戦略的創造研究推進事業HOME評価CREST・さきがけの研究領域評価戦略的創造研究推進事業における平成22年度研究領域評価結果について > さきがけ「生命現象と計測分析」事後評価

さきがけ「生命現象と計測分析」
研究領域事後評価報告書

1.総合所見

 本研究領域は全体として、当初の目標を十二分に達成し、特筆すべき素晴らしい成果を挙げており、高く評価される。
 本研究領域は、該当する戦略目標「新たな手法の開発等を通じた先端的な計測・分析機器の実現に向けた基盤技術の創出」に対し、比較的若い研究者による個人型研究(さきがけ)による研究領域として設定された。そのねらいとして、複雑多岐にわたる生命現象に関わる事象について、全く新しい発想に基づく計測分析ならびに探索技術の開発、すなわち独創的な物理学的・化学的・生物学的手法の探索を通して新規な生命現象の(一断面)発見とより深い理解、など生命科学における創造的な研究活動を支える新たな計測分析ならびに探索手法や臨床応用に繋がる診断法の実現に向けた基盤技術の確立を目的としている。
 研究領域としての研究マネジメントの状況について、まず研究領域の目標設定とねらいであるが、上記目的ねらいに即して、独創的な技術開発を展開させることは、経済停滞を打破するための技術イノベーションが切実に待望される現在の日本社会にとって有益であるとともに、有望な若手が当該分野に集まっており、開始時期として時宜を得て適切であった。
 課題採択の選考に関しては、「細胞から個体・生態系まで」にわたって「生命現象のダイナミクス」を解析する、そのための測定法・分析・探索法等の技術開発を目指す研究計画を優先した。この明確な選考方針は先見性に優れ、また選考結果も種々の分野の優秀な若手研究者を選抜し、創造性の高い領域を創ることに成功しており、高く評価される。
 研究領域の運営の状況は、研究総括と技術参事による定期的な研究者訪問面談、年2回の領域会議、公開シンポジウム、非公開シンポジウム、国際交流会議等を通して研究進捗状況を随時把握し細やかに指導する適切な運営体制がとられた。一方で、研究員がのびのびと自由に研究する雰囲気と運営がなされており、自主性尊重と指導とのバランスに優れた配慮がとられている。
 研究成果について、物理学的・化学的・生物学的、および細胞から個体・生態系までの広範囲にまたがる技術開発、新しい発想に基づく新たな計測分析・探索手法の創出、新規技術による生命現象の新規な断面発見と理解の深化、という領域の狙いを十二分に達成している。全体として、優れて生産性の高い領域である。
 個別の成果としても、日本が得意とする1分子計測に新しい発展をもたらす技術開発、新しい超高感度センサーや細胞内分子プローブ開発、超解像度・原子レベル分解能・高圧環境イメージング、細胞から個体にわたる細胞生物学的手法開発など、多くの斬新な分析計測技術が誕生した。内容、分野も多岐にわたり、1つのさきがけ研究領域の成果として、まことに申し分ない。
 科学技術上の進歩に資する成果として、本領域による技術開発は、超高分子量蛋白質・蛋白質複合体の動的構造解析、生体分子・遺伝子の機能解析・相互作用解析、生体分子・細胞の可視化・相互作用解析、システムレベルの細胞動態解析、薬物代謝動態解析といった広範囲にわたって効果がもたらされると期待される。社会・経済・文化的な価値創出という観点から見ると、新しい1分子可視化法により、生命現象の根幹としてのタンパク質翻訳の分子機構が明らかにされたことは、科学的創造知のみにとどまらず文化的価値を創出したという側面を持つ。超分解能光学顕微鏡の開発、超微量タンパク質高感度センサーの開発、高速化変調原子間顕微鏡など実用化に近い技術開発や、その他にも実用化が期待される独創的な成果が出されており、社会的経済的価値創出へつながることが期待される。
 本領域が成功した理由は、領域設定と目的とが時宜を得て適切であったこと、優れた人材と課題を採択したこと、研究総括・技術参事・アドバイザー等の運営側にすばらしい人材を集めたことによる。何より、森島総括が、本さきがけ領域に対する並々ならぬ熱い思いをもって、丹念に素晴らしい指導運営に当たっており、その名伯楽によるところ大である。

2.研究領域としての研究マネジメントの状況

2.1. 研究領域のねらいと研究課題の選考

①研究領域のねらい
 本研究領域は、独創的な物理学的・化学的・生物学的手法の探索を通して、生命現象の新規な断面発見とより深い理解をもたらし創造的な研究活動を支える、全く新しい発想に基づく新たな計測分析・探索手法や臨床応用に繋がる診断法のための基盤技術の確立をねらいとした。このねらいにより、独創的な技術開発を展開させることは、イノベーションが切実に待望される現在の日本社会にとって有益であり、開始時期としてタイムリーであり、適切であった。

②選考方針
 選考にあたり、分子現象というより複雑な細胞内や細胞間の生命現象に重心を置き、それを解き明かす為のツールである測定法・分析・探索法などの技術開発を目指す研究計画を優先した。また構造生物学分野においても複雑系を解き明かす研究に重心をおいた。これらの点は、世界の流れを取り入れた、正しい方向である考える。また、「生命現象のダイナミクス」を解析するという明確な選考方針は先見性に優れ、高く評価される。

③領域アドバイザーの構成
 アドバイザーは計測系の強い生物物理学、分子科学の強い化学系、医学の基礎としての生理学薬理系で構成されている。戦略目標「新たな手法の開発を通じた先端的な計測・分析機器の実現に向けた基盤技術の創出」にふさわしい。なお、生命現象の解明を目指すには、技術が解る細胞生物学の専門家、あるいは医療の立場から分析技術に意見を出せるアドバイザーがいたら申し分なかったであろう。
 この点を補って余りあるのは、各分野の超一流の人物を多く選び豪華な顔ぶれとなっていることであり、この点は何より高く評価される。

④採択された課題の構成とそれらの適切さ
 選考方針にたがわず、細胞関係と複雑構造体に関する研究が多く採択されている。分野も広く、分光、顕微鏡、デバイス、物理・化学・生物およびその学際領域などの幅広い課題がバランスよく採択されており、生命現象を多角的に計測できる課題選考となっている。
 生命科学の一つのゴールである医療に関する研究提案が少なかったことが、唯一惜しまれる点である。しかし、本研究領域が臨床応用に繋がる基盤技術の確立を目的として、優れた成果をあげたことを考慮すれば、これは本領域採択課題の偏りというよりは、今後の重要な課題の一つとして医療分野への応用も考慮されてゆくべきものと考えられる。

2.2. 研究領域の運営の状況

①研究領域運営の方針
 領域運営関係者による細やかな指導と、各研究員の自発性の尊重との、両者のバランスを良く保つ方針をとり、運営がなされた点は特筆される。
 さきがけ研究員は未だ年齢が若く経験も浅いゆえ、経験豊かな経験者による指導は効果的である。本領域では、研究者および指導者としての業績に優れた研究総括やアドバイザーにより、臨機に指導がなされており、優れて本領域の大きな特色となっている。
 一方で、他のさきがけ領域との自主的合同研究会にみられるように、各研究員の自発性が尊重されており、自主性と指導とのバランスが良く配慮されている。
 さらに、当初の研究提案に沿った成果と共に、当初の提案を修正することにより、得られた成果も数多くあり、積極的に評価される。研究者がさきがけ研究領域という一つの“教室”に所属した結果、研究総括・アドバイザーが的確に個人の研究進捗状況を把握し、よりよい方向へと自主性を尊重しながら指導したことの証であり、領域運営の大きな成果である。

②研究進捗状況の把握と指導
 サイトビジットでは、研究総括自身が多くの時間を割いて直接面談を行った。年2回の領域会議、計3回の公開シンポジウムの他に、非公開シンポジウムの開催、日本・スェーデン・ジョイント・ワークショップや日米英独仏先端工学シンポジウムの国際交流を行った。 以上の他に、他のさきがけ研究領域との交流をしたことは、若手研究者が広い視野を持つ上で、効果があった。また、非公開シンポジウムでは、アドバイザーは出席せず自由な雰囲気を作り自主性を育てた。このように、自主性と細やかな育成を絶妙にバランスした創意ある優れた指導がなされた。
 公開シンポジウムや領域会議の発表については、時前にプレゼンテーションの個別指導を研究総括が自ら実施することや、発表のビデオを本人が自己診断して、反省材料にするという独自の育成システムが導入されている。このシステムにより、研究者は発表と質疑応答を客観視することにより、アドバイザーの質問の真意を理解し、研究を深めることが出来、若手の育成に役立ったものと評価できる。
 さらに、当初の研究提案の修正を行うことで大きな成果に導いたケースや、共同研究をアドバイスして問題を乗り越えたケース、研究が行き詰まった時に多くの人を紹介して一気に問題が解決し独創的な技術開発に結びつけたケースなど、研究総括は研究進捗状況を随時把握し細やかに指導する適切な運営体制をとった。

③課題間の連携の推進
 課題間の連携に関しても、研究総括による橋渡しなどもあり適切に進んだと評価される。
 また生命科学系の他領域との合同研究会も精力的に行うことで、より広範な視野で研究展開を行うことが可能となり、領域内外での共同研究が盛んに行われ現在も進行している事も大きな成果である。

④研究費の配分
 当初の研究費の配分に特に問題はない。

 以上を総合して、マネジメントは大変優れていたと結論される。特に、森島研究総括により非常に細やかな指導が個々の研究進捗状況に即して工夫をもってなされ、啐啄同時の指導は、特筆されるべきである。

3.研究成果について

3.1. 領域のねらいに対する達成状況

 物理学的・化学的・生物学的の多岐にわたり、細胞から個体・生態系までの広範囲にまたがる技術開発、全く新しい発想に基づく新たな計測分析・探索手法の創出、臨床応用に繋がる診断法のための基盤技術の確立、新規技術による生命現象の新規な断面発見と理解の深化、という領域の当初の狙いを十二分に達成している。
 全体的に、優れて生産性の高い領域である。優秀な若手研究者を選抜し、創造性の高い領域の雰囲気を醸成した研究総括とアドバイザーに敬意を表する。新しい1分子生物学手法の開拓による生命現象の根幹過程としてのタンパク質翻訳機構の解明、独創的な水晶振動子デバイスなど、高い成果が多数生み出されている。加えて、未だ結実していないが、これらを越える独創性を持つ試みも見受けられる。今後も、本領域の成果を継続して発展させる施策が肝要である。
 生命科学研究の広い分野に資する分析技術の創出がなされている。日本が得意とする1分子計測を生理的条件の高濃度観察へと新しく発展させる技術開発、超解像度・原子レベル分解能・高圧環境イメージング、細胞から個体にわたる細胞生物学的手法開発など、多くの斬新な分析計測技術が誕生した。 以上、本領領域の目的・狙いは、当初の計画を越えて十二分に達成されており、高く評価される。

3.2. 科学技術上の進歩に資する成果、社会・経済・文化的な価値創出への期待

①科学技術上の進歩に資する成果
 計測分析技術開発として、新規顕微鏡観察技術開発、新規アルゴリズムやその他の新規計測技術開発、新規プローブ物質の合成・探索がなされた。期待される効果としては、超高分子量蛋白質・蛋白質複合体の動的構造解析、生体分子・遺伝子の機能解析・相互作用解析、生体分子・細胞の可視化・相互作用解析、システムレベルの細胞動態解析、薬物代謝動態解析があげられる。
 本領域研究の大きな成果として、Zero-mode waveguides法(ZMW法)による新しい1分子可視化法で、生命現象の基本過程であるタンパク質翻訳の分子機構を明らかにしたことが挙げられる。ZMW法はアメリカのバイオベンチャーが超高速1分子DNAシークエンサー用に開発した方法であるが、これを応用して、これまでの全反射1分子計測法では不可能であった、試料分子濃度が生理的条件と同定に高濃度の場合の1分子計測を可能にしたものである。Nature誌のfull articleとして掲載された(2010年)、Nature誌の News and Views、Nature Methods誌、Nature Technology誌や、内外の新聞紙等のマスコミでも紹介された。新たな1分子生物学を開拓したという点で高く評価される。
 新しいアイデアに基づく超分解能光学顕微鏡の開発、無線・無電極水晶振動子を用いた超微量タンパク質高感度センサーの開発、高速化変調原子間顕微鏡(FM-AFM)の開発と、実用化に近い技術開発に成功している。これらは、従来の顕微鏡や計測法の限界を突破する新しい技術であり、一般への普及が強く期待される。さらに、多周波高感度ESRおよびENDOR装置の開発、CARS分子イメージング(細胞レベル)によるCARS内視鏡の開発、高圧力による分子間相互作用変調イメージング顕微鏡の開発と、独創的な技術開発がなされ、高圧下でモータータンパク質が逆回転するという予想外の新発見も得られている。
 ハード開発ばかりでなく、細胞生物学的技術においても、生物発光酵素の分割タンパク質を用いるという独創的なアイデアによる細胞内分子の可視化プローブ開発と多方面への応用、細胞膜を透過性にした後元に戻すというセミインタクト・リシール細胞を用いて病態モデル細胞を再構築するという独創的な技法の創出に、成功している。従来のアミノ酸置換やドメイン置換でなく、DNAのエクソンに対応するモジュール置換した新規人工キメラタンパク質(脳内ニューログロビン等)を作成し、酸化ストレスによる細胞死を防ぐことを実証した。これらの細胞生物学技法開発は、今後の応用が期待されるものである。なかんずく、病態モデル細胞は、病態と細胞内変異を結びつけることができ、基礎・応用両面で発展性が極めて高いと期待される。
 画期的な分析法・新規計測法の誕生は、科学研究に新規分野を開拓し、停滞分野を一気に発展させる起爆剤となってきた。この意味で、本領域の多岐にわたる新しい分析計測技術の開発創出は、生命科学研究の多分野にわたる進展をもたらすものとして、その科学技術上の意義は極めて大きい。

②社会・経済・文化的な価値創出
 新しい1分子可視化法によるタンパク質翻訳機構の解明は、生命の根幹をなす現象の分子機構を解明したという点で、学問的にNature誌に掲載されたばかりでなく、米国のラジオでも報道されるなど文化的な価値創出としての側面を持つ。
 ユニークな研究として、人の顔を位相情報から見分ける技術を応用して、細胞形態を瞬時に判別する巧みな技術が開発された。これは、がん細胞など病変細胞が組織に含まれるか識別する装置に利用でき、病気診断への発展が期待される。
 ナノ開口アレイを用いたRibosomeの1分子計測、超微量タンパク質計測のための水晶振動子デバイスの開発、新しい発光タンパク質プローブによる細胞内分子の可視化、病態モデル細胞の創出、新規人工キメラタンパク質創出による細胞死防御など、今後の社会的効果が楽しみな技術が開発されている。一部の成果については、実用化が期待され、数年から10年単位での経済的価値をもたらす可能性のあるものも見受けられる。
 医療応用に関しては、本研究領域は臨床応用に繋がる基盤技術の確立を目的としており、この意味では目的を達成していると言える。惜しむらくは、医療関連領域のアドバイザーの存在など領域としての枠組みがあれば、より社会的な価値が創出された可能性が考えられる。むしろこの点に関しては、本領域が初期の目的を十二分に達成しており、その成果を今後発展させる上で、医療関連領域を重要な展開先の一分野として、枠組みを構築してゆくことが望まれる。その際、これまでは医療応用では、治療法や治療薬の開拓が主とされてきた。本領域では、観察技術・識別手法の開発、センサー・プローブ開発、病態モデル細胞や細胞死防御研究法の創出、などが達成されている。これらを使って、病気予防技術といった新たな社会文化的観点からの価値創出が展開されてゆくことを期待するものである。

4.その他

 本領域から、文部科学大臣表彰若手科学者賞、日本学術振興会賞、生物物理学会若手奨励賞の毎年受賞など、多数表彰されており、本領域の研究員の業績が、随所で高く評価されていることからも成果の上げていること分かる。
 今回の成果は優れたものであるが、一つ欲を言えば、真に独創的であると、研究総括も評価委員もうならせるような超一級の研究にまで、今後発展させていって欲しいと希望する。
 分析技術は医療への応用が可能なものも多く、実際、今回の領域成果に医療技術へと展開可能なものが見受けられる。本領域は基盤技術の開発のため、基礎科学としての性格が強かったが、次ぎのステージでは、医療で何が求められているかを知り社会的付加価値創出へと発展させるために、医療従事者と常にディスカッションしながら研究を展開できる環境を、今後是非整えて欲しい。例えば、次の研究領域立ち上げの際は、是非医療関連アドバイザー複数を加えた体制を希望したい。
 本領域の評価とは関係ないが、昨今の「研究者間連携、異分野融合」等を強く推奨する動きに強い違和感を感じている評価者が複数いることを、ここに明記したい。創造的な研究や発見が、共同研究や、学際領域で起こることが多いが、それは「研究者の自発的な動機」に基づくものである。昨今の風潮は、ともすると現場の研究者に強制という印象を与えかねない。「課題間の連携の推進」項目を評価に掲げる場合は、同時に「研究者の自主性の尊重」等の項目を掲げて、是非バランスをとって欲しいと希望する。
 日本は、計測分野が強いが、生物系の計測はまだアメリカに一歩も二歩も遅れている。しかしながら、本領域に見られるように、多くの若手研究者が、世界に誇れる計測技術の開発・発展・応用などを行っている。これらの成果の実用化への発展、科学の本質を発見する武器としての研究推進、後続の次世代育成、このいずれにも研究領域を設定して、若手研究者育成の機運をさらに興隆させて欲しいと切に願うものである。

5.評価

(1) 研究領域としての研究マネジメントの状況
特に優れたマネジメントが行われた

(2) 研究領域としての戦略目標の達成に資する成果の状況

(2-1) 研究領域のねらいに対する達成状況
特に優れた成果が得られた

(2-2) 科学技術上の進歩に資する成果、社会・経済・文化的な価値創出への期待
特に優れた成果または萌芽が認められた

(2-3) 戦略目標の達成に資する成果の状況
特に優れた成果が得られた

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