科学技術振興機構報 第1376号

令和元年5月15日

東京都千代田区四番町5番地3
科学技術振興機構(JST)

ナノスケールの光の制御技術を開発

~空間極限の分解能を持つ顕微分光に期待~

ポイント

JST 戦略的創造研究推進事業において、マックス・プランク協会 フリッツ・ハーバー研究所 物理化学部門の熊谷 崇 グループリーダーの研究チームは、走査プローブ顕微鏡注1)で用いられる探針に集束イオンビーム(FIB)注2)でナノ加工を施し、探針の先端に発生するナノスケールの光を精密に制御する技術を開発しました。

不均一触媒の反応機構を解明するには、固体表面において反応の活性点となる局所的な構造と分子の動的挙動を調べる必要があり、光の回折限界注3)を超えたナノスケールのイメージング手法と微小領域からのスペクトルが取得できる顕微分光法の開発が必要とされています。このような空間極限における計測法として、鋭く尖った金属探針の先端に発生できるナノスケールの光「近接場光」を使った走査型近接場光顕微鏡注4)が知られています。金や銀などでできた探針の先端に局在表面プラズモン注5)の励起を介して発生する強い近接場光の制御は、ナノイメージングやナノ顕微分光における本質的な技術です。

FIBや電子線リソグラフィーなどの微細加工技術を用いた金属ナノ構造の作製は、プラズモニクスの分野で近接場光を制御する手法として一般的に用いられてきました。一方で、ナノ空間に閉じ込められた光の性質はこれまでに走査トンネル顕微鏡(STM)を用いた発光分光注6)などで研究されてきました。研究チームはこれらの技術を組み合わせ、金の探針に伝搬型表面プラズモン注7)の共振器となる構造を作製し、ファブリー・ペロー型干渉注8)によってSTM接合注9)のナノ空間に生じる近接場光のスペクトルを変調させることに成功しました。観察には株式会社ユニソクと共同で独自に開発した、高精度の低温フォトンSTM注10)を用いました。

研究チームは今後この新しい技術を応用して、物質表面に吸着した分子の構造や反応ダイナミクスを直接観察できる先端計測技術を開発し、不均一触媒やプラズモニック触媒の機構解明を目指します。

本研究成果は、米国の科学誌「Nano Letters」のオンライン版で近日中に公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)

「革新的触媒の科学と創製」
(研究総括:北川 宏 京都大学 大学院理学研究科 教授)
局在プラズモン励起を介した触媒作用の微視的機構の解明
熊谷 崇(フリッツ・ハーバー研究所 物理化学部門 グループリーダー)
平成28年10月~令和2年3月

<研究の背景と経緯>

工業化学において、不均一触媒の反応機構を微視的に理解することは、エネルギー、物質変換の効率化にもつながる重要な課題です。そのためには、反応の活性点となる局所的な構造と反応ダイナミクスを分子レベルで調べる必要があり、ナノスケールの空間分解能を持つイメージング手法と超高感度の顕微分光法が求められます。

目で見ることのできる光は、回折限界があるため数百ナノメートル以下の空間に閉じ込めることができないという物理的制約によって、その空間分解能が制限されています。しかし、金属ナノ構造に光を照射して自由電子の集団的振動「プラズモン」を励起すると、波長がナノスケールの光「近接場光」を発生させることができます。

鋭く尖った探針の先端に発生させた近接場光を使う「走査型近接場光顕微鏡」は、回折限界を超えた超高分解能イメージングの方法として知られています。金や銀などで探針を作れば、局在表面プラズモン共鳴の励起を介して強い近接場光を発生させることができます。

走査型近接場光顕微鏡では探針先端に発生した近接場光を物質表面に近づけ、ナノスケールの空隙(ナノギャップ)を形成することで観察します。そのため、ナノギャップにおける近接場光の性質を精密に制御することは重要な技術的課題です。

プラズモニクスの分野では、電子線リソグラフィーや集束イオンビーム(FIB)を用いて金属ナノ構造を作り近接場光を制御する技術が数多く研究されてきました。一方で、ナノギャップに閉じ込められた光の性質を調べる手法の1つとして1990年代から走査トンネル顕微鏡(STM)を用いたSTM発光分光法が発展してきました。STM発光の実験から、ナノギャップに発生する近接場光のスペクトルは探針先端の微小構造に強く依存することが知られていましたが、そのスペクトルを任意に操ることは困難でした。

<研究の内容>

研究チームは金の探針の鋭く尖った先端に、FIBを用いて微細構造を作製しました。すると、ファブリー・ペロー型干渉によって針先に生じる近接場光のスペクトルを変調でき、伝搬型表面プラズモンの共振器となることを示しました(図1)。

図2aはFIBによるナノ加工を施した金探針の電子顕微鏡の写真です。非常に鋭く、かつ表面がナノスケールで平坦な探針を成形した後、針の先端から数マイクロメートル離れた位置に溝構造を形成しました。このナノ加工を施した探針と、原子レベルで平坦な銀の単結晶表面とでナノ接合を形成しました。そして、独自に開発した高精度のフォトンSTMでSTM発光を計測し、ナノ空間に発生する近接場光のスペクトルを直接観察しました(図2b)。

図2cはFIB加工を施した探針で得られたSTM発光スペクトルです。溝構造を形成した場合にはスペクトルが周期的な変調を受けていることが分かります。このスペクトル変調は図2dの電界シミュレーションの結果で見られる、伝搬型表面プラズモンのファブリー・ペロー干渉(定在波の発生)によるものです。溝の位置に依存してスペクトル変調が変化していることが分かり、探針の構造を制御することによって発光スペクトルを操れることが示されました。このような近接場光のスペクトル制御は物質表面に吸着した分子の顕微分光を高精度に行うために不可欠な技術です。

<今後の展開>

走査型近接場光顕微鏡を用いたナノイメージングとナノ顕微分光は、ナノサイエンス、ナノテクノロジーの分野で広く使われています。本研究で開発した、プラズモニック探針の先端に発生する近接場光のスペクトル制御技術は、その本質的な技術として応用が期待されます。これによって近接場光と物質の相互作用を介し、物理的、化学的現象を分子レベルの空間極限で観察できるようになります。

また、光と分子を強く相互作用させることで光反応場を作り出す「プラズモニック触媒」の反応メカニズムの解明にも、ナノ空間における光の精密制御が必要となります。研究チームは今後この新しい技術を応用して、物質表面に吸着した分子の構造や反応ダイナミクスを直接観察できる、空間極限における顕微分光技術を開発して、不均一触媒やプラズモニック触媒の反応機構解明に向けた研究を目指しています。

<参考図>

<用語解説>

注1)走査プローブ顕微鏡
鋭く尖った探針で物質表面をなぞることでその凹凸像を描き出す顕微鏡。トンネル電子を検出する走査トンネル顕微鏡、物質間に働く相互作用力を検出する原子間力顕微鏡などさまざまな種類があり、原子分解能を持つ顕微鏡の1つである。
注2)集束イオンビーム(FIB)
電界により加速されたイオンを細く絞ったビーム。物質のナノ加工や観察ができる。
注3)回折限界
光は波としての性質を持ち、光の波長の半分以下に小さく集光することができない。この物理的制約により、可視光領域では数百ナノメートルが空間分解能の限界となる。
注4)走査型近接場光顕微鏡
ナノスケールの光である近接場光を利用した顕微鏡。光の回折限界を超える空間分解能を達成することができる。
注5)局在表面プラズモン
光の波長よりも小さな金属ナノ構造に光を照射した際に発生する自由電子の集団的振動のこと。ナノ構造に局在した強い電磁場を生じる。
注6)走査トンネル顕微鏡(STM)を用いた発光分光
STM探針と導電性基板表面との間に流れるトンネル電流によって誘起される発光。トンネル電流は原子レベルの狭い空間領域に流れるため、局所的発光分光が原子レベルでできる。
注7)伝搬型表面プラズモン
金属表面に沿って空間を伝搬するプラズモン。
注8)ファブリー・ペロー型干渉
光が対向する2枚の反射板(共振器)に閉じ込められたときに反射を繰り返すことで起こる干渉。反射板の距離に依存して特定の波長を強めることができる。
注9)STM接合
真空を挟んで鋭く尖ったSTM探針と基板表面によって形成されるナノスケールの接合。
注10)低温フォトンSTM
光の照射や検出ができるSTM。STM接合のナノ空間に発生する光の性質を直接観察し、ナノスケール、さらには単一分子レベルの顕微分光ができる。物質表面に吸着した分子の構造と反応ダイナミクスを近接場光によって調べることを目的として、研究チームが株式会社ユニソクと共同で独自に開発した。

<論文情報>

“Near-Field Manipulation in a Scanning Tunneling Microscope Junction with Plasmonic Fabry-Pérot Tips”
(プラズモニックファブリー・ペロー探針を用いた走査トンネル顕微鏡接合内の近接場制御)
10.1021/acs.nanolett.9b00558

<お問い合わせ先>

(英文)“Manipulating Nanoscale light in nanocavity of scanning tunneling microscope junctions: Step forward toward achieving nanoscale imaging and spectroscopy with tailored “nanolight””

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