科学技術振興機構報 第146号

平成17年 1月26日

東京都千代田区四番町5-3
科学技術振興機構(JST)
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世界初のサブナノサイズパラジウムクラスターを開発

- 最先端ナノテクノロジーによるスーパー触媒 -

 JST(理事長:沖村 憲樹)の研究チームは、サブナノメートル(1ナノメートル未満)サイズで安定なパラジウムクラスターの製造技術を開発した。
 金属クラスターをナノサイズ(1 nm = 10-9 m)まで微小化すると、クラスターの表面積が増大することにより、クラスター表面で起こる化学反応が極めて効率的に進行する。しかしながら、ナノサイズよりさらに微小なサブナノサイズの安定な金属クラスターを製造する技術は確立しておらず、医薬品などの合成用触媒として極めて有用なパラジウムにおいても、安定なサブナノサイズのクラスターの生成は確認されていない。
 本研究チームは、高分子ミセル内に微小パラジウムクラスターを固定化した後、高分子を加熱架橋する手法を開発し、安定なサブナノメートルサイズのパラジウムクラスターを内包する触媒の製造に成功した。
 さらに、ナノサイズの物質は、原子や分子あるいはバルクの性質でもない特異な性質を示すことが予想され、この性質が新たな科学技術を拓くのではなかと期待されている。ナノテクノロジーに関する研究はエレクトロニクス・情報・通信・環境・バイオ・医療・化学工業・材料など幅広い分野において進められている。サブナノメートルサイズの安定な金属超微粒子の製造を可能にした本技術は、触媒開発だけでなく、これら様々な分野への応用も期待される。
 本研究成果は、戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATOタイプ)「小林高機能性反応場プロジェクト(研究総括:小林 修)」によって得られたもので、平成17年1月27日付(米国東部時間)の米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society」でオンライン公開される。
東京大学大学院薬学系研究科教授

1.背景

 金属クラスター(注1)をナノサイズ(1 nm = 10-9 m)まで微小化すると、クラスターの表面積が増大することによりクラスター表面で起こる化学反応が極めて効率的に進行する。一般にナノクラスターの製造には、クラスターが凝集して大きな塊になるのを防ぐために界面活性剤等の安定化剤が必要とされる。パラジウムクラスターは通常、二価(注2)のパラジウムを出発物質として、安定化剤の存在下で還元を行うことにより得られるが、このようにして調製されたパラジウムナノクラスターの直径は、数ナノから数十ナノメートルである。パラジウム触媒は医薬品や農薬などの合成に用いられている実用性の高い触媒で、特にパラジウムナノクラスターは粒子サイズが微小なために表面積が大きく、触媒活性が高い。そこで、ナノサイズよりもさらに微小なクラスターが得られれば、より高活性な触媒となることが期待される。さらに、このような超微粒子は、原子や分子あるいはバルクとも異なる特異な性質を示すことが多く、これらを利用した他分野への応用の可能性も大きい。

2.研究成果

 a)概要

 既に小林プロジェクトでは、独自のマイクロカプセル化技術(注3)と高分子の加熱架橋反応とを組み合わせた触媒の固定化法を開発し、高分子カルセランド型触媒と命名した。
 本研究では、上記の高分子カルセランド型触媒に高分子ミセル(注4)の手法を取り入れることで、パラジウムクラスターを高分子ミセル内部に安定に局在化させることに成功した。この方法で得られるパラジウムクラスターのサイズは平均0.7ナノメートルであり、安定なパラジウムクラスターとしては世界最小である。これを合成反応用触媒として用いたところ、様々なパラジウム触媒反応(注5)が極めて高い効率で進行した。このことは、反応に必要な金属量が少ない点でコスト的に有利あり、同じ触媒を半永久的に使用できることから産業廃棄物の削減にも大きく寄与できる。

 b)高分子ミセル固定化パラジウム触媒の製造、触媒活性および他の素材へのコーティング

 両親媒性高分子(注6)とパラジウム化合物[Pd(PPh3)4]をジクロロメタンに溶解し、そこへメタノールを加えたところ球状のミセル(マイクロカプセル)が形成した。さらにメタノールを加えてミセルを凝集させた後、加熱を行うことにより、パラジウムを含有する不溶性の固体が得られた。
 次に、得られた固体をX線吸収微細構造スペクトルにより構造を詳細に調べたところ、高分子ミセル中のパラジウムは金属状態の0価クラスターであり、クラスターの平均直径は0.7 nmと見積もられた(図1)。我々が調べた限り、これまでに1 nm未満の安定なパラジウムクラスターは報告されておらず、本パラジウムクラスターは現時点で最小の安定パラジウムクラスターである。

 本触媒を触媒活性やミセル性を維持したままで他の固体表面に固定できれば、機能性コーティング剤などへの展開が期待できる。検討の結果、本触媒をガラスや樹脂の表面にコーティングできることを見いだした(図2)。得られた材料をHeck反応(注7)の触媒として用いたところ、極めて少量でも反応が進行し、触媒回転数(注8)は28万回にも達した。これは、これまでに報告されている種々の安定化剤存在下で形成させたパラジウムナノクラスター触媒(触媒回転数:数万-10万)と比較して極めて高い効率である。

3.まとめと今後の展開

 以上のように、小林プロジェクトではパラジウムを平均直径0.7 nmの極微小クラスターとして高分子ミセル内に固定化する方法を開発し、触媒として著しく高い活性を有することを示した。また、この高分子ミセル固定化パラジウム触媒を、形状および触媒活性を保持したまま、第二の担体表面にコーティングする技術を併せて開発した。本技術は、合成用触媒としての用途以外にも超微小金属粒子を活用するエレクトロニクス・環境・バイオ・医療・材料開発などへの応用も期待され、現在検討を進めている。

[論文名]

Journal of the American Chemical Society
“Formation of Nanoarchitectures Including Subnanometer Palladium Clusters and Their Use as Highly Active Catalysts”
(サブナノメートルサイズのパラジウムクラスターを含むナノ構造体の構築とその高活性触媒としての利用)
doi :10.1021/ja047095f

[用語説明]
図1 高分子ミセル中の固定化パラジウムクラスター
図2 高分子ミセル型パラジウム触媒の電子顕微鏡写真
図3 樹脂表面に固定した高分子ミセル型パラジウム触媒 を用いるHeck反応
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<本件問い合わせ先>

森 雄一朗(もり ゆういちろう)
独立行政法人 科学技術振興機構
小林高機能性反応場プロジェクト
〒113-0033 東京都文京区本郷 7-3-1
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古賀 明嗣(こが あきつぐ)
独立行政法人 科学技術振興機構
戦略的創造事業本部 特別プロジェクト推進室
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