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CREST・さきがけ複合「生命システムの動作原理と基盤技術」
研究領域事後評価報告書

総合所見

 生命科学は、新しい課題に直面している。ゲノム科学の発展によって、さまざまな細胞で、全ゲノムを対象として遺伝子の活動状況とその変化をデータとして取得することが可能になった。生体イメージング技術の発展とともに、多様な蛍光タンパク質を活用して、細胞や組織の中で起きる、多数の蛋白質が相互作用しながら起きる高次の現象について、三次元空間の中での時間的な変化を、生細胞の中で、リアルタイムで追跡することも可能になった。このような、時間-空間にまたがる大規模なデータから、ダイナミックな現象を解析し、そしてモデル化して、現象の基盤となる原理を抽出することが、現代の生命科学の大きな課題である。この解析とモデル化を実現するためには、数理科学と実験科学の融合が不可欠である。この新しいスタイルの研究が本流となることによって、生命科学は、医療をはじめとする諸分野に、より大きな貢献ができるようになる。
 本複合領域は、この現代の課題に正面から挑み、実験科学と数理科学の融合の上になりたつシステムズバイオロジーを目指した。この企画が、新しい潮流を巻き起こし、十分な成果に結びついた。実験科学と数理科学の融合に至るには、まだ多くの段階を踏まなければならないが、堅実な第1歩を踏み出したことが高く評価される。
 今回選ばれた多くのCREST、「さきがけ」研究が、自己のオリジナルなバックグラウンドを十分に生かした上で、必然性をもって本領域が目指す方向(数理科学の活用)に向った意義は大きい。特に具体例を挙げるならば、CREST影山研究代表者の生物時計の研究、上田研究代表者による1分子イメージング解析から「構造化された確率性」への研究の発展は、高い達成度を示したものであり、他の研究への波及効果も大きい。
「さきがけ」では、池谷博士は脳活動を調べる新たなアプローチとして、1万以上の神経細胞からその活動を同時に記録する実験系を確立して神経自発活動を調べ、同期発火とそこに入力する回路を見いだす成果をあげている。CREST、「さきがけ」が複合領域として交流したことによって、次世代を担う若手研究者の育成に大きな貢献をすることができた。
 本複合領域発足以降、分野横断的なシステムズバイオロジーや生命現象の理解に数理科学を取り入れるなどした新しい研究領域群がJSTの枠組みにおいてのみならず、科研費の新学術領域等においても次々と生まれており、本領域が貴重なモデルケースとして生命科学研究全般に対してインパクトを与えたものと評価できる。
 本複合領域の研究活動からさまざまの価値を生むことになったのは、研究総括の優れた見識と指導力に負うところが大きい。生命現象の解明のために、分子・遺伝子を基盤とした研究を先導してきた研究総括が、これからの新しい生命科学研究の発展には新しい方法論を創出する必要があることを明確に認識して、本研究領域を主導した。その意義は大きい。研究総括は、現代の生命科学の課題の一つを明確にし、新しい研究分野の創成に踏み込んだ研究を組織化して育てた。本研究領域が示した研究の方向性が、生命科学の本流として定着する下地を作ったといえる。

1.さきがけ事後評価

1-1. 研究領域のマネジメントについて

(1) 研究総括のねらいと研究課題の選考
 「生命システムの動作原理と基盤技術」という研究領域のもとで、広い研究分野を対象として独自性が際立った研究課題を募集し、特に実験科学と数理モデリングによる新しい研究を育むことが志向された。地方・私立大学、企業など多様な研究環境を持つ研究者や女性研究者に積極的なチャンスを与える選考がなされたことは研究総括の慧眼である。選考された研究課題からは、研究総括ならびに選考委員の意欲が反映されており、特に新しい人材の発掘や新しい研究分野を開拓するという意図が明確であった。

(2) 研究領域の運営
 さきがけの研究には、たとえその研究者がある研究室の一員として活動するとしても、その研究者の自立が意識されたうえでの活動が求められる。これを徹底すべく研究総括は研究の進捗状況を把握した上で、多くの配慮と対策をとっており、そのことは次項で述べる人材育成の成果の基礎となっていると評価される。
 「さきがけ」の領域会議にCREST研究代表者が参加するという企画も的を射たものであった。CRESTのメンバーが推進する研究の生々しい局面に「さきがけ」のメンバーが接することによって、領域アドバイザーとはまた異なった指導効果があったと思われる。また「さきがけ」のメンバーのチャレンジングな発想の研究からCRESTのメンバーが逆に啓発されるという、相乗効果もあったと考えられる。
 領域アドバイザーから、理論系のメンバーが転出したのを補うべく、さきがけ「生命現象の革新モデルと展開」の総括である重定南奈子氏を外部助言者に招いた意義は大きく、これによって、相互の「さきがけ」のメンバーが他方の領域会議に参加する機会が与えられ、本領域が目指す数理モデリングの活用を推進することになった。
 異動を含めて研究環境の変化があった場合にも、研究費の柔軟な支援を行うなど、研究費の配分の上の工夫も十分になされていた。
 総じて、すぐれたマネジメントが実施されたと評価される。

1-2. 研究成果について

(1) 研究総括のねらいに対する成果の達成度
 本評価委員会で、さきがけ38課題を、「研究の独自性・独創性」「研究を完成する能力」「さきがけ研究による研究者の成長」の3項目についてA-Cの3段階評価を行った結果、15課題(39%)が2項目以上でA(ずば抜けている)と評価された。このことは、本「さきがけ」事業が、特に人材育成という観点で充実した成果を上げたことを示している。このことは、「さきがけ」開始から今日までに、31名が昇進(8名が教授に着任)し、大半が他機関への異動を伴ったものであることからも裏付けられる。学術的な業績についても、生命科学の最先端領域における多数の顕著な成果が挙っており、研究総括の狙いに対する達成度は高い。
 しかし、半数近くの研究課題では、研究総括の尽力にも関わらず、「研究の独自性」「研究の一貫性」という点で不足を感じさせた。具体的には、「さきがけ」の中心課題が研究期間数年後をへても発表されていなかったり、研究課題自体を「さきがけ」研究期間の終了とともに放棄していると判断されるケースである。Corresponding authorとして発表された論文の割合も十分とはいえない。この問題は、本研究領域ではなく「さきがけ」制度自身がもつものであろう。「さきがけ」研究者に対する教育という観点から、「さきがけ」研究終了後数年後に、研究領域のメンバーを含まない第3者による事後評価をおこない、その結果を公表することも、一つの手段であろう。

(2) 科学技術の進歩に資する研究成果
 生命科学の実験研究者が、モデリングやイメージング、バイオインフォマティクスのデータ解析、システムズバイオロジーなどを考慮しながら進めた研究が多かった。特に数理的なアプローチを試みた研究者の意欲を評価したい。将来の日本の生命科学が大きく発展する道につながるであろう。

(3) 科学技術イノベーション創出への期待
 本「さきがけ」の研究成果の中には、科学技術イノベーション創出に発展することを期待させるものが多く見出される。しかし、研究が近視眼的に「技術」に向かい、それと両輪となるべき「知」を伴わない場合も少なからず見られた。
 新しい研究分野の創成には、技術革新が大きな牽引力として機能することが多いのは事実である。しかし、研究の方法論やアプローチといった目標を明確に設定してはじめてその技術はイノベーションの牽引力となり得る。研究課題の実施内容の中には、目標の設定をおろそかにしたまま、技術の開発に流れたものもあった。「さきがけ」の課題設定に「科学技術イノベーション創出」を謳うことが誤解されて逆効果となった可能性がある。

2-3.さきがけ研究領域の評価

(1) 研究領域としての研究マネジメントの状況
特に優れたマネジメントが行われた。

(2) 研究領域としての戦略目標の達成に資する成果の状況

(2-1) 研究総括のねらいに対する達成状況
十分な成果が得られた。

(2-2) 科学技術上の進歩や科学技術イノベーション創出への期待
期待どおりの成果または萌芽が認められた。

2.CREST事後評価

2-1. 研究領域のマネジメントについて

(1) 研究総括のねらいと研究課題の選考
 現代の生命科学が可能にした多様かつ膨大な実験データをもとにして、数理科学の 方法を導入することによって、生命過程の新しい原理を導き出すことが可能なはずで、それを実行することが、生命科学の緊急課題である。研究総括は、実験科学と数理科学を両輪とした新しい研究の発展を本領域に託した。この狙いは日本の学術に新しい本流を招くもので、時にかなったものであった。
 研究課題の選考においては、生命システムの解明に向けて、細胞・個体を用いた動的でダイナミックな情報を明らかにする研究、また大規模なデータを分析する研究が対象となった。そのためには、生体での細胞動態、シグナルの流れを可視化する新たな検出・測定技術の開発、そしてこの技術によって得られたデータの数理解析、シミュレーションといった研究手法を積極的に取り入れた研究が重視された。
 重要課題がバランスよく厳選され、システムズバイオロジーの分野での展開を期待される研究が採択された。それらの研究課題はいずれも高い水準を確保し広い視野を持ったもので、国際的にも最先端のものであった。  本研究領域では、広い研究分野にまたがって研究が展開されるため、研究総括と発想を共有するアドバイザー選定が重要である。分子生物学、生物情報科学、数理生物学、疾患生物学と幅広い視野で研究領域を俯瞰する適材の専門家がアドバイザーに選ばれた。

(2) 研究領域の運営
 大規模なデータや動的過程を数理モデリングによって解析する具体的な方法は多様である。研究対象ごとにタイプが異なる実験データに直接向き合うことによってはじめて、数理科学におけるモデリングと解析の方法論が発展する。本研究領域では、幅広い分野からバラエティーに富んだ研究課題を選定するとともに、さまざまの専門性を持ったアドバイザーを配置することによって、さまざまの方向性をもった数理モデリングの基盤を作ることができた。
 研究総括がCREST、さきがけの両方を兼ねることによって、両研究領域の交流が促進された。方法論の開発自体が研究の対象となる新しい研究領域にあって、成熟した研究者と若手研究者とが模索しながら研究を進めることが相互の刺激となった。
 特にさきがけ研究では、領域アドバイザーだけでなく、CREST研究者との交流も役に立った。数理生物学者を新たに外部助言・評価委員に招いたのも適切であった。また、研究総括が研究の進捗状況をみながら、特に進展が期待される研究課題に対しては重点的に研究費が配分された。

2-2.研究成果について

(1) 研究総括のねらいに対する成果の達成度
 研究総括は、実験科学と数理科学を組織化して融合するという使命をこの研究領域に課した。生体分子や細胞過程に関する、大規模なデータとそのダイナミックな変化を解析しモデル化するという、現代の生命科学の緊急課題に対処するためである。
 各々の研究代表者は、既に独自の研究分野で確立した評価の成果をあげているが、その研究をさらに進めるために新しく数理・理論生物学を取り入れた研究を積極的に展開し、成功させたことは意義深い。従来の方法論から脱却した研究展開の具体例を身近に示すことで、これからの生物研究を進める指針を与えたと評価できる。各々の研究代表者が、本研究領域の意図を明確に意識して研究をすすめて、世界を先導する研究成果をあげた。総じて、十分に高い成果の達成度であったと評価される。

(2) 科学技術の進歩に資する成果
 研究体制は、各実験研究課題に、数理モデル研究がサブグループとして参加するスタイルを採っており、研究成果もそれを反映している。つまり、実験科学と数理科学が未だ対等ではない。その意味で、本CREST研究領域の現状は、まだ実験科学と数理科学の合体に向っての第一歩を踏み出したに過ぎないが、明確な一歩を踏み出したという意味で、国内外に対するインパクトは大きい。
 本研究領域では、生体イメージング、生体計測に基づく多様で膨大なデータから、どのような数理モデリングが可能かということがまず目指されたが、次のステップとして、そのモデリングを検証するための新たな実験手段が必要である。それに対して、本研究領域ではすでに、生体過程の時空間で的を絞った高度な遺伝子操作技術などが準備されており、実験系と数理系の研究が文字通り両輪として働きあうための未来像も示されている。

(3) 科学技術イノベーションの創出に資する研究成果等
 大きなイノベーションを創出する科学は、広く長期的な展望にたった研究によってはじめて実現する。本領域のCRESTに採用された研究課題は、いずれも生命科学の基盤をひろげ、そして掘り下げる優れた研究であり、また斬新な研究方法を成功させている。長期的な展望を持ってすすめられた本研究領域の研究活動が、現代の生命科学の基盤を充実させ、それを通じて近未来の社会に大きな貢献をすることは間違いない。
 この研究領域が基礎づけた生命科学の将来性は豊かである。さまざまな医療分野への貢献だけでなく、生体の機能に学んだ新しいエンジニアリングの創成に至る、幅広い研究成果の波及が期待される。

2-3.CREST研究領域の評価

(1) 研究領域としての研究マネジメントの状況
特に優れたマネジメントが行われた。

(2) 研究領域としての戦略目標の達成に資する成果

(2-1) 研究総括のねらいに対する成果の達成度
特に優れた成果が得られた。

(2-2) 科学技術の進歩に資する研究成果
特に優れた成果が得られた。

(2-3) 科学技術イノベーションの創出に資する研究成果
十分な成果が得られた。

(3) 総合評価
特に優れた成果が得られた。

3.その他

 領域中間評価、複合領域事後評価を通じて、評価委員が共通して持った懸念は、CRESTに研究員として参加した若手研究者のあり方であった。彼らをも表舞台に立たせる必要がある。今後の複合領域の運営方法として、すでに一部のCREST運営においてためされたように、CRESTと「さきがけ」の合同領域会議において、CRESTの研究員(ポスドク)も招集して、彼らにもポスター発表等をさせるというスタイルを、一つのスタンダードにするのが良いと思われる。また、CRESTへの参加が彼らのキャリアパスにどのような意義を持ち得たかということについて、追跡調査をする必要もあろう。

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