高感度ナノ計測システムを用い、回転の変位をナノメートルレベルの高感度で計測するシステムを用いた。
などの改良を行いました。
 その結果得られた成果のポイントは以下のとおりです。
・世界で初めてバクテリアべん毛モーターの回転運動におけるステップ状変位を発見した。
・1回転あたり26のステップを示し、この数は回転子を構成するタンパク質の一つ、FliGの数と一致する。

今後の期待

 いままでいくつものグループがバクテリアべん毛モーターの回転メカニズムを明らかにしようと努力してきました。しかし、まだこの回転メカニズムは解明されていません。今回の研究成果により、いかにして、イオンの流れ、という化学エネルギーを回転力という力学エネルギーに変換するか、という生命現象における大きな問題の解明に一歩近づくことができました。また、現在さかんに研究が進んでいるナノサイズのアクチュエータを設計、開発するうえでも一つの方向性を与えるものと期待されます。

【用語解説】
図1 バクテリアべん毛モーター
図2 キメラ菌体
図3 ステップ状変位の様子
図4 ステップ状変位の詳細
図5 ステップ状変位とべん毛モーターの構造との対応

【論文名】

“Direct observation of steps in rotation of the bacterial flagellar motor”
(バクテリアべん毛モーターの回転中のステップの直接計測)
doi :10.1038/nature04003


【研究者概要】

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)
「相互作用と賢さ」研究領域 (研究総括:原島文雄)
研究課題名: 新世代ナノ計測の開発と生体分子への応用
研究者: 石島 秋彦(名古屋大学大学院 工学研究科 助教授)
研究実施場所: 名古屋大学大学院 工学研究科
研究実施期間: 平成13年12月~17年3月

【問い合わせ先】

石島 秋彦 (いしじま あきひこ)
名古屋大学大学院 工学研究科 助教授
〒464-8603 名古屋市千種区不老町
名古屋大学大学院工学研究科(マテリアル理工学専攻応用物理学分野)
TEL : 052-789-4465 / FAX : 052-789-3724
E-mail:

白木澤 佳子(シロキザワ ヨシコ)
独立行政法人 科学技術振興機構 戦略的創造事業本部
研究推進部 研究第二課
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