科学技術振興機構報 第139号

平成16年12月24日

東京都千代田区四番町5-3
科学技術振興機構(JST)
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精子・卵子(配偶子)の多様性を産み出す蛋白質複合体の発見

~不妊の原因解明、遺伝子治療や品種改良への期待~

 JST(理事長:沖村憲樹)は、精子・卵子(配偶子)の多様性を産み出す新規蛋白質複合体を同定した。
 生物は卵子と精子の受精により個体を再生する。つまり卵子や精子は親の遺伝情報を子供に伝える重要な細胞である。父親、母親由来の遺伝子を精子、卵子の形成期に混ぜ合わせる事によりその多様性が生まれ、親と異なる性質を持つ子供が生まれる。この多様性を産み出す原動力をDNAの交換反応である相同組換え(図1)が担っている。これまで、どのような蛋白質がこのDNAの組換え反応を担うのか分かっていなかったが、今回世界で初めてこの精子、卵子を産み出す過程で特異的に発現する、組換えに関わる新規の蛋白質複合体を同定した。この蛋白質複合体は減数分裂時期においてその個体がもつ父親由来、母親由来のそれぞれ遠く離れた相同な染色体DNAの組換えを促進し、父親や母親とは遺伝子の組み合わせが異なる配偶子を産み出すと考えられる。
 "遠く"の染色体やDNAを組換える事のできる蛋白質複合体を利用して、将来、遺伝子治療や品種改良のための新規の遺伝子組換え技術の開発に繋がることが期待される。
 本研究の成果は、戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけタイプ)「タイムシグナルと制御」研究領域(研究総括:永井克孝)における研究テーマ「減数分裂期の染色体機能部位におけるプロテインプロファイリング」(研究者: 篠原彰、大阪大学蛋白質研究所 教授)」によるもので、学術雑誌「Cell(セル)」2004年12月29日号(米国東部時間)に掲載される。

【研究成果の概要】

 背景

 一般に生物の再生は精子、卵子といった配偶子の受精により始まる。この配偶子は父親、母親由来の遺伝情報を次世代に伝える運び手である。同じ親から生まれる子供がそれぞれ少しずつ異なるのは配偶子が異なる遺伝情報を持つ事に起因している。このような配偶子の多様性の産生は減数分裂*1期と呼ばれる特殊な細胞分裂と遺伝子の組換えが担っている(図1)。似たようなDNA配列の交換反応である組換えはゲノムの多様性を産み出す一方、ゲノムの傷を治し、その情報の安定維持に関わる。減数分裂期の組換えは"遠く"離れた、父親、母親由来の染色体を組換えるのが大きな特徴である。しかし、どのようなメカニズムでこの組換え反応が起きるのかは不明な点が多い。

 研究の経緯

 当研究者は、相同組換えの分子メカニズムを明らかにする研究を行って来た。最近では、減数分裂期の組換えの特異性に焦点をあて研究を行っている。特に、2つのDNA、染色体の間の相同性の検索、交換反応に注目している。

 今回の論文の概要

 今回の研究では、減数分裂期特異的な因子RecAホモログ*2である Dmc1と一緒に働く2つの新規の因子(Mei5, Sae3)を同定し、その詳細な解析を行った。その結果、Mei5, Sae3はDmc1の染色体への結合に必要である事、Mei5, Sae3が複合体を形成して染色体の組換えに機能する事、さらには減数分裂期の相同鎖検索反応*3にはDmc1-Mei5-Sae3複合体が重要な機能単位である事を示した(図2)。また、Mei5, Sae3は酵母からヒトまで広く保存されている事を明らかにし、生物界に広く共通する組換えの形態と合致する結果を裏付けた。以上のことから配偶子の多様性はDmc1-Mei5-Sae3複合体が中心的な役割を果たし、産み出されている可能性が強い(図3)。

 今後期待できる成果

 今回の研究で、配偶子形成期の、"遠く"の染色体間の相同鎖検索反応に働く新規の蛋白質複合体を同定できた。組換えの不全は不妊やダウン症等の染色体異数体病*4の原因になることから、このような疾患の原因の特定に繋がることが期待できる。
 さらに従来では遺伝子の組換え(標的組換え)は技術的に困難であったため低頻度の効率であったが、今回同定した蛋白質複合体がもつ、相同の"遠く"のDNAを探す優れた能力を利用して目的の細胞や個体で発現させ劇的にその効率を上昇させ、さらに自在かつ効率良く遺伝子や染色体の改変を行い、遺伝子治療や品種改良における技術発展に大きく貢献することが期待できる。

【論文名】

Cell:
A Protein Complex Containing Mei5 and Sae3 Promotes the Assembly of the Meiosis-Specific RecA Homolog Dmc1
「Mei5とSae3を含む蛋白質複合体は減数分裂期特異的なRecAホモログDmc1の集合反応に必要である」
doi :10.1016/j.cell.2004.10.031

【概要】

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけタイプ)
「タイムシグナルと制御」研究領域 (研究総括:永井 克孝)
研究課題名: 減数分裂期染色体機能部位のプロテインプロファイリング
研究者: 篠原 彰(大阪大学 蛋白質研究所 教授)
研究実施場所: 大阪大学 蛋白質研究所
研究実施期間: 平成13年12月~平成17年3月

【プロフィール(篠原 彰)】

1991年 大阪大学 理学研究科生物科学選考博士課程後期、修了
1991年 理学博士号取得(大阪大学 理学研究科)
1991年 学術振興会特別研究員
1993年 大阪大学 理学部 助手
1996年 大阪大学 理学研究科 助手
1999年 シカゴ大学 医学部 助教授兼任
2002年 大阪大学 理学研究科 助教授
2003年 大阪大学 蛋白質研究所 教授 現在に至る

【用語解説】
図1 減数分裂期と体細胞の染色体の挙動
図2 mei5変異株はDmc1の染色体への結合に欠損を持つ。
図3 減数分裂期特異的な組換えにおける複合体の集合反応

【問い合わせ先】

篠原 彰 (シノハラ アキラ)
大阪大学 蛋白質研究所 教授
〒565-871 大阪府吹田市山田丘3-2
TEL:06-6879-8624 FAX: 06-6879-8626

瀬谷 元秀(セヤ モトヒデ)
独立行政法人 科学技術振興機構
戦略的創造事業本部 研究推進部 研究第二課
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