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科学技術振興機構報 第1027号

平成26年5月5日

東京都千代田区四番町5番地3
科学技術振興機構(JST)

学習中の脳神経活動の可視化に成功

ポイント

JST 課題達成型基礎研究の一環として、カリフォルニア大学 サンディエゴ校の小宮山 尚樹 アシスタント・プロフェッサーらは、運動学習中の大脳皮質にある「運動野」の神経活動を可視化することにマウスの実験で成功しました。

運動野の神経活動は、運動行動の制御に重要な役割を果たすと考えられ、運動野の神経活動と実際の運動行動は、密接で安定した関係があるとされてきました。しかし、運動学習によって、この関係がどう影響を受けているのか詳細は不明でした。その理由の一部は、学習期間中の神経細胞の活動を長期観察することが難しく、主に、運動学習後に実験を行っていたためです。

本研究者らは、同一マウス個体の神経回路の2週間にわたる運動学習中の変化を可視化する革新的なイメージング手法を開発し、運動パターンとともに解析しました。その結果、学習の当初の段階では、非常に似た運動パターンであっても神経活動パターンが異なること、学習が進むにつれて神経活動と運動の関係が固定され、学習した運動に特化した神経活動パターンが徐々に形成されることが分かりました。さらに、同じ学習中に神経同士のシナプス結合注1)を観察し、学習中の神経活動パターンの変化が、運動野内での神経回路のつながり方自体の変化によるものである可能性が示唆されました。

今回の結果は、脳の神経回路が、学習や経験によって柔軟に変化して形作られていて、固定されたものではないというこれまでの研究報告を強く裏付けるものです。本研究で開発された手法は運動学習以外にもさまざまな学習や行動の基盤を解明することに応用されることが期待されます。また、こうした学習中の脳の詳細な理解が、将来的にアルツハイマー病など、学習や記憶に異常をもたらす病気の治療に役立つことが期待されます。

本研究は、カリフォルニア大学 サンディエゴ校の大学院生のアンディー・ピーターズ 氏とポストドクトラル・フェローのサイモン・チェン 博士と共同で行ったものです。

本研究成果は、2014年5月4日(英国時間)発行の英国科学誌「Nature」に掲載されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)

研究領域 「脳神経回路の形成・動作と制御」
(研究総括:村上 富士夫 大阪大学 大学院生命機能研究科 特任教授)
研究課題名 「大脳皮質の微小回路の学習に関連した可塑性」
研究者 小宮山 尚樹(カリフォルニア大学 サンディエゴ校 アシスタント・プロフェッサー)
研究期間 平成22年10月~平成28年3月

JSTはこの領域で、脳の統合的理解を目指し、新たな視点に立って脳を構成する神経回路の形成やその動作原理並びにその制御機構の解明に挑戦する研究を対象とします。

<研究の背景と経緯>

我々の行動は、脳の神経細胞群の活動によってもたらされています。脳の神経細胞群の活動と行動との関連性は、長期間における学習ならびに経験によって調節されていると考えられています。この学習による脳神経回路の変化は、脳神経科学において非常に重要な課題です。本研究では、最も根本的な学習の1つである運動学習と、運動行動を制御する重要な脳の部分である大脳皮質運動野注2)に注目し、生きたまま長期間、脳の活動を観察可能な技術を開発することで、運動学習が運動野の活動にどのような変化をもたらすのか、解明を目指しました。

運動野の活動が運動行動に密接にかかわっていることはよく知られています。運動行動中の運動野の神経活動を記録した以前の実験では、神経活動とそれによってもたらされる運動との関係は比較的安定している、つまり、運動野の活動のパターンによって運動のパターンが予測できるという結果が示されてきました。しかし、これらの実験は主に長期間の練習(数ヶ月から数年)後の運動行動中に行われており、この神経活動と運動の関連性に対する学習の持つ役割はあまり分かっていませんでした。このため、運動学習の全過程を通して運動野の活動パターンを記録する手法が求められていました。

<研究の内容>

小宮山研究者らは、まず、マウスが頭を固定された状態で運動行動を学習する実験系を開発しました。マウスは、前肢でレバーを特定の方向に動かすことで報酬(水)がもらえることを、1日1時間(100回)ほどの訓練を2週間続けることで覚えます。マウスがレバーの動かし方を覚えるまでの期間中、レバーの動きを高解像度で記録し、運動パターンを詳しく解析しました。また、この2週間に及ぶ学習期間中、同一個体、同一視野の神経活動を観察するために、開頭手術方法、より速いイメージング方法、解析用ソフトウエアなど多岐にわたる項目の改良を重ねました。その結果、2週間にわたる運動学習中の運動野の活動の変化を経時的に追うことが、世界で初めて可能になりました(図1)。

この手法を用い、運動野の神経細胞群の活動を細胞単位で、運動学習の全過程を通してイメージングしました。1)学習の初期では、レバーを動かす方向や速度がほとんど同じ場合であっても、神経細胞の活動パターンは全く異なっていました。しかし、2)学習が進むに連れ、徐々に神経細胞の活動パターンが安定化し、最終的には、神経活動のパターンと運動のパターンが一致するようになりました。3)学習後期の運動パターンは、元々学習初期にも一部観察されていました。一方、神経活動のパターンは学習初期に見られたものと後期のものとは異なっていました。これらの結果から、ある1つの運動パターンはさまざまな神経活動パターンから生み出され得ること、運動学習によって初めて運動野の神経細胞の活動と運動パターンとが1対1の関係ができることを示しています(図2)。

次に、上記のように神経活動パターンが柔軟に変化し得るメカニズムを調べるため、運動学習中の運動野内の神経細胞同士のシナプス結合の動性を、高解像度イメージングを用いて経時的に観察しました。この結果、学習期間中にのみ、新たなシナプス結合が、古いシナプス結合と入れ替わる形で形成されることが分かりました(図3)。この結果は、運動学習が運動野内の神経回路を変更することを示し、新たな神経回路の形成が、学習後に見られる安定した神経活動パターンの再現に重要な役割を担っていると考えられます。

<今後の展開>

今回の論文で開発された手法は、行動中のマウスの神経細胞群の活動ならびに構造を数週間に及んで観察することを可能にします。この手法は、今回用いた運動学習に限らず、さまざまな学習や、行動を制御する脳神経回路の仕組みの解明に広く応用されることが期待されます。また、学習のメカニズムの神経回路レベルでの詳細な理解は、将来的にアルツハイマー病など、学習と記憶の障害の治療に役立つことが期待されます。さらに、運動学習のメカニズムの詳細な理解は、将来的にブレイン・マシン・インターフェース(BMI)や義肢開発に応用できる可能性があります。

<参考図>

図1

図1 頭を固定したマウスにおける運動学習中の長期的イメージング(二光子励起顕微鏡注3)を使用)

  • 上)実験設計の模式図。マウスは、報酬(水)を得るために前肢を用いてレバーを動かす。1日1時間(100回)ほどの訓練を通して、2週間で熟練する。
  • 下)行動中のマウスにおける、運動野神経細胞群の長期的イメージング。左と中の図は、2週間にわたり同じ細胞群を同定できることを示している。それぞれの図の右上の挿入部分は、白く囲まれた部分の拡大図。右の図は、緑が神経活動を示すセンサー(GCaMP5G)、赤は抑制系神経をラベルしており、神経細胞のタイプを同定できる。
図2

図2 学習における変化の模式図

学習初期には、試行ごとにさまざまな神経活動のパターンと運動パターンが試される。類似した運動パターンを示す試行に注目しても、さまざまな活動パターンが観察される。学習の過程でこの活動と運動の関連性が改められ、学習された運動パターンに特化した活動パターンが試行ごとに再現されるようになる。

図3

図3 学習中の新しい神経回路の形成

  • a) 学習中に経時的に見た樹状突起の例。新たにスパインが形成される(矢じり)一方で、除去されるスパイン(矢印)も見られた。
  • b) 樹状突起スパインの学習中の動性。運動学習前はスパインの数に大きな変化は見られないが、学習を開始すると、運動野内で新たなシナプス結合が形成され、運動野の神経回路が変化することが分かる。学習初期に新たなシナプスが形成され、数日遅れて古いシナプスが間引かれていき、最終的な総数は変わらずに学習に関連した回路が保たれる。

<用語解説>

注1) シナプス結合
神経細胞同士でシグナルが伝達される結合部。シナプス結合を結んだ神経細胞群が、神経回路を形成する。樹状突起スパインはシナプス結合の一部であり、生体内でのシナプスの可視化に用いられる。
注2) 大脳皮質運動野
脳の高次機能をつかさどる大脳皮質の中で、運動の制御に特化した領域。マウスからヒトまで大まかな構造および機能は保存されていると考えられている。
注3) 二光子励起顕微鏡
蛍光イメージングの一種で、脳など不透明な組織でも比較的深部までイメージングできる。

<論文タイトル>

“Emergence of Reproducible Spatiotemporal Activity during Motor Learning”
(運動学習中の、神経細胞群の新しい時空的活動の出現)
doi: 10.1038/nature13235

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

小宮山 尚樹(コミヤマ タカキ)
カリフォルニア大学 サンディエゴ校 アシスタント・プロフェッサー
E-mail:

<JSTの事業に関すること>

松尾 浩司(マツオ コウジ)、川口 貴史(カワグチ タカフミ)、眞後 俊幸(シンゴ トシユキ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 ライフイノベーション・グループ
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3525 Fax:03-3222-2064
E-mail:

<報道担当>

科学技術振興機構 広報課
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432

(英文)“Emergence of reproducible spatiotemporal activity during motor learning”