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科学技術振興機構報 第1195号

平成28年7月4日

東京都千代田区四番町5番地3
科学技術振興機構(JST)

高温でも使える、光で剥がせる接着材料の開発に成功

ポイント

JST 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)「分子技術と新機能創出」領域において、京都大学 大学院理学研究科 齊藤 尚平 准教授らは、高温でも使用でき、光で剥がせる液晶接着材料注1)の開発に初めて成功しました。

従来の仮固定用の接着材料には、熱で剥がすタイプの接着材料(ホットメルト型接着材料)が幅広く使われていますが、高温では接着力を失ってしまう欠点がありました。これに対し、光で剥がすタイプの接着材料として、光を当てると溶ける材料の応用が期待されていましたが、「光で剥がれる機能」と「高温でも接着力を維持する機能」を両立する材料の開発は困難でした。

本研究グループは、独自に光応答性の機能分子を設計・合成し、自己凝集力が高いカラムナー液晶注2)を作ることで、紫外光を使った「光剥離機能」と100℃前後の「耐熱接着機能」の両方を実現する新しい仮固定用の接着材料の開発に成功し、「ライトメルト型接着材料」と名付けました。

今後は半導体の製造プロセスなど、さまざまな製造工程の接着材料として、応用展開が期待されます。

研究成果は、2016年7月4日(英国時間)に科学誌「Nature Communications」のオンライン版で公開されます。

参考動画:http://www.nature.com/ncomms/2016/160704/ncomms12094/extref/ncomms12094-s2.mov

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)

研究領域 「分子技術と新機能創出」
(研究総括:加藤 隆史 東京大学 大学院工学系研究科 教授)
研究課題 「『π電子系を動かす』技術に基づく新規機能材料の創出」
研究者 齊藤 尚平(京都大学 大学院理学研究科 准教授)
研究期間 平成24年10月~平成28年3月

<研究の背景と経緯>

光で物質の性質をコントロールすることは、すでに社会で使われている重要な技術です。例えば、光を当てると物質が固まる光硬化樹脂は、1960年代から接着・封止・コーティングなどの幅広い用途で産業利用されています。これと対照的に、「光を当てると溶ける」物質は、これまでに記録材料などに使われており、近年では、光で剥がせる仮固定用の接着材料として応用が期待されています。

しかし、光で溶ける物質を「光で剥がすタイプの接着材料」として用いるには、以下の困難な諸要件を満たす高度な機能材料の開発が必要でした。すなわち、1)高温でも十分に高い接着力を示す、2)光照射によって接着力が大幅に減少する、3)少ない光量で迅速な剥離を達成できることです。仮固定用途に使われている従来の「熱で剥がすタイプの接着剤(ホットメルト型接着材料)」が使用できない高温でも仮固定接着が可能で、さまざまな製造工程への展開が見込める、「光剥離機能」と「耐熱接着機能」を両立した新しい接着材料の開発が期待されていました。

<研究の内容>

本研究グループは、紫外光に応答する独自の分子を設計・合成し、さらにこの分子を基盤としてカラムナー液晶という自己凝集力の高い材料へと発展させることで、上記の困難な諸要件をすべて満たす新しい機能材料を開発し、「ライトメルト型接着材料」と名付けました(図1)。

開発したライトメルト型接着材料を2枚のガラス板に挟んで接着性能を評価したところ、1)室温では1.6MPa(メガパスカル)注3)、100℃の高温でも1.2MPaという高い接着力を示す一方で、2)紫外光を当てると液化に伴って接着力は85%低下し、3)一般的なLED光源で紫外光を照射すると、わずか数秒間(320mJ/cmという少ない光量)で剥がすことができました(図2)。さらに、4)160℃で加熱処理することにより再び接着力を取り戻すリサイクル特性を持ち、5)接着状態と非接着状態を蛍光色の違いで見分けることのできる蛍光機能を備えています。これらの優れた材料機能はすべて、分子の骨格構造に由来して発現しています。以下では、特に材料機能1~3)につながった分子構造の特徴について紹介します。

1)強く接着する機能

一般に高い接着力を実現するには、接着したい部材と接着材料の界面における相互作用と、接着材料そのものの自己凝集力の両方を強くする必要があります(図3A)。界面の相互作用が弱ければ試験片は界面から剥がれ、接着剤の凝集力が弱ければ接着材料の内部で破壊が起こってしまいます。ガラス板と接着材料を用いた今回の実験系では、ガラス表面の加工状態(親水加工または疎水加工)によらず、同じ接着力を示しました(図3B)。このことから、ガラスと接着材料の界面における相互作用ではなく、接着材料そのものの凝集力が試験片の接着力を決定していることがわかります。すなわち、高い自己凝集力をもつ材料を開発したことが、仮固定に充分な接着力の実現につながりました。

この「高い自己凝集力」を引き出したのが、集積しやすいV字型の分子構造です。このV字型の分子骨格は、お互いに強く相互作用してカラム状(柱状)に集積した秩序構造を形成します(図3C)。この分子の性質を生かすことで、カラムナー液晶という自己凝集力の高い材料を開発できました。一般に液晶というと、テレビに使われているような流動性の高い材料が想像されますが、開発したカラムナー液晶材料は強い分子間相互作用のため流動性が低く、2枚のガラス板を強く固定できます。また、分子設計によりカラムナー液晶状態を示す温度を高温領域に調整することで、耐熱接着を実現しました。

2)光で溶ける機能

高分子材料では、光を当てるとさまざまなメカニズムで接着が弱くなるものが報告されています。この中には、紫外光を当てると分子が網目のように重合し、材料が硬化することで剥離を誘起するダイシングテープ注4)も含まれます。これに対し、同じ形の小さい分子を集めて並べた液晶材料では、形の異なる不純物を少し混ぜるだけで、秩序だった分子の集積構造が自発的に崩れ、ばらばらになって液化する現象が知られています。特に、「光を当てると形を変える分子」を基盤として液晶材料にすることで、光照射によって形の異なる分子(不純物)を液晶内部で生み出し、光で液体になる材料を作ることができます。このような機能性液晶の「光で物質の状態を変える性質」は、これまで光で情報を記録するメモリー材料注5)などへの用途展開が注目されてきましたが、一方で、液晶本来の柔らかい性質のため、接着材料としての展開は最近まで注目されていませんでした。

開発したライトメルト型接着材料は、液晶でありながら、V字型の分子が積み重なって秩序だったカラムナー液晶構造を形成しており、高い自己凝集力を保持しています(図4A)。さらに、液晶状態を示す温度範囲(70~135℃)で紫外光を当てるとV字型の分子が形を変えて平面型になり、続いて隣の分子と近づいたものは結合することで、2量体注6)を形成します(図4B)。こうして生成する一部の2量体は、秩序だった集積には不向きな形をしているため不純物として働き、V字型分子の集積構造を壊します(図4C)。これにより、接着力の強いカラムナー液晶が崩れ、液体となった混合物は大幅に接着力が下がります。

3)迅速に剥がれる機能

「光で溶ける材料」を仮固定用の接着剤として製造工程の流れの中で使うには、一般的な光照射装置を用いてすぐに剥がせる必要があります。そのためには、少ない光量で剥離が起こることが望まれます。開発したライトメルト型接着材料を2枚のガラス板に挟んで接着し、ドライヤーで温めた状態にてLED光源で紫外光を照射すると、わずか数秒間(光量にして320mJ/cm)で剥がすことができます。この迅速剥離の実現には、a)光で分子が2量体となる反応が速いことや、b)すべての分子が反応しなくても2量体が不純物として働き自発的に液晶構造が壊れて液化が進むこと、c)ガラスと接しているほんのわずかな材料の界面さえ溶けてしまえば、剥離が起こることが活用されています。実際に、紫外光がライトメルト型接着材料の膜の内部に到達する深さはガラスとの界面からわずか数マイクロメートルの範囲のみであり、膜の厚みによらず少ない光量で剥がせることが確認できました。また、これらの実験を通じて、ライトメルト型接着材料はごく少量の使用でも光剥離が実現でき、光を当てた透明部材には剥離後に接着材料がわずかしか残らないことが示されました(図5)。

<今後の展開>

本研究で開発した新しい「ライトメルト型接着材料」は、近年になって注目され始めた「光液化材料を用いた仮固定接着」という科学技術を大きく前進させるものです。特に、耐熱接着と迅速な光剥離という2つの機能を両立させるための、鍵となる分子論的な設計指針やカラムナー液晶の新しい活用法を示したことは、学術的にも産業的にも価値の高い成果です。今後、スマートフォンなどの透明な部材を高温で加工するさまざまな製造工程において、仮固定用途の接着材料として利用されることが期待できます。

<参考図>

図1 新しい光剥離型接着材料(ライトメルト型接着材料)のもとになる「光に応答する液晶分子」の構造

この分子構造に、優れた材料性能を生み出すエッセンスが詰まっている。オレンジ色は化合物の液晶状態を引き出す部位、青色は光反応を起こす部位、中央の屈曲箇所は光を当てたときの分子の動きを可能にする部位。V字型の分子構造は高い自己凝集力(図3参照)を引き出し、強い接着を実現させている。

図2 光で剥がせる接着材料(ライトメルト型接着材料)の性能

一般に仮固定用途で使われる熱で剥がせる接着剤(ホットメルト型接着材料)は、高温では剥がれてしまうのに対し、開発したライトメルト型接着材料は高温でも接着でき、剥がしたいときにはドライヤーで温めて紫外光を当てれば迅速に剥がせる。

参考動画:http://www.nature.com/ncomms/2016/160704/ncomms12094/extref/ncomms12094-s2.mov

図3 高い接着力の鍵となるカラムナー液晶の構造

A)接着力を担うのは、接着界面の相互作用および接着材料の自己凝集力。B)ガラス基板表面の親水性を変えても接着力は変化しなかったことから、開発した接着材料とガラスからなる接着片において接着力を決めているのは、接着界面の相互作用ではなく、接着材料の自己凝集力であることを確認した。C)V字型の分子骨格がお互いに強く相互作用してカラム状に集積した液晶構造を形成し、高い自己凝集力を生み出している。

図4 光で材料が溶けるメカニズム

光反応による2量体の生成が液化の引き金となる。A)光照射前は、V字型の分子が積み重なって秩序だったカラムナー液晶構造を形成しており、高い自己凝集力を保持している。B)紫外光を照射すると一部の分子が反応して2量体となり、不純物として働く。C)不純物の2量体が生成することでV字型の分子の集積構造が崩れ、混合物として液化することで接着力が大きく低下する。

参考動画:http://shohei-saito.webnode.jp/

図5 迅速な剥離を可能にしている界面近傍での光吸収と液化

A)ライトメルト型接着材料の薄膜は紫外光を吸収するため、B)紫外光は薄膜の深くまでは届かず、C)光を当てた界面の近傍でのみ薄膜が溶ける。

<付記>

本研究は、名古屋大学 大学院理学研究科 信末 俊平 特任助教(現・大阪大学 大学院基礎工学研究科)、津坂 英里さん、袁 春雪 助教(現・同済大学)、森 千草さん、山口 茂弘 教授、Cristopher Camacho(クリストファー・カマチョ) 講師(現・コスタリカ大学)、Stephan Irle(ステファン・イレ) 教授および名古屋大学 大学院工学研究科 原 光生 助教、関 隆広 教授と共同で行ったものです。

<用語解説>

注1) 液晶接着材料
液晶とは、液体と固体の中間状態の1つである。一般に液晶化合物は流動性を帯びるため、物質を接着・固定するための材料としては、これまであまり注目されてこなかった。
注2) カラムナー液晶
液晶にはいくつかの分類があり、カラムナー液晶では分子がカラム状(柱状)に積み重なった構造を形成している。カラムナー液晶は比較的流動性が低く、液晶ディスプレイに使われるような流動性の高い液晶とは種類が異なる。
注3) MPa(メガパスカル)
接着力の単位。1MPaは、1cmの面積あたり約10kgの重りをつり下げる接着力を表す。
注4) ダイシングテープ
半導体用のウエハーを切削加工する際に仮固定するためのテープ。光剥離タイプの接着テープとして実用化されている。
注5) 光で情報を記録するメモリー材料
光を当てた個所だけ物質の光学的性質が変わることを利用して、情報の書き込みと読み出しを可能にする記録材料。
注6) 2量体
2つの分子が結合して1つの分子となったもの。

<研究について>

本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)の他に、文部科学省 科学研究費 新学術領域研究(領域提案型) 「高次複合光応答分子システムの開拓と学理の構築」研究領域(領域代表:宮坂 博 大阪大学 教授)における研究課題「多分子協調場としてのフレキシブル光応答分子の機能集合システム構築」(課題番号:15H01083、研究代表者:齊藤 尚平)、文部科学省 科学研究費 若手研究(A) 「機能性可視化剤としての柔軟な発光分子の開発とマテリアルイメージング技術の確立」(課題番号:15H05482、研究代表者:齊藤 尚平)、デンカ株式会社との共同研究「耐熱性接着剤に関する研究」の支援を受けて行われました。

<論文タイトル>

Light-melt adhesive based on dynamic carbon frameworks in a columnar liquid-crystal phase
(高温環境でも使える「光で剥がせる液晶接着材料」の開発)
doi :10.1038/ncomms12094

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

齊藤 尚平(サイトウ ショウヘイ)
京都大学 大学院理学研究科 化学専攻 集合有機分子機能研究室 准教授
〒606-8502 京都府京都市左京区北白川追分町
Tel:075-753-4010
E-mail:

<JST事業に関すること>

鈴木 ソフィア 沙織(スズキ ソフィア サオリ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3525 Fax:03-3222-2066
E-mail:

<報道担当>

科学技術振興機構 広報課
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432
E-mail:

(英文)“LIGHT-MELT ADHESIVE: high-temperature resistant adhesive that melts by light