科学技術振興機構報 第17号
平成15年12月10日
埼玉県川口市本町4-1-8
独立行政法人 科学技術振興機構
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「種子貯蔵タンパク質の蓄積メカニズムを解明」

 独立行政法人 科学技術振興機構(理事長:沖村憲樹)の戦略的創造研究推進事業の研究テーマ「種子蛋白質の量的・質的向上を目指した分子育種」( 研究代表者:西村いくこ 京都大学大学院理学研究科 教授)の研究において、膜タンパク質AtVSR1が、種子の細胞内で合成された貯蔵タンパク質分子を蓄積の場へ正しく輸送するための選別輸送レセプターであることを見出した。貯蔵タンパク質の輸送に関わる因子とその機能の特定は世界で初めてのことである。今後、植物固有の有用タンパク質のみならず、外来の有用な機能タンパク質(ワクチンなど)を大量に蓄積する「高機能種子」の作出などに応用できると期待される。
 本研究成果は、2003年12月4日付の米国科学アカデミー紀要PNAS(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)オンライン版に掲載され、12月23日付の本誌(vol.100,no.26,16095-16100)に掲載される。なお、本件については既にオンライン版に公開されているため、参考資料として配付する。
 植物の種子には、発芽後の成長のためにデンプン・脂質・タンパク質などの栄養が大量に蓄えられている。特に、コメやマメ類をはじめとする植物の種子は、私たちの貴重な食糧源となっており、中でもダイズに代表される種子の貯蔵タンパク質は重要な栄養源である。古くから、種子貯蔵タンパク質の品質を上げるための試みは基礎・応用の両面から精力的に行なわれてきた。しかしながら、今なお最も基本的な生合成の分子機構については不明な点が多い。
 植物の種子が形成される過程で盛んに合成されるデンプン・脂質・タンパク質といった栄養素は、それぞれ別々の場所に貯蔵されている。この内、貯蔵タンパク質は小胞体と呼ばれるオルガネラ(注1)で合成され、膜に包まれた小胞の状態で細胞内を移動し、液胞の一種であるタンパク質蓄積型液胞と呼ばれるオルガネラに運ばれて蓄積する。貯蔵タンパク質が合成の場(小胞体)から蓄積の場(タンパク質蓄積型液胞)へ選択的に運ばれるメカニズムにおいて、これまで、貯蔵タンパク質には行き先を示す液胞移行シグナルと呼ばれる「荷札」が付いていることが示唆されていたが、その「荷札」を認識する因子の実体は不明であった。
 今回西村グループは、シロイヌナズナを用いて、これまで貯蔵タンパク質の細胞内輸送とは関係がないと考えられていた膜タンパク質AtVSR1(注2)が、細胞内輸送のカギを握る選別輸送レセプターであることを特定した。AtVSR1を欠損する突然変異株を作出して調べたところ、貯蔵タンパク質が大量に細胞外に分泌して、その場で蓄積していることを確認した(写真)。さらに、AtVSR1分子が貯蔵タンパク質の液胞移行シグナル(荷札)と特異的に結合する活性をもっていることも示した。即ち、「AtVSR1は、生合成された種子貯蔵タンパク質を特異的に認識してタンパク質蓄積型液胞に連れて行く運び屋として機能している」実態を初めて明らかにしたのである。貯蔵タンパク質の輸送に関わる因子とその機能の特定は世界で初めてのことである。

 植物は、生活環の中のほんの一時期、即ち種子の登熟期に貯蔵タンパク質という限られた種類のタンパク質を大量に合成し、蓄積するべき場所へ効率良く正確に運ぶ。今回明らかとなった、「運び屋」である選別輸送レセプター分子と「荷札」である液胞移行シグナルの分子認識機構の詳細の解明がさらに進展すれば、ダイズやイネなど作物への分子育種にも応用が可能である。例えば、有用な機能タンパク質(ワクチンなど)を大量に蓄積する「高機能種子」の作出など、種子の品質改良の方法を提供すると期待される。外来の有用タンパク質を分解されず安定的に種子に集積するには、タンパク質蓄積型液胞に輸送するのが最も適しており、この過程で、「荷札」である液胞移行シグナルを付加することにより、外来の有用タンパク質を効率よく輸送・蓄積することができるものと考えられる。

(注1)オルガネラ
 細胞小器官とも呼ばれる。真核細胞内に存在する膜で仕切られた様々なコンパートメントの総称。核、葉緑体、ミトコンドリア、液胞、小胞体などが挙げられる。オルガネラはそれぞれ独自の機能を果たしつつ、全体として協調して細胞機能を保っている。

(注2)選別輸送レセプターAtVSR1
 小胞体では、行き先の異なる多種類のタンパク質(分泌タンパク質や液胞タンパク質など)が前駆体の形で合成され、ゴルジ体へ運ばれる。ゴルジ体の膜上には選別輸送レセプターAtVSR1が存在し、貯蔵タンパク質の前駆体(図中では一例として2Sアルブミンの前駆体を示す)を選び出し、それらを液胞へ正しく送り込む。AtVSR1分子は、膜を一回貫通するタンパク質で、主要な貯蔵タンパク質の前駆体分子に特異的に結合する。一方、AtVSR1分子の細胞質側のドメインには、チロシンモチーフと呼ばれるアミノ酸配列が存在し、クラスリン被覆小胞との関係が示唆される。AtVSR1類似の分子は、様々な植物に存在するが、動物や酵母には存在しない。
AtVSR1

この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下の通りである。

研究領域:植物の機能と制御
研究者:鈴木昭憲 秋田県立大学学長
研究期間:平成14年~平成19年
 
貯蔵タンパク質を細胞外に分泌するシロイヌナズナ変異体
貯蔵タンパク質を蓄積の場へ正しく運ぶための選別輸送のしくみ
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本件問い合わせ先:
西村 いくこ(にしむら いくこ)
  京都大学大学院理学研究科
〒606-8502 京都府京都市左京区北白川追分町1-1
 Tel:075-753-4142 Fax:075-753-4142  
森本 茂雄(もりもと しげお)
独立行政法人科学技術振興機構 研究推進部 研究第一課
〒332-0012 埼玉県川口市本町4-1-8
 Tel:048-226-5635 Fax:048-226-1164  
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