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CREST「生命システムの動作原理と基盤技術」
研究領域中間評価報告書

1.総合所見

 近年、生体機能分子とその相互作用に関する膨大な情報が集積され、また、それらの機能分子や細胞の生体内での挙動がリアルタイム・イメージングによって克明に記載されるようになった。この状況のもとで、生命科学は新しい発展の時期を迎えた。多くの分子・細胞の相互作用全体を、明確な時間軸を持った動的なシステムとして取り扱い、より高い階層での「生命システムの動作原理」を明らかにすることが可能になった。と同時に、そのシステムとしての研究なくしては、生命科学の新しい、そして社会的なインパクトを持った発展は望めない。具体的には、数理モデリングなどの理論と実験研究を両輪とした新しいスタイルの研究が必要である。
 このCRESTの研究領域が志向するものは、まさにその新しい生命科学のスタイルである。本研究領域の設定は時宜にかなっており、その意義が高く評価される。同時に、我国で最初の実験的なプロジェクト研究であるが故に、この研究領域全体として、理論と実験研究を両輪とした新しい研究が、どこまで実現されたのかを検証してゆく必要がある。
 この研究領域に採用された研究者の多くは、実験研究ですぐれた実績を持つ日本を代表する研究者であり、潤沢な研究費のもとで豊かな研究業績が生み出されることはむしろ想定の範囲内である。その研究業績において、理論に立脚した研究が、本当にどこまで核心的な貢献をしたのかが評価の対象となる。これまでの実績をみると、生物学的な諸問題に対して、時間軸に沿った新しいタイプのデータ取得を積極的に行い、そこに数理的なモデルを導入した研究が成果を出しつつある。この研究スタイルを、本研究領域にとどまらず、日本の学流として加速させ、定着させて、新たな視点をもった研究が日本で発展することを望みたい。
 採用された研究課題のいくつかでは、実験研究のチームの中に理論研究のサブグループが組織されており、その研究体制は評価できるが、全体としては、理論研究が実験研究を補佐している状況である。次の段階では、理論研究を課題とするチームと、実験研究を課題とするチームが、このCREST領域の中で相対し組み合った、新しい研究を展開することが望ましい。現状でよしとすべきではなく、参加研究者たちが理論と実験研究を両輪とした研究スタイルを追求していく必要がある。
 本領域の狙いであった数理モデリングや計算モデリングを駆使する新しいアプローチの展開としては、このCREST研究領域だけでは十全ではない。特に現時点で、生命現象のダイナミックな側面のとりあつかい、空間的な構造の取り扱い、データの統計的な処理とモデリングとを結びつけるやり方、などについては、さまざまな対象について数理モデリングや理論的なアプローチの工夫を積み重ねることが必要である。とりわけ、ある数理モデルで、ある現象が説明可能であったとしても、それ以外の(対立的な)モデルが成立しないのかどうか−−といった批判的な研究の実施が必要である。また、数理モデルから新たな実験検証を求めるような、実験研究への強力なフィードバックが必要である。
 今後は、本領域が目指す方向での研究方法が、生命現象をシステムの作動として理解するために、中心的な役割を果たすこととなろう。本CREST研究は日本においてその第一歩を踏み出したものとして高く評価するとともに、未だ第一歩に過ぎないという将来への期待がある。そのためにも、本研究領域の終了時点で、「生命システムの動作原理」を明らかにするための、実験研究と理論研究の間の切磋琢磨がどこまで実現できたか、何が足りなかったか、今後の発展のために何が必要であるかを、客観的かつ建設的に総括する必要がある。

2.研究領域のねらいと研究課題の選考について

 研究領域が目指す学術的な方向は、先に述べたとおり、時宜を得たものであり、また日本の生命科学が今まさに必要とするものであった。
 研究課題では、「網羅的な研究」も選考対象になっていたが、限られた数の採択課題の中で「システム的な研究」とを並立させるのは、いずれも中途半端に終わる危険性があり、「システム的な研究」が主として採択されたのは結果としてよかったと判断する。
 領域アドバイザーの多くは、神経系、免疫、がん研究などの分野の優れた研究者である。一方、当初参加していた理論研究者のうちの2名が退任したあと、理論面でのアドバイザー機能が弱体化しているのは否めない。
 採択課題は、神経系や発生など生命科学のさまざまな分野をカバーし,優れた研究者を選んでいる。候補者の選考方針として、まず実験研究で優れた業績が期待される研究者を中心に選考し、それぞれが理論的な研究者とも共同研究を進めるという形態のものであった。これは一つの見識であったであろうが、一方で、理論的な研究を中心とする研究者を研究代表者とするものが採択されていない点にもの足りなさがある。今後は、より理論的な研究に特化した研究者も研究代表者として採択し、研究者同士の研究交流を通じて新しい分野を切り開くという方向を期待したい。

3.研究領域のマネジメントについて

 一般的な観点からは、研究領域の運営はうまくなされており、研究進捗状況も適切に把握され、評価されていた。しかし、本研究領域のように特に先進的な研究においては、より一層高いレベルでのマネジメントが望まれる。
 理論的な研究・モデリングの研究によって、何がどのように明らかになったのか、またどのような理論的研究が求められるのかを、今後さらに、それぞれの研究課題ごとに丁寧に検討して明確にしていくことが望ましい。
 同じ領域アドバイザーが、課題の選考と研究自体へのアドバイザーを兼ねるという慣行が、本研究領域の場合、アドバイザーとしての機能を限定している。数学や物理学に立脚する研究者を含めて、理論研究に関するアドバイザーをもっと充実させる必要がある。
 本領域は、さきがけ研究を並行して実施しているハイブリッド型研究であり、CREST研究代表者が「さきがけ」領域会議で講演し、さきがけ研究者に刺激を与えたのみならず、CREST研究代表者がさきがけ研究者から様々な視点からの鋭い質問を受ける機会があった意義は大きい。
 若手育成という観点からは、CRESTの各研究チームに参加している研究員(ポスドク)の各々が、理論と実験研究を両輪とした新しい研究のスタイルを経験し、自らのものにしているのかどうかが重要な点である。この研究領域に参加した若いメンバー自身が、次の時代の担い手になる必要がある。
 研究費に関しては、申請額を重視した配分が行われた結果、個々の研究費には倍以上の大きな差が生じている。この方針の妥当性を見直す必要もあろう。これまでにも、一時的な研究経費の補充によって研究の推進が図れるものに対しては、限定された範囲で総括裁量経費が活用されていた。しかし、研究費の妥当性を更に向上させるためには、研究の進捗状況に応じて総括裁量経費をより柔軟に運用することが望まれる。

4.研究進捗状況について

①研究領域のねらいに対する成果の達成状況
 着実な研究実績があげられている。細胞内外の新しい計測技術の発展を契機とした定量生物学的な発展にとどまらず、特に数理モデリングや定量的データ解析、コンピュータシミュレーションなどが、新しい生命科学の推進に有効であることを示している。また諸外国でもそのような潮流があるにせよ、様々な形の理論的な研究が必要であることを示し、日本における生命科学の将来に対してインパクトを与えつつある。
 中間報告の段階では、理論研究との接点が希薄であった研究課題においても、現在ではさまざまなアドバイスにもとづいて理論的な解析が導入されているようであり、その結実を期待したい。現在進行中の研究課題に対して、特にモデリングや理論的な研究を進めることによって生物学的な理解がどのように深まったのかという視点に立って判断をし、アドバイスをされることを願う。
 本研究領域では、機能分子群についての時間軸、空間情報のデータ取得をもとにして、それらが生体システムとして作動する原理を数理モデルで示すというアプローチが提示されている。生物学的な問題が明確に設定されている場合はこのアプローチはきわめて有効である。しかし、新たな研究基盤を見いだそうとするときに、理論先行で始める研究の目標・出口がまだ捉えにくいという印象がある。網羅的なデータ取得からモデル構築を行う際に、そのモデルが目指すものを明確にする必要がある。この問題の解決のためにも、モデリングや理論研究を中心とする研究者と、実験的研究を中心とする研究者が研究を介して深く交流するというタイプの展開、そしてそれを可能にする交流の場の設定が望まれる。生命現象に対する理論的な研究の貢献は、既成の手法を適用すれば済むものではなく、実際の生命現象に理論研究が対峙して初めて、新しい理論研究が発展するからである。

②科学技術の進歩に資する成果や、社会的及び経済的な効果・効用に資する成果、及び今後の見通し
 社会的な効用を、短期間で医学や農学に応用可能という基準で判断するのは、大きな誤りである。その意味で、本評価項目の表現が、数年後の経済効果を求めているかのような印象を与えかねず、学術の本格的な発展の足枷になりかねないという懸念がある。
 若い世代が学術研究に夢を抱けるかどうかは、研究成果の即効性を離れて、真理の探求に大きな意義とモチベーションが与えられる国家を持つのかどうかにかかっている。産業に繋がる研究に興味をもち最先端の研究成果を応用できるような人材はもちろん必要であるが、それとともに、その基礎を固める層の厚い研究者集団が必要である。
 本領域のCREST研究に採用された課題は、いずれも生命科学の基盤を広げ、掘り下げる優れた研究であり、また新しいアプローチを模索して成功させている。この科学の基盤の充実を通じて、社会に大きな貢献をすることは間違いない。

5.その他

 CRESTの研究に参加した研究員(ポスドク)が、その参加によって新たなキャリアパスを獲得できたかどうかという検証が必要であろう。単なる研究への貢献だけでなく、人材育成に繋がったかどうかを確認することによって(つまり雇用側もそれを意識することによって)、現在世界的にも問題が取り上げられているPhDの将来に対して、建設的な貢献をすることができるだろう。
 なお、本研究領域は2006年度に発足しており、新規課題募集は2007年度までの2年間であったことを考えると、通常のCRESTと異なり、領域中間評価はもっと早く実施して研究者へのフィードバックを図るほうが効果的であったように思われる。状況に応じて柔軟な評価体制をJSTには望みたい。

6.評価

(1) 研究領域としての戦略目標の達成に向けた状況

(1-1) 研究領域のねらいに対する研究成果の達成状況
十分な成果が得られつつある。

(1-2) 科学技術の進歩に資する成果や、社会的及び経済的な効果・効用に資する研究成果、及び今後の見通し
特に優れた成果が得られつつある。

(2) 研究領域としての研究マネジメントの状況
十分なマネジメントが行われている。

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