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CREST「マルチスケール・マルチフィジックス現象の統合シミュレーション」
研究領域事後評価報告書

総合所見

 ペタコン超級コンピュータが稼働した際に、速やかにこれを活用すべく、これに向けて、科学技術基本計画での重点分野(情報、バイオ、ナノ・材料、環境、ものつくり、安全・安心等)を睨んで、当該分野での有望なマルチスケール・マルチフィックスの計算科学シミュレーションコードの開発に先鞭をつけて実施されたこの研究プロジェクトの成果は、大半がグランドチャレンジやHPCI戦略プログラムに採用され、使用経験も含めると、本研究課題の多くが、ペタフロップス超級「京」コンピュータの開発に関与しており、本研究領域および研究総括の選定のその目的は十分に達成されたと考える。また次世代エクサ コンピュータ開発においても重要な意味を持つと思われる。
 特に、基礎的な科学技術に限らず、安全・安心や医療、新物質の創成、国民生活、社会・経済などに対して大きな影響を与える研究分野を選定して、大規模・複雑系、マルチスケール・マルチフィジックス研究の大規模計算による道筋を開き、大きな研究展開を得た点を高く評価したい。
 更に、ミクロからマクロにわたる多くの異なる分野を見渡し、大きな研究成果をもたらした、研究総括と領域アドバイザーによる、国のHPCI戦略を先取りした課題選択からきめ細かな各研究課題のマネージメントや中間評価への対応に至る働きは、出色であり特段に評価できる。

1.研究領域のマネジメントについて

(1) 研究総括のねらいと研究課題の選考
 本研究領域で実現を目指したこととして、1)ペタフロップス超級スーパーコンピュータによる超大規模計算アルゴリズムの開発、2)計算科学の基礎のみならず、工学、医学、薬学、安全・安心・防災などの応用分野に研究対象を広げ、基礎的な科学技術のみならず、国民生活、社会・経済等に対してインパクトある研究を目指したことたこと、3)異なる専門家同士、海外の最先端グループとの共同提案、実験、理論、情報・計算科学などとの強力な分野融合的・領域融合的研究課題を募集したこと、が挙げられる。これらに加え、ペタフロップス超級スーパーコンピュータ利用を視野にいれ、超大規模・複雑系あるいはマルチスケール・マルチフィジックス現象の高精度化かつ高分解能を求める研究を対象とした研究総括のねらいは、「京」コンピュータの完成と相まって非常にタイムリーであり、方針として高く評価できる。
 また研究課題の選考方針として、1)の研究で世界をリードする研究、コンセプト・アイデアのユニークさ、有効性に重きを置き、2)の分野で具体的に目に見える成果をもたらすか、また作り上げたソフトウェアが本研究終了後も長期間、自立できる枠組みが提案されているかに配慮し、3)において研究者間の連携に十分な必然性・説得性があるかどうか、といった点が挙げられており、非常に適切である。領域アドバイザーは、研究総括が相互に専門分野を相補い、対象分野全般にわたって円滑な運営が行われるべく、計算科学分野での第一人者から選考されていると評価できる。ただ、強いていえば、産業への貢献に関しては、領域アドバイザーに産業技術にも目の届く研究者がもっといてもよかったと言える。

(2) 研究領域の運営
 研究総括は、課題選考、中間評価、事後評価では、領域アドバイザーの意見を踏まえて、厳しく評価したとあるが、研究の自体実施に関しては、研究者のボトムアップ精神を尊重する、ソフトマネージメントで臨み、また一年に一度、研究代表者とアドバイザー全員が一同に会する公開シンポジウムを開催し意思疎通を図ったとのことで、適切な研究総括の運営方針であると評価できる。 本研究領域のマネージメントに関して特質すべきこととして、京コンピュータの稼働が近づくことを見据えて、研究総括裁量経費を用意し、ぺタフロップス超に適合する可能性があるコードを持つ6研究課題を選択して、理化学研究所との協力を得て各コードのチューニングを進めたことが挙げられる。
 更に特筆すべきこととして、領域中間評価の評価結果(領域全体を横断的に見渡して、各課題におけるマルチスケール・マルチフィジックス解析を実現する共通の手法など、領域全体の大きな成果を引き出せる可能性がある)を受けて、新たに2つの横断的研究(テーマ1:マルチ研究領域各チームの研究内容と位置づけを明確にする取り組み、2:マルチスケール・マルチフィジックス統合のぺタコン向けチューニング手法)を実施したことが挙げられる。特にテーマ2の横断的課題研究での、次世代スパコン上で有効と思われるチューニング手法を分類しまとめた報告書は期待できる。

 これだけ広い研究分野を一括して取り扱うことは、理解することや評価の難しさを含めて、非常に困難であり、あえてそれに挑まれ、大きな研究展開をもたらしたのは、ひとえに研究総括が極めて優れた指導力を発揮した賜物と高く評価できる。

2.研究成果について

(1) 研究総括のねらいに対する成果の達成度
 ペタフロップス超級スーパーコンピュータを見据えた研究を目指したねらいは、本研究領域で開発されたRSDFTがゴードンベル賞を受賞するなど、世界においても卓越した成果が得られている。また、「京」コンピュータの仕様を決定するために選ばれたターゲットコード21のうち、5本が本研究領域の研究チームから選ばれ、更に「京」コンピュータ稼働に際してHPCI戦略プログラムで採用されたコードは、21研究課題中14研究課題に上り、使用経験も含めると18研究課題となり、次世代スーパーコンピュータ「京」の開発において、本研究領域が大きな貢献をしたと高く評価できる。

(2) 科学技術の進歩に資する研究成果
 量子力学が支配するナノ・バイオ領域から、ニュートン力学等の古典力学が支配する地球・宇宙環境に至る広範囲に及ぶ各研究課題において、科学技術の進歩に資する大きな成果が得られた。3.11東日本大震災での実際的なシミュレーション、ナノ・バイオでのオーダーN法の計算手法の確立、ミクロ・マクロの連成解析研究、ナノ高速計算法といった特筆すべき成果があった。このうち3.11東日本大震災関連のシミュレーションは報道でも大きく取り上げられ、「全球雲解像大気モデルの熱帯気象予測への実利用化に関する研究」ではNature、Scienceに掲載され社会的な注目を浴びた。また本研究領域での課題研究(諸熊チーム)成果を含めた実績により、諸熊氏が、日本学士院恩寵賞、瑞宝中綬賞を授賞するとともに、文化功労者として顕彰されていることは、特筆に値する。
 このように、基礎科学研究から安全・安心分野まで、またマクロからミクロにわたる広い研究領域で、科学技術の進歩に向けて、着実に一歩を踏み出し得ている。

(3) 科学技術イノベーション創出に資する研究成果等
 創薬、地球温暖化、安全・安心・防災関連での研究課題チームの活躍による社会への貢献は、科学技術イノベーションの創出に資する研究成果と評価できる。また、多くのこの研究課題からグランドチャレンジやHPCI戦略プログラムに採用され、「京」コンピュータ開発や実際的計算で大きな貢献をしたことに加えて、更なるエクサコンピュータへの展開に資する、研究課題も多く見られる点で重要な研究領域であったと評価できる。

3.評価

(1) 研究領域としての研究マネジメントの状況
十分なマネジメントが行われた。

(2) 研究領域としての戦略目標の達成に資する成果

(2-1) 研究総括のねらいに対する成果の達成度
十分な成果が得られた。

(2-2) 科学技術の進歩に資する研究成果
十分な成果が得られた。。

(2-3) 科学技術イノベーションの創出に資する研究成果
十分な成果が得られた。

(3) 総合評価
十分な成果が得られた。

4.その他

 米国などの国家(軍事)戦略で開発されたソフトウェアは、その後科学分野のみならず産業界などで広く世界的に流通しているソフトウェアが多い(有限要素プログラムではABAQUS、NASTRAN等)。これに比べてこういった日本発のソフトウェアが見当たらない。
 次世代ソフトウェア開発も重要であるが、本領域設定後の問題として挙げられている、

といった点を改善し、本領域で開発されたソフトウェアを世界的に流通するソフトウェアとして育成する仕組みの構築が急務と思える。
 本研究課題で開発されたコードは現在「京」コンピュータで活躍中のものが多いが、今後も継続的に開発が必要なものが多い。上記の流通させることに限らず、世界トップクラスの研究コードの継続的な支援の仕組み作りに期待したい。
 また、次世代データ解析戦略として、ビックデータの解析が挙げられる。ハード・ソフト両面に渡った検討が必要と思える。
 最後に、今回はHPCI戦略における初めての試みだけに挑戦的な課題を避け、有名どころを取り揃えた感がある。今後はCRESTの取り組みとして、もっと挑戦的な課題に挑む若い世代を応援する方向も考えて欲しい。

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