戦略的創造研究推進事業HOME評価CREST・さきがけの研究領域評価戦略的創造研究推進事業における平成22年度研究領域評価結果について > CREST「量子情報処理システムの実現を目指した新技術の創出」事後評価

CREST「量子情報処理システムの実現を目指した新技術の創出」
研究領域事後評価報告書

1.総合所見

 本研究領域では、量子力学的現象を制御し、記憶、演算などの情報処理を行うシステムへ展開していくための基盤となる新しい技術の創出を目指した。中間評価でも述べられたとおり、加速器、核融合、天文学、宇宙物理学と比較すると研究投資としては小規模ではあったが、原子・物性物理学と情報科学を結びつける新たな研究領域としてJSTのサポートが大いに相応しいプロジェクトであった。
 量子情報技術の開発には様々な要素技術が要求された。例えば量子計算機の実現には中央演算素子、メモリー、情報伝達線などの「量子部品」が必要であり、それらをひとつひとつ電子、原子核、光子といった量子で構成するためには、ナノテクノロジーに代表される工学を極めながら、物理学、化学の最先端の知見を切り開く必要があった。さらには最新の計算科学理論に基づく量子集団を用いた量子シミュレーションといった新しい概念の実現に向けたハードウェアの開発も重要であり、多角的かつ多面的な量子技術の粋を集めて、それらを創造的に結合する独創性の発揮が求められた。
 このような高い目標を達成するために、研究総括は量子デバイス技術、量子鍵配送、量子標準、量子シミュレーション、量子中継、量子計算、量子ネットワークという7つの将来的な出口を設定し、それらの開発につながる野心的な研究提案を採択した。採択課題は、量子ネットワークを除く6つの分野にバランスよく配分され、それらが量子情報処理ハードウェアの構成法に関する研究を強力に推進した。量子ネットワークの分野では採択課題がゼロとなったが、この課題自体が残りの6つの分野の融合的延長に位置することを鑑みると順当な判断であろう。目標の設定、領域アドバイザーの選出、課題の選考、採択課題の発展に向けた様々な仕組みづくり、成果の発信のすべてにおいて国際的な視点に立った研究総括のリーダーシップが大いに発揮された領域であった。
 本領域の設立により世界をリードする顕著な成果が続出した。領域が目標に掲げた量子情報処理のハードウェアの構成方法という点において、量子デバイス技術、量子鍵配送、量子標準、量子中継といった量子部品において世界をリードする工学的な発展を得た。また、量子シミュレーション、量子コンピュータという量子部品の組み合わせが要求される分野においては、情報科学理論とのコラボレーションが可能な地点まで実験が発展した。基礎科学発展への寄与として、Nature誌論文5編、Science誌論文5編に加えて、物理分野の最高峰であるPhysical Review Letters (PRL)誌論文85編は多大な成果である。Nature、Scienceといった商業誌では学術内容に加えて話題を巻き起こす表現力が要求されることがあるが、PRLでは学術的重要度を第一に評価する伝統がある。分野の発展のためには両方のバランスが大切であり、6つの出口に基づいて選出された12チームにおいては、既に実績のある研究グループは世界をさらにリードする実績を残し、新規のグループは世界と肩を並べるまでの優れた成果を挙げた。
 本領域の設置目標は、社会で役立つ量子情報処理技術の発展において我が国がリーダーシップをとることであり、その基盤を確固たるものとすることである。この目標を達成するためには研究活動と並行して、研究者が常に高い目標を掲げて戦略的、多角的かつ創造的なアプローチに取り組む仕組み作りが大切だと領域総括とアドバイザーは認識した。そこで世界との競争と協調に長けた研究者の育成と成果発表の場という人材育成と啓蒙活動の舞台を用意した。研究活動のみに注力する傾向が強いCRESTとしては画期的なことである。具体的には、若手研究者を対象とした量子情報未来テーマ開発研究会(サマースクール)を企画・運営し、量子情報学生チャプターを設置したことが大いに評価される。特にサマースクールにおいては将来を担う若手研究者の啓蒙に加え、講師陣である研究チームリーダーらも研究の日常から1週間以上離れ、量子情報に関する体系的な講義を準備し、若手研究者との質疑応答を重ねることから、その後の研究を多角的に発展させるためのアイデアや方向性を得ることができた。また、成果発表に関しては、国際ワークショップを中心とし、研究総括とアドバイザーの国際的な存在感に基づき世界中から超一流の研究者を招待することにより、世界への成果のアピールを積極的に行った。このことから世界から集まる超一流の研究者に評価される成果を挙げようと努力する雰囲気も自然に熟成された。シンポジウムにおいては各課題の研究代表者と海外からの招待講演者が1対1のペアで発表するプログラム構成が発案され、日本代表vs.世界代表のマッチプレーとして互角な勝負を展開するまでに至った。
 今後、本領域の研究成果を実用的な量子情報システムに発展させるために求められるのが、各チームが挙げた量子情報技術基盤技術を融合発展させていく研究の継続である。本領域においては各研究チームが量子部品を確立することに精一杯で、研究チーム同士の共同研究は量子シミュレーションと量子中継の一部のみに限定された。量子情報処理技術を実用化するためには様々な側面に目を向け、情報科学らのパートナーとの学術的統合を強力に推進する必要がある。自らの研究者としての強みを他者の長所と融合するプロセスに大胆に取り組むことができる若手研究者が、本領域の啓蒙プログラムをとおして一人でも多く輩出されることが期待される。中間評価で指摘されたとおり、本領域の研究開発は世界一流になって初めて意味があるものである。この点において領域総括とアドバイザーの世界的な視点は確固たるものであり、各研究者において常にNo.1を目指す責任感が涵養された。今後は、過去の研究の延長ではない正解を探す勇気をもった研究を展開する力が要求される。高い研究開発成果の追求に加えて、若手研究者のみならず各チームのリーダーと分担者に対しても教育的なアドバイスを行った本領域運営は、JSTのCREST事業として新しい方向性を示した大変意義深いものであった。
 領域が目標とした基盤は見事に整備された。よって、本分野の社会的貢献すなわち量子情報システムの実用化にむけて、今後も国の積極的かつ組織的な支援が重要となる。

2.研究領域のねらいと研究課題の選考について

 本領域は量子情報処理のハードウェア構成方法に関して、実用に近い分野から萌芽的な分野までを幅広くカバーすることを狙いとした。特に(1)量子デバイス技術(2)量子鍵配送(3)量子標準(4)量子シミュレーション(5)量子中継(6)量子コンピュータ(7)量子ネットワークを選び、バランス良く研究グループを配置している。また、選考にあたっては有力な若手研究者の存在に着目している。
 領域アドバイザーも上述の方針に従い、関係分野で研究実績があり、高い見識をもつシニア研究者から構成されている。量子情報科学の成り立ちを考えると、情報科学出身者も加えるべきであったが、ここでの問題は量子情報分野の歴史が短く、情報科学的な見地から量子情報ハードウェアの開発に助言をできるシニアの研究者の特定が困難なことであった。領域アドバイザーとしては物理系が多くなったことは当然であるが、その半分が理論家であることは情報科学の発展をアドバイザーが理解して領域の発展に生かすという意味で適切であった。
 研究課題の選択については量子標準技術を量子情報に引き入れたことが評価できる。また、量子情報技術で以前からの実績のある研究者のグループだけでなく、新たな物理系とアイデアをもった研究者を採択したことも量子情報技術の領域を広げる上で高く評価できる。また、若手研究者の研究の推進を通した育成を図ったことも成功している。

3.研究領域のマネジメントについて

 研究領域運営の方針においては、領域目標の達成に向けて研究活動と並行して、研究者が常に高い目標を掲げて戦略的、多角的かつ創造的なアプローチに取り組むシステムを確立したことが大いに評価される。領域総括によるサイトビジットは28回にも及び、各チームメンバーの実験室において総括と研究者の間で綿密な議論が展開された。領域会議は6回開催され、各研究チームが進捗を報告するとともに、領域総括の考え方、世界の研究動向などが共有された。
 研究進捗状況の把握と評価は国際ワークショップを中心とし、研究総括とアドバイザーの国際的な存在感に基づき世界中から超一流の研究者を招待することにより、世界への成果のアピールを積極的に行った。このことから世界から集まる超一流の研究者に評価される成果を挙げようと努力する雰囲気が自然に熟成された。
 課題間の連携の促進に関しては、特に量子シミュレーションと量子中継において複数の研究チームをつなげる小グループの結成が評価できる。ただし、その他の分野においては顕著なグループ間連携促進は認められなかった。予算の制限があったとはいえ、各グループに一人でも情報理論に精通した理論家かポスドクまたは博士課程学生として参加していればよかったであろう。実験室にこもる実験家をつなげる理論家が各チームにいればグループ間連携が促進したと思われる。
 研究費は戦略的で弾力的に運用された。5年間の研究期間を通じてチームごとの執行実績には最小が328百万円、最大が735百万円と開きがある。サイトビジットと定期的な進捗状況の報告会で総括とアドバイザーが各チームの状況を適確に把握し、それぞれの目標、実験規模、構成メンバー数などを勘案して的確な予算配分が行われた。

4.研究成果について

①研究領域のねらいに対して十分な成果を得た。12のCRESTチームの採択は適切であり6つの量子情報分野のそれぞれに於いて優れた成果が得られた。特に顕著な成果として、量子鍵配送分野での独自の差動位相シフトプロトコルと超伝導単一光子検出器を用いた世界最長(200km)、最速(10GHz)の単一光子量子鍵配送方式の実現、量子標準分野での光格子原子時計の提案と17桁の安定度の実証、量子シミュレーション分野での光フェッシュバッハ共鳴を用いたYb原子の量子状態操作手法の提案と実証、量子計算分野での超伝導量子ビットの発展が挙げられる。いずれも独創的な研究提案に基づいて得られた画期的な成果であり、研究上の優位性と将来性をも兼ね備えており、当該分野の進展へ大きく寄与する成果と考えられる。

②科学技術の進歩に十分に寄与した。領域が目標に掲げた量子情報処理のハードウェアの構成方法という点において、量子デバイス技術、量子鍵配送、量子標準、量子中継といった量子部品において世界をリードする工学的な発展を得た。また、量子シミュレーション、量子コンピュータという量子部品の組み合わせが要求される分野においては、情報科学理論とのコラボレーションが可能な地点まで実験が発展した。基礎科学発展への寄与として、Nature誌論文5編、Science誌論文5編に加えて、物理分野の最高峰であるPhysical Review Letters (PRL)誌論文85編を発表したことは多大な成果である。その他の学術誌にも多くの重要な成果が掲載された。

③社会的及び経済的な効果・効用に関しては、本領域が形成した基盤に立脚してこれから開発される実用的量子情報素子の発展に託されている。量子暗号通信の分野においては28件もの基本特許が申請され実用化に資する成果として発展を遂げている。また、サマースクールや学生チャプターの設立を通して実施された人材育成・啓蒙活動は、世界を見据えた研究開発者の育成に寄与するものと期待される。教育的な成果は直ちには評価できないが、今後は本領域から巣立った研究者が当該分野に閉じることなく様々な方面で活躍していくことが期待される。

5.その他

 研究のみに注力する従来のCREST 領域運営をさらに発展させて、人材育成にまで着手したことは大いに評価できる。このような新機軸を認めたJSTの大きな成果でもある。

6.評価

(1) 研究領域としての戦略目標の達成に資する成果

(1-1) 研究領域としてのねらいに対する成果の達成度
特に優れた成果が得られた

(1-2) 科学技術の進歩に資する研究成果
特に優れた成果が得られた

(1-3) 社会的及び経済的な効果・効用に資する研究成果
成果は得られた

(1-4) 戦略目標の達成に資する成果
十分な成果が得られた

(2) 研究領域としての研究マネジメントの状況
特に優れたマネジメントが行われた

■ 戻る ■